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「そ‥‥それで雌島はどうなったの?」
少しの間のあと――恐る恐る口にした。
リュウガが見せた真顔から‥
゛自分をその島に立ち寄らせたくない理由”に、近づいたのだと、直感したから‥‥。
「‥‥それはな」
しかし、そんな●●●に気づいてか‥
リュウガはさっきまでとは打って変わって、柔和な顔で話し始めた。
「もちろん男は、直後雌島に、上陸した」
「うん」
「始めは戸惑いもあっただろう‥‥
遠巻きに互いを見てただろうが―‥所詮は同じ民族だ。
ゆっくりだが確実に‥‥オンナは男を受け入れ始めた」
そこまで言ってリュウガは頬を優しく撫でた。
ざらりとした感触に背筋がゾクリとしたけれど、黙って先を促した。
「‥‥それで?」
「それから男は入れ替わり立ち代わり雌島を訪れ‥
買い出しをしたり、酒場に行ったり‥‥
そうする中で、互いに会話もしただろう‥‥手が触れることもあっただろう‥
‥‥やがて親しくなるにつれ、女は妙な感情に、気づいた」
黙って聞いていた●●●は、最後の言葉に首を傾げた。
「‥‥妙な感情?」
「温けえ気持ち、つーか‥‥
雌島のオンナは生まれて初めて――異性を、愛する事を知ったんだ‥」
いつの間にか、彼の話しに聞き入っていた。
ロマンチックな話しである。
「それで子供は‥‥」
詰め寄る●●●に、リュウガはうなずく。
「抑圧された反動だろう‥‥
女は男を家に連れ込み、初めてのセックスに、のめり込んでいったんだ」
「‥‥の!」
●●●の頬が赤くなる。
その向かいで「これが人間の、本能ってヤツだ」と、彼はニヤニヤ笑っている。
そしてリュウガは腰を浮かせて「俺たちも‥‥本能のままに、な?」なんて
首筋に、ちゅ、とキスをした。
「‥‥っ!」
そのまま体重を掛けてくるから
ハッとした●●●は、ちからの限り、リュウガの身体を突き飛ばした。
「ごまかさないで!」
彼はワザと大げさな仕草で、ベッドヘッドに倒れてみせる。
●●●は腰に手をあてて、リュウガの顔を睨みつけた。
得意の「あきれた」と云う顔だ。
「別に、誤魔化してねえだろ。全部ホントの話だ」
リュウガはベッドヘッドに背中を凭れ、意地悪くニヤニヤと笑っている。
「うそ、誤魔化してるでしょ!わたしを島に行かせたくない理由を、ちっとも話してくれないじゃない!」
もういいわ…と、そっぽを向く(ふり)をした途端。
リュウガは両手を引っ張り、自分の太ももに座らせた。
逃れようとしたけれど、太い腕がそれを阻む。
「そう焦るな。これからちゃんと話してやる」
頭ひとつ分、下にいる彼は、顔を上げてニヤリと笑う。
ズルイよ、その顔…
甘えた顔で見つめられたら、何も言い返せないじゃない。
「は‥‥」
仕方なく、彼の首に腕を回し、身体の力を抜いていく。
「もう‥‥それで?」
リュウガは、胸の谷間に顎を寄せ、話の続きをはじめた。
「それから街には恋人同士が、並んで歩くようになったんだ」
「うん」
「それは、想像もして無かった光景だろうな‥」
●●●の脳裏に幸せそうなカップルの姿が
なんとなくだが浮かんでくる。
「永遠の愛を、誓うカップルもいただろう」
「ええ‥そうね♪」
「‥‥‥だが」
その時、リュウガの声のトーンが、何故だか急に低くなった。
「だが‥‥なに?」
下を向けば、リュウガのつむじが見えている。
そして彼は低い声で、ポツリと言った。
「ただ、島の戒律を解くにあたって、1つだけ条件があったんだ」
「‥‥‥え」
彼の表情は、頭と髪でよく見えない。
「それはどんな条件なの?」
前傾姿勢で問うた●●●は、思わず息を呑み込んだ。
なぜならそこに、酷く険しい顔があったから。
「それはな」
「、ええ」
「男は雌島に3日以上…‥滞在してはならないと云う、条件だ――」
意外な言葉に、●●●は首をひねった。
「それは、どういう事?」
互いの視線を真っ直ぐ合わせる。
リュウガは険しい顔のまま、重い口をようやく開いた。
「雌島の禁は、解けたは解けた‥」
「うん」
「‥‥が、信仰‥ってモンは、簡単に揺らいだりしねえ。
ガキが出来なくなったからって、全てを、無かった事にはできねえんだ」
●●●は胸に手を置いた。
まさにリュウガの言う通りである‥――
禁が解けたとはいえ、信仰がなくなった、ワケではない。
「けど、子孫が途絶えたら意味がねえ‥‥
そこで、苦肉の策で考えたのが
3日限定の上陸許可だ」
●●●はツバを呑み込んだ。
リュウガの顔を、真っ直ぐ見据える。
「それは、どういう‥‥」
おどおどしながら口にした。
その問いに、リュウガは真相を話し始めた――
「長老たちは男を雌島に上陸させるにあたり、大義を付けた」
「大義…」
「それは、男と女を逢わせるためじゃねえ‥
積み荷を港に降ろすため、と云う大義をな‥」
「‥‥うん」
リュウガは、●●●の髪を耳に掛けた。
声のトーンが、穏やかなものになっていく。
「だから、男が雌島に居られるのは―‥
船が入港した日、積荷を降ろす日。島を離れる日の、3日間と云うことだ」
「……それって」
「俺たちみたいなよそ者も条件は同じだ。そして‥永遠の愛を誓った奴らも、例外は無い」
「‥‥つまり」
「たとえ結婚したとしても、男は雌島に、住めねえってことだ」
ガクッと力が抜けてしまった。
リュウガの身体に寄りかかる。
‥‥そんなのって、ない‥
「それだ‥‥」
「え?」
顔を上げると、険しい顔が見つめていた。
「雌島のオンナも、お前と同じ、反応を見せた」
「‥‥同じ?」
「‥恋しい男に毎日逢いたい、けど会えない‥‥
恋したオンナは毎日悲嘆に明け暮れた」
●●●は寄り添う身体をゆったり起こし、リュウガの頬に手を添えた。
「わたしだって船長と、離れて暮らすなんてイヤだもの、その気持ち、分かるわ」
慈しむ目で真っ直ぐ見つめる。
どんな時も、好きな人となら、一緒に居たい。
時々しか会えないなんて、辛すぎる。
「けど‥雌島のオンナは“恋愛”ってモンに慣れてねえ‥‥
しかも周りはオンナだらけだ。
憚る(はばかる)ものがないオンナは‥‥ やがてオンナ特有の‥ある感情を、剥き出しにした」
「――ある感情?」
それはどんな感情なの‥っと、首をかしげた。
リュウガはフ‥‥と息をつく。
そして●●●を真っ直ぐ見据えた。
「それは‥妬み(ねたみ)、嫉み(そねみ)、猜疑心‥」
「‥‥っ!」
「恋しい男に会いたい。‥けど会えない。
街を歩くカップルを見たオンナは、男が会いに来ないのは、他にオンナができたからだと、嫉妬の炎を燃え上がらせた」
「‥‥っ!」
「勝手な妄想を膨らませてな」
●●●は、ゴクッとツバを呑んだ。
自分がオンナだからこそ‥‥
その気持ちが分かる気がした。
「男に一度目覚めたオンナは、歯止めがきかなくなったんだ」
「…‥つまり‥」
「やがてオンナはオンナを妬み、嫉み‥‥あからさまに、男の奪い合いを始めたんだ」
リュウガは、抱き締める腕に力を籠めた。
「オンナは男より、遥かに残酷な生き物だ。男を奪うためなら、相手を殺すことさえいとわなくなった」
「‥‥っ、そこまでなのっ!」
「オンナしか住んでねえそこに、止めるヤツは誰も居ねえ‥
恋愛に関して、ルールやモラルも持ってねえ。
まさに、本能のままだ、」
「‥‥‥っ、」
「やがて雌島は男の間で【嫉妬島】と、呼ばれるようになったんだ」
合わせた目が、不安で揺らぐ。
しかしリュウガは、伝えなくてはならなかった。
「俺たちシリウスは、お前とまだ出会う前、何度もそこに行ったと言ったな?」
「うん」
「俺たちはあそこで、そこそこ有名人なんだ」
●●●は首をかしげた。
「‥有名人?なぜ?」
リュウガは、見つめる頬に手を添えた。
「なんせシリウスは俺を始め‥イイ男が揃ってるからな?」
ニヤリと笑うその顔は‥‥自分を和ませようと、したのだろう。
だけど●●●は、かわいい頬を膨らませ、唇をツンと尖らせた。
「その程度の嫉妬なら、可愛いモン、なんだがな」
リュウガは、添えた手に力を込めて、その唇に、ちゅ、と軽くキスをした。
「!」
触れるだけのキスをされ、●●●の頬が赤くなる。
「‥‥もう」
リュウガは、腰にある手に力を籠めた。
「そんな島にお前を連れて降りてみろ、まさにお前は、オンナの嫉妬の標的だ」
「‥‥‥っ、」
「オンナは厄介な生き物だ‥。憎むべき相手が同じとなると、途端に奴らは、つるみやがる。
ついさっきまで、いがみ合ってたくせにな…」
●●●はリュウガの首に抱きついた。
全部、想像がつくからだ。
グループを組んで、弱い者を叩く‥
残念だがそんな場面を、何度か見たことがあったのだ。
「おそらくオンナは、あの手この手で、お前をおれらから、引き離そうとするだろう。
‥で。隙をついてお前を路地裏にでも連れ込んで‥‥殺されるかもしれねえ。
もしくは‥‥二度と見れねえ、ツラにされるか‥‥」
「そんな‥っ!」
「実際、そんな目にあわされたオンナが、何人もいると聞く。
だからおれらは、わざとあの島を避けたんだ」
「‥‥‥‥」
リュウガの肩に顔を寄せ、●●●はコクンとうなずいた。
その背中を、彼は優しくさすっている。
「男にとっちゃあの島は‥‥ハーレムみたいなところだが…
オンナを連れた船乗りは、立ち寄らねえとこなんだ」
「‥じゃあ、私はどうすれば」
みんなの態度が変だった理由が、ようやく分かった。
けど、食べる物が無い以上。
避けて通る、わけにはいかない。
なら、自分はどうすれば…
「おれにも考えが纏まってねえ。‥オンナは恐ろしく、目ざとい‥‥
野郎の誰かと船に残せば、オンナは怪しむ。
かといって、連れて歩けば何が起こるか分からねえ…
手荒な真似はできねえし‥」
流石にこれはどうしたモンか…
リュウガは頭をガシガシ掻いて、ハァ‥‥と重たい息をつく。
全てを知ってしまった●●●も、そんなリュウガにしがみついて
不安で顔を曇らせた。
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