第19話






「シン…っ!近くに海流は通ってねえかッッ!!」

1秒でも早く海流に乗らねーことには、まもなく奴らに追いつかれる。
奴らの弾は船のケツ。数メートル手前に着弾していた。

「それがあるにはあるんですが…」

しかし返ってきた返事は、珍しく歯切れの悪いものだった。
振り返れば、シンは俺を真っ直ぐ射抜く。


「それが。……船の真横を通ってまして……」
「………なにっ!」

思わずオレは言葉に詰まった。
目指す海流が真横にある。それは一見、朗報とも思えるが。

シンもこの状況は分かっているはず。
にも関わらず、未だ海流に乗れてねえって事は。
……それが容易じゃねえからだ。

舵を切ったところで、荒波に押し戻されるシリウス号。
流石のシンでも奴らにケツを向けたまま
平行に走る海流に寄せていくには、時間が掛かるとそういう事か……

「………クソッ!!」

つくづく、ついてねえ……
けど。ここで悲観もしてらんねー



「分かった!……で、海流までの距離はッッ!」
「そうですね……たいした距離ではありませんが…」

シンがそこで言葉を切る。
オレは、背後の船を真っ直ぐ見据えた。

そこには白い海軍船が、さっきより更に近づいてやがる。
あと数十分もすれば、弾がケツを掠めるだろう…

さて、どうする――


腕を組んで見据えるそこには
ずぶ濡れのソウシとトワが海水に足を掬われながらも。
甲板を走り回っている。
後ろには、顎から雨を滴らせるシンが、顔を歪ませ片手で舵を握っている。

「ハヤテ!もっと弾よこせ!」
「ヤベーよナギ兄…っ!弾、取ってこねーと、残りがもう、少ねえんだけど」
「……!…マジかよ…っ」

ナギが「どうする…!」、そんな目でオレを振りかぶった。
続いて、ハヤテにトワ。ソウシにシン。
両手でデッキに掴まる●●●も、一斉に俺を振りかぶる。

「「……船長ーーッッ!!!」」


正に絶対絶命。

そんな中、オレを見つめる奴らの目は

全てをオレに委ねる……

そんな目だ。


思わずおれは息を呑む。

それから奴ら1人1人と、目を合わせた。


ハヤテにトワ。ナギにソウシ。
シンに●●●、と、全部で6人。

(よくもまァ…こんな俺に、ここまでついて来てくれたもんだ…)

思わず口に笑みが浮ぶ。


「……嗚呼、そうだよな…」

俺らは一心同体だ。

生きるも一緒、死ぬも一緒。

だが。

こんなとこでこんな奴らを

海の藻屑にするわけには、いかねえよなァー



俺の腹は、そこで決まった――。





「よし、いいか野郎どもッッ!…何が何でも逃げ切るぞッッ!」

おおおおおおお!!!
ようやく怒声を響かせた俺に、待ってましたと、奴らが鬨(とき)の声を上げる。

「こうなったら、一か八かだ!」

俺はまず、今の状況を奴らに話した。




「いいかお前ら!!奴らを出し抜くには、すぐにでも海流に乗らなきゃならねえ!!
そしてその海流は今現在。……幸か不幸か、船と平行して、走ってやがる。
…しかし。この波だッッ!!このままじゃ乗り切る前に奴らの弾に沈められる。…言ってる意味、分かるなッッ!!!」

俺の言葉にナギがハヤテに。ソウシがトワに。
この荒波じゃ…容易に海流に乗れねえ事を説明する。
●●●は黙ったまま、オレの顔を見つめている。

ハヤテとトワが理解すると、一斉に奴らがコッチを向いた。
そこにオレは、一か八かの作戦を告げた。



「…ってことで、これから海流に向け、船を90度、旋回させる!!」

海流と並んで走る船。
奴らにケツを向けたまま、徐々に右に寄せたんじゃ、間に合わねえ。

だったら船首をへし折ってでも
頭から海流に突っ込むまでだ。


「しかし船長…そんな事をすれば…」

すぐにシンが口を挟む。

「ああ。このまま船を横に向けりゃ、それこそすぐに追いつかれる」
「でしたら…!」
「…ってことで、ソウシ、トワ!!」

俺の呼びかけに、2人の顔が強張った。

「お前らはこのあと、サブマストの帆を開け!!」
「こ…この嵐の中で、帆をですか?船長…正気ですかッッ?」

ソウシの眉間にシワが寄る。
構わず俺は言葉を続けた。


「無謀な事は重々承知だ。しかし道は残ってねえ。……幸い風は追い風だ。うまくいけば、一旦、奴らから距離がとれる」
「しかし船長……っ!」
「ああ。マストが折れるかもしれねえな。…いや、この風だ。…転覆の可能性は十二分にある…」
「でしたらっ!」

おれはソウシの言葉を遮って、「だがな」と後ろに振り向いた。


「容易じゃねえのは重々承知だ。けどな、ソウシ…
俺はシンを信頼してるッ!…シンなら乗り切ってくれると、俺はそう、確信してるッ!」

この嵐の中。帆を広げて走れる奴は
この広い海に、シンだけだ。

……そうだろ?

そんな目で真っ直ぐ見据えるオレに、シンは隻眼を大きく見開く。
かと思うと……強張る表情を、不意に緩め、シンは口に笑みを浮かべた。


「ええ。…乗り切って見せますよ、船長、」
「お前ならそう言うと思ったぜ?」

バチッとウインクをかまして見せると、シンは両手で舵を握った。

「よし、距離がとれたら迷わず右に旋回だ!海流に向け突っ込むぞ!」
「了解です!」

フ…ッと笑みを浮かべるシン。
そんなシンに、●●●も柔らかい笑みを向ける。
その肩を抱いて、オレは甲板に視線を戻した。


「聞いての通りだソウシ…」
「まったく、シンも船長も……」

ソウシの顔がさらに険しいものになる。
重い沈黙ののち、ソウシは息を吐き出した。

「まったくあなたという人は……」
「ソウシ……」
「しかし、あなたの無謀は、昨日今日、始まったわけではありませんしね……
ええ。わたしもシンに懸けてみますよ…。やってみましょう…」

ソウシの言葉に、野郎の顔に笑みが浮かぶ。

「決まりだな…」

目を合わせる俺たちは、口元だけで笑い合った。





「よし、ソウシとトワは船が旋回を始めたら、すぐに広げた帆を畳めッッ!!この風だ。容易じゃねえのは重々承知だ。それでも急いで畳めよッッ!…遅れれば最後。そこで転覆すると思え!!」

覚悟を決めた2人が、オレに向かって大きくうなずく。
それを見届け、最後に、ナギとハヤテを真っ直ぐ見据えた。


「ナギはこのまま、あるだけの弾で牽制しろ。手を止めるな。
ハヤテはこのあと、ありったけの弾、持ってこい!!船が旋回を始めりゃ…奴らに、横っ腹を見せることになる!そん時は、撃って撃って、撃ちまくれ!
海流に乗るまで、なんとしてでも、奴らを船に近づかせるな!」


これが俺が考えた、究極の作戦だ。

この嵐の中、帆を開くとは、まったくもって正気じゃねえ。
転覆よりさき、船がバラバラになるかもしれねえ…

……けどな、お前ら。

何もしねーで、やられるよりかは、よっぽどマシだろ?


「了解、船長ッッ!!!」

ハヤテが笑って大きく頷く。
……まったくお前は、この状況が分かってんのか?

俺の口にも、笑みが浮かぶ。


「●●●…怖いか?」

隣を見れば、●●●はオレを真っ直ぐ見据え
濡れる顔を横に振った。

「船長やみんなと一緒だから、怖くないです!」

頬を伝う雨のしずくが、ポタリポタリと顎から落ちる。

「ああ……上出来だ、」

それをおれは手のひらで拭い、それから胸に抱き寄せた。


「沈む時はオレも一緒だ。けど……何が何でも乗り切るぞ!」
「…はいっ!」

しがみつく身体を胸に抱いて、俺は声を張り上げた。


「…ってことで、今すぐ準備にとりかかれええええッッ!!」


おおおおおおお!!!!

俺の掛け声で野郎たちが、一斉に四方に散っていった。








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