第20話







白波を立てて船が激しく、上下に揺れる。
ナギが撃つ大砲の音が、ズシン、ズシンと胸に響く。

「しっかりロープを掴むんだ、トワ…!」
「……、…はいっっ!!」

ソウシとトワは積荷の固定を断念し、サブマストに駆け寄っていた。
滑車に繋がるロープを掴んで、遥か頭上の帆先を見上げる。
しかしこの雨だ。
目を開けるのも困難であろう2人は、それでもロープを両手で掴み、マストの帆を広げていく。
甲板を往復するハヤテも、弾の補充に奔走している。

その時。ひときわ高く競り上がる波に、船が左に傾き始めた。


「シン……取り舵だ!全員、何かに掴まれーーッッ!!!」

オレの怒声に、ナギが手元の大砲に。ソウシとトワはサブマストに。
両手でもってしがみつく。
●●●も固く目を瞑ったまま、俺の腰にしがみつく手に、力を込める。


「しっかり掴まれッッ!流されるなァァー!」

ザババァァァンンン……

直後。船べりの高さを裕に超える大波が、甲板の上に打ち上げられた。

ぐわわああん…

そのまま左に傾く船。
甲板から海水が、滝のように流れ落ち
解けた積荷が、勢い増して傾く甲板を転がっていく。


「なんとかこらえろ、シンッッ!!」

怒声を響かせるおれの背後で、シンの呻く声がする。
ギシギシと嫌な音を立てながら、船は転覆しようと、左に傾く。
●●●の頭を片手で抱いて、反対の手でデッキを掴んだ。

「………く…っ!」

転覆ギリギリのところで、舵を切って操舵するシン。
その間も
次から次へと打ち付ける荒波が、下からグンと押し上げる。
もはやシリウス号は……横倒し寸前。

荒れ狂う海を前にして――


ザババァァァァンンッッ

船は体制を、一気に戻した。



「……よくやった!」

●●●を胸に抱いたまま、顔だけで後ろに振り返る。
シンは「どうだ」と云わんばかりに、オレに小さく笑って見せる。
海は、相変わらずの大シケだが、高波は一旦、落ち着いたようだ。

「今のうちだ…!ソウシ、トワ、帆を開けェェー!」

マストにしがみつく2人が再びロープに手を掛けた。
背後には、さっきの波で若干距離の開いた海軍船が、体制を整え
再び大砲を撃ってきやがる。
逆にオレらの船からは…砲撃の音が、ピタリと止まった。



「どうした、ナギ!」

オレの声に、苦虫を噛み潰した顔でナギがこっちに振り返る。
全身ずぶ濡れのナギは、悔しそうにオレに告げた。


「それが。今の波で火薬が濡れたみたいで…」
「……なにっ!」

再びゴクッと唾を呑む。
―― この状況で火薬が濡れたとは最悪だ。
とはいえ、ナギの事。
細心の注意を払ったに違いないが、それでも防ぎきれなかったとみえる。

「全部ダメかッッ!」
「いや。…手元にあるのはなんとか。…けど、それもあと、数発ぶんしか…」

たとえ数発でも、今、砲撃の手を緩めるワケにはいかねェ。
こっちに何かあったと分かりゃ、奴らは一気に来るだろう…
帆を開くまで、なんとか奴らを牽制しねーと。


「分かった。すぐに新しい火薬をハヤテに持ってこさせろ!お前は撃てるだけの弾、撃ってろ!」
「…………」

しかしナギは、船底に続く階段を見る。
どうやらハヤテは弾を取りに行ったまま、まだ戻ってねーらしい。
誰も居ないそこを見つめるナギの横顔は
ハヤテが戻って、再度火薬を取って戻ってくるまで、火薬がもたねーと、そんな顔だ。

「………クソッ!」

こういう時、船員がもう少し居たらと思う。
けど、そんな事を今言ってて、何になる?

やれる奴が、やるまでだ――


「ナギッッ!俺が火薬を取ってくる!お前は撃てるだけの弾、撃ってろ!手を止めるな!!」
「けど船長ッ!…船長が今、離れたら…」

ナギがマストの方に振り返る。
そこには……激しく風に靡く帆を、2人が必死で開いている。

「ああ分かってる。けど。砲撃の手を、今止めるわけにはいかねえんだ」

砲撃が止まれば、そこで全員が、お陀仏だ。
ナギは一瞬、黙り込み。
それでも状況を理解してか、大きくオレに頷いた。
すぐにナギは向き直り。
直後。砲撃の振動が船に響く。

「聞いての通りだ、●●●…」

向き直れば、●●●は俺から身を離した。
意思の強い目が、真っ直ぐ射抜く。

「わたしが船底に行ってきます!」
「ああ?何言ってんだお前…」
「わたしが火薬を取ってきます!船長はここで、みんなに指示をしててください!」

それだけ言って、ダッと駆け出す細腕を、咄嗟に掴む。

「バカ言ってんじゃねー!お前はここに掴まってろ、俺が行く」

しかし振り返った●●●は、ふるふると首を横に振った。

「ソウシ先生やトワ君が今。…必死で帆を開いてます!ここで船長の指示がなかったら、シンさんだって困るでしょ?」
「しかし……」
「みんなが必死で頑張ってるのに、私だけ、じっとなんてしてられません! 火薬を渡したら戻ってきます!危ない事はしませんから!」
「………」

●●●の顎から雨がボタボタと滴り落ちる。
真っ直ぐ目を見つめられ、思わずオレは言葉に詰まった。

正直、●●●の申し出は、ありがたいと思う。
帆が開けば、船は木の葉のように揺れを大きくするだろう。
その状況でオレがこの場に居ないのは……かなり、痛い。
しかし。
ここで●●●を1人で行かせるのは、もっと不安だ。

そんな事を考えるうち
痺れを切らせたらしい●●●が掴んだ手を振りほどいた。

「……、…オイッ!」

オレの声に振り向く事なく、●●●は階段を駆け降りて行く。

「ナギさん、すぐに持ってきますから!!」
「は?…っ、●●●ッッ!!」

振り返ったナギが、駆けて行く背中を見て立ち上がる。
そのままこっちに振り向いた。

「―― アイツってヤツは…」

オレも華奢な背中を見送って、険しい顔をするナギの方に振り向いた。
そして……大きく1つ、頷いてみせる。

(今はアイツに任せるしかない……)


「●●●ッッ!波に足元、掬われるんじゃねーぞォー!!」
「……はいっっ!!」

●●●の声が嵐の中に、力強く、響く。
滑って転んで、それでもまた立ち上がり、甲板を駆けて行く後ろ姿に
最初は驚いていた野郎たちだが、次第に士気が高まっていく。


そうこうするうち、風を受けた帆が

バッッと大きく膨らんだ。







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