第15話
翌朝。
朝メシを待つダイニングに、まだ皿は置かれてねえ。
「――てことで、あとは頼む」
そんなテーブルを挟んで、ゆうべの事を話し終えると、印のついた海図を
シンの前に差し出した。
「……ほう」
シンは開いた右手をあごの下に添える。
そんな俺らのやりとりを、ハヤテとトワ。ソウシが、興味深げに伺っている。
「で……この下にその、デカい客船が沈んでいると?」
おれは椅子にふんぞり返って、シンを見た。
それから、ふ、と息をつく。
「それは分からねー…」
途端シンは、訝る顔でこっちを向いた。
「分からない?」
「ああそうだ」
実際のとこ、それが本音だ。
「なんせ、20年も前に沈んじまった船のことだ。 仮に沈んだ場所がここだとして。
とっくの昔に流されたかもしれねーし、海底深く、沈んだかもしれねえ。
そればっかりは、オレも見てみなきゃ、分からねえ…」
100歩ゆずって、船がそこにあったとして
派手に嵐で破損してりゃ、そこから船体は腐りおち。
木の切れっぱししか、残ってねえ可能性は、充分にある…
「………確かに…」
それだけ言ってシンは再び、手元の海図に視線を落とした。
「行ってみるしかないですね」
「……そういうことだ」
…と、話がひと段落着いたところで
●●●がメシを運んできた。
「おまたせしましたー♪」
ニコリと笑うその顔に、場の空気が一気になごむ。
「どうしたんです?みんな深刻な顔して」
●●●はテーブルに皿を置きながら、シンの手元に視線を落とす。
「あれ?海図?これからどこかに寄るんですか?」
そして、伺うようにオレを見る。
「ああ、‥‥ちょっとした宝探しにな」
「へえ〜〜たから探し?そうなんですか、シンさん…」
さらりと●●●は聞き流し、俺たちの前にメシの皿を置いていく。
「おまえもゆうべ見たんだろ?」
顔をあげたシンに、逆に問いかけられ、●●●は首をキョトンと傾げた。
「見た?……何をです?」
何の事だかさっぱり分からねえ。
そんな顔でシンを見つめるその様(さま)に、咄嗟にマズイと思った。
コイツずっと気絶してて…
誤魔化そうと身を乗り出すも、すでにもう、手遅れで‥‥
「幽霊だ、青白い顔の女の幽霊…」
…………。
ガシャァン…!
派手な音を立てて、手から皿が滑り落ちた。
シンを見つめる●●●の顔から、サァァーーと血の気が引いていく。
(あちゃー…)
額に手を当てるおれの向かいで、シンも●●●の青ざめブリに、隻眼を開いて驚いている。
「なぁ…お前も見たんだろ、女のゆうれい…」
「やっぱり●●●さんも見たんですか?」
すぐさまハヤテとトワが、テーブルの上に身を乗り出した。
「み……見たもなにも、あれは夢で……」
興味津々の2人を前に、●●●は不安げな顔でおれを伺う。
その顔は、あれは夢であって欲しい‥‥そんな願いを込めるように。
「あれは夢じゃねえ」
けど、ウソをついたところで、どうせすぐにバレる事だ。
キッパリ告げれば、●●●の唇がワナワナ震える。
「……う、そ……」
「うそじゃねえ、ゆうべ見たのは本物だ、」
「……っ、」
「やっぱり見たんですね、…骨の人!」
「ほ、骨の人…って何のこと?…ていうか……やだ、どうしよう…」
●●●は顔を強張らせ、ヨロヨロと後ろに後ずさる。
慌ててソウシが立ち上がり、身体を支えた。
「大丈夫かい?」
「ソウシせんせい。…わたし……」
ソウシの腕を両手で掴み、引きつる顔を見合わせる。
「●●●ッッ」
「!」
青ざめる●●●を見かねたナギが、厨房から呼び寄せた。
弾かれたように、よろける身体を立て直す、と。
「わ……わたし…行かなきゃ…!」
●●●はさっと踵を返し、ナギの方へと走り去った。
その背中を、俺らは座って見送った。
†
「なァ船長ぉー…アイツも女を見たんじゃねーの?」
ハヤテが背凭れに肘をついて、厨房のある、後ろを向く。
「いや、…それがだなァ…」
参ったなァと頭を掻くオレ。
そんなおれらの視界の先では、ナギが●●●の向かいに立って、支えるように腕を掴む。
厨房から2人の会話が聞こえてきた。
「おまえ…大丈夫か?顔、真っ青だぞ」
「…はぁ…」
●●●は床に視線を落とし、自分の頬をさすっている。
「で、見たのか?」
「………え?」
「シンが言った、オンナの顔…」
●●●は、引きつる顔をオドオド上げて、向かいのナギと目を合わせた。
「た、……たぶん……」
「たぶん?」
曖昧な返事に、ナギは言葉を繰り返す。
「たぶん…って、どういう事だ?」
「それが。…その記憶がほとんどなくて。…チラッと見た気はするんですけど、すぐに気を、失ったかと。目が覚めたら朝だったから……てっきりあれは、夢だったかと、思ってて…」
その言葉に野郎たちが、無言でオレの顔を見る。
オレは、『そういうことだ』と肯定の意を込め、黙ったままで、頷く。
そこにナギが、ブッと小さく吹き出した。
「お前らしいな?」
「へ?」
「いや……気絶してて正解だ。そんなん見ちまったら…こんなモンじゃ、済まねーだろうしな」
「う、……ナギ、さん…」
しゅんとうなだれる●●●の頭を、ナギが右手でくしゃっと撫でる。
そのままポンポンと、2・3度撫でた。
「…んじゃ、お前はサラダでも作ってろ」
「でも……お皿……」
「それはオレが持ってく。何かしてりゃ、気も紛れるだろ。それに、今あっちに行ってみろ…」
「?」
2人が揃ってこっちを見る。
そこにはハヤテとトワが、いまだ興味津々…って顔で、●●●の顔を凝視している。
椅子に手を置き見つめる2人は、●●●から、なにかしら、聞き出したくてしかたがねェって、そんな顔だ。
それに気づいたらしい●●●はコクンと頷き、ボールにサラダを作り始めた。
それからメシが始まると、オレはゆうべの事を怖がらせないよう、●●●に話した。
ハヤテとトワも、一緒に聞く。
もっとも奴らの聞きてぇ事は…
顔がガイコツだったかだの。服は何を着てただの。足はついてたかだの。
くだらねー事ばっかだったが。
そして、メシが終わって1時間も経たないうち。
船は目的の場所に到着した。
†
「んじゃ…とりあえず潜ってみるか」
野郎たちを前に、胸の前で腕を組む。
有るか無えかも、わからねー船。
この状況で連れて行くなら…
「おいハヤテ、オレと潜るぞ」
声を掛けると、ハヤテは、ニッと笑った。
「やりーー!つか、潜って何を探しゃーいいんだ?」
今度は首を横に傾げる。
そうさなァ〜〜
「もっとも船体が見つかりゃー儲けモンだが……まずは木の切れっぱしから、探してみるか…」
「―― 了解!」
ハヤテがその場でシャツを脱ぐ。
オレも上半身だけ、服を脱いだ。
「んじゃ…残りの者はここで待機だ」
それだけ言って、オレは船縁に足をかけ、そのまま海に飛び込んだ。
ハヤテもオレの後に続く。
潜った海は透明度も高く、思ったほど、深くねえ……
それは海底まで、見えるほどに。
そして、思った通り沈んだ船は、そこに無かった。
それから周囲を見渡し、辺りを探る。
途中、息継ぎにと、プハッと海面に出てみれば、甲板から奴らが心配そうに覗いている。
それを横目に、繰り返し何度か、海に潜った。
「船長ぉーー!」
しばらくして、船から少し離れた場所からハヤテがオレに手招きした。
そこに行って2人で真下に潜ってみれば、古い板切れが、海底のあっちこっちに散乱してるのが見てとれる。
「でかしたハヤテ。……この辺だ、」
何度も息継ぎを繰り返し、2人で板を追っていく。
すると………マジか!
船底に穴の開く、馬鹿でかい船が、横倒しの状態で現れた。
マストや船首。その他、細かい部分は、ところどころ無くなってはいるが
船室の部分は、なんとか無事に残っている。
海面へ顔を出したオレとハヤテは、縄梯子でいったん船に戻った。
「船長ぉーー!」
「ハヤテッッ!」
甲板にあがると、タオルを持つ●●●を始め、野郎たちが心配顔で駆けてくる。
「お前ら、ついてるな!」
「では………」
「おー…。馬鹿でかい船を見つけたぜ?…何が詰まってるかは、わかんねーけどよ、」
受け取ったタオルで、髪と身体を拭きながら、船の状態を説明する。
すぐにシリウス号を沈没船の真下につけさせ
その間に、長いホースと、空気を送るポンプを、野郎たちに用意させた。
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