第17話





「せんちょう…っ!」

笑顔で●●●が掛けてくる。
手には、ひと握りの、白い花。
おれ達は上陸してすぐ、昨日ソウシと来たという
花畑に来ていた。



「綺麗な花だな」

隣に来た頭に、ポンと手を置く。

「……でしょ?…色のついた花より、コッチの方がイイと思って…」

●●●は束ねた花に顔を寄せ、すぅっっと鼻で息を吸う。

「うん……イイ匂い…」

それからニコッと微笑んだ。

「ああ。アイツもきっと喜ぶだろうよ」
「ふふ…そうだと良いけど…」

見上げた頭に手を添えると、こてん、と寄り添う格好になる。
それからオレ達は花畑に別れを告げ、例の墓へと向かった。






昨日とはうって代わって誰もいねー静まり返る海岸に、俺たちの足跡が、点々。
墓の前までやってくると、2人でそこにしゃがみ込んだ。

「まさか幽霊になって、わざわざ尋ねてくるなんて…」

手にある花をそっと上に手向けてやると
少しだけ吹いた潮風に、白い花がゆらりと揺らぐ。

「まったくだ。…寝不足だ、ってのに。礼をさせろ、礼をさせろ、つって。
ホントにコイツは、しつけェ奴だよ」

フッと笑うオレの隣で、クスッと笑う声がする。

「礼儀の正しい女性だったんですね…」
「ああ。……しつけのできた、良いところの、お嬢チャン、だったんだろうな。
……お陰でオレらも、あれだけのお宝にありつけたんだが……」

遺品を奪う形になって、死んだ奴らには悪いと思う。
けど。俺もウチの野郎どもを、食わせていかなきゃならねえ。

……ってことで。

「あれはありがたく頂くぜ?…名無しの権兵衛さんよ、」

手を合わせる●●●の隣で、おれはフッと笑った。



「お(そういえば)」

ふと思い出して、ズボンのポッケに手を入れた。
取り出したものを墓の上に置いてやる。

「なあに、それ……」
「ん?」
「あ、……指輪?」

●●●が顔を振り向かせる。

「そういえば言ってなかったな」
「ん?」

墓の前に腰を下ろして、その場でおれは胡坐を掻いた。
●●●も足を横に畳んで、おれの隣にちょこんと座る。
添えた指輪を拾い上げ、手のひらでそれを、転がした。


「……大きい指輪に、小さい指輪…」
「ああ。揃いのヤツを探したんだが、見つから無くてな。…まるっきり、お揃いとはいかねーが」

手のひらで転がすと、チャリっと擦れる音がする。

「これは俺からの結婚祝いだ、」
「………結婚?」

●●●がきょとんと、首をかしげる。

金でできた、大きいリングと。
揃いじゃねえが、似たような形の、小さいリング。
以前、手に入れたお宝の中に、あったヤツだ。

首を傾げて見つめる●●●に、オンナに婚約者が居た事を話した。



「そうだったんですか。…婚約者も、同じ船に……」
「ああ。……別々に海に投げ出されたそうだ。……恐らく当時は。船中がパニックになってて…、はぐれちまったんだろうな……」
「………」

横目で見ると墓を見つめる●●●の目に、薄っすら涙が浮かんでいる。

「その彼を想って20年も……」

目を閉じると溢れた涙が砂の上にポタポタ落ちる。

「ずっと、会いたかっただろうに……」

●●●は顔を両手で覆った。

「なのに。たった1人で……あんなところに居たなんて…」

震える肩を抱き寄せてやると、そのまま身を寄せてきた。


「泣くな」
「……ん。…でもっ…!」
「お前が見つけてやったお陰で、ようやく一緒になれるんだ」

添えた手でくしゃっと髪を撫でてやると、顔を胸に寄せたまま、コクンと頷く。
それからしゃくりあげながら、濡れた目でオレを見つめた。


「わたしも…っ!」
「ん?」
「私も船長のこと。…ずっとずっと想ってる……」
「……っ、」
「もし私が海に落ちて沈んでも……
船長やみんなの無事を、海の底から祈ってる…っ!」

あまりにも真剣な顔で言ってくるもんだから
胸のどっかが、ギシッと軋む。

コイツがひとりで海に沈む? それは絶対にありえねえ。
そう言ってやりたいが。
船で生活してる以上。100パーセント、無いとは言えねえ。





「馬鹿言うな」

それでも首の後ろに腕を回して、ぎゅ、と胸に抱き寄せた。

「そんなこと、俺がさせると思うか?」

回した腕を2本に増やして、きつくきつく抱き締めなおす。

「せん、ちょう…?」

顔を上げた●●●と、真っ直ぐに目を、合わせた。

「沈む時は、オレも一緒だ、」

そうだろ?
微笑むおれに、●●●は一瞬、驚いた顔をして。
……濡れた顔を摺り寄せた。

「ん。ありがと船長。…そう言って貰えて、すごく嬉しい…」
「嘘じゃねえぞ?」
「うん…」

しがみつく手に力が籠もって、堪らない愛しさが込み上げる。


「そん時は、抱き合ったまま、海の底を漂うか?」
「…う、ん」
「骨になっても離してやらねーから、覚悟しとけよ?」
「………。…骨になっても?」
「ああ、そうだ」

スンッと鼻を啜りあげ、●●●はクスッと笑いかける。
濡れた目尻を指で拭いて、少しだけオレから身体を離した。

それから俺たちは、手にある指輪を1つづつ手にとり
それを墓に添えてやった。




「そんじゃ。……あの世で2人。仲良くな」
「どうか天国で、幸せになってくださいね」

手を合わせる俺たちは、夕日が空を染めるまで。
しばらく、墓の前に座っていた。





それから数日後――

俺たちの船は、デカい嵐のど真ん中に居た。






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