第14話





闇に目が慣れていくに従い、ぼんやりしていた人影が、次第にはっきり見えてくる。
それはオンナ
昔のドレスに身を包む、青白い顔の若い女だ。

「どうか驚きにならないで下さい」

滑るように近づく女にもちろん足なんかついてねェ。

「ちょっ、ちょと待て…っ!」

しかもだ――
真夏だ…ってのに、吐く息まで、白くなってきやがった。


「取りあえず、な?……それ以上、近づいてくれるな」

●●●の身体を抱え直し、手元の掛布を手繰り寄せる。
しかし、聞いてんだか聞いてないんだか。
女は暗がりから、どんどんこっちに近づいてくる。

マジで本物の幽霊だ。
つか、オレの知った女だろうか?

オンナの顔を凝視したまま、過去の記憶をフル稼働。
しかし、オレが知る女なら
悦ばせる事はあったにせよ、化けて出られる事なんか、あるわけねェ…
…と、言い切れねェから、たちが悪い。


「怪しいものではございません」

その間も、女はスゥーーっと近づいてくる。

「いや。その顔で、怪しくねェ…って言われてもよぉ…」

青い顔、生気の無い目。
オンナと目を合わせたまま、再度、愛刀の剣に手を伸ばす。

霊が斬れるとは思えねェ…
けど、万が一●●●に危害を加えようものなら、一刀両断。
斬り捨てるしか、すべはねェ。

しかし、握った剣を振りかざすより先、女は動きをピタリと止めた。
ベットの脇に佇んだまま、淋しげな顔で、ぼそりと言う。




「わたしは……昼間の骨(こつ)でございます―― 」


…………。

妙な沈黙が、数秒続いた。
同時に、昼間の骨が頭に浮かぶ。

「わたしは23年前……とある船で、長い航海をしておりました…」

大きさ、形、年齢共に、間違いねェと確信した頃。
女はポツリポツリと、身の上噺を話し始めた。






「わたしが乗っていた船。それは当時最新式の、大きな客船でございました」
「………ほう」
「しかし、予想外の嵐に見舞われ、船は座礁。転覆。
…気づけば私は、荒れ狂う海に投げ出され、波に呑まれておりました」

オンナは当時の事を思い出すよう、遠くを見る目で淡々と話す。

「それから何年もの間。…海の底を彷徨い続けた私の身体は……
やがて肉は腐り落ち、骨はバラバラとなり……いつ頃からかあの島で…長く骸(むくろ)を‥晒し続けておりました」

始めは気味悪くぼんやりだったオンナの姿は、今は、生きてる人間そのままだ。
若干向こうが透ける姿に、俺の焦りも消えていく。


「それは災難だったな」
「はい。しかし思いがけず、そちらの彼女に…今日骨を見つけて頂き、そしてあなた様に、手厚く埋葬して頂いたお陰で、本日無事、成仏する事ができました」

腕に抱えた●●●の顔を、オンナは目を細めて、見つめている。
海で死んだ者の魂は、なかなか上に行けねーと、どっかの噂で聞いたことがある。
つっても俺は無神論者だから、鼻から信じちゃいねーが……


「そうか…成仏できたならそれは良かった」
「はい。これでようやく婚約者と……再会する事が叶います」

目が細められ、女が笑うのが見て取れる。

「婚約者が、いたのか?」

問うとオンナは悲しげな顔で、目を伏せた。

「はい。共に船で‥‥長い航海をしておりました」
「で………野郎は…」

オンナは口を引き結び、うなだれた首を横に振る。

「…ってことは…」
「………はい。…気づけばお互い別々の場所で、荒れる海に投げ出されておりました…」
「そうか。…それは悪いことを聞いちまったな…」
「いえ。…助かった者はほとんどおらず。亡骸の多くは、近くの漁船に引き上げられ…彼の遺体もその中に…」
「それをお前は、見てたわけか?」
「……はい。……海底から…」
「………」

おれの視線が、●●●の顔に落とされた。
惚れた者と…引き裂かれる…
それは海で死ぬ者の、定めといえば、そうなんだが…


「とはいえ、ようやく成仏できたんだ、よかったな」

20数年の時を経て、成仏できたと聞かされりゃー
胸のつかえも取れるってもんだ。

「ならその、婚約者ンとこに今から行くのか?」
「はい…」

頬が染まるわけでもないが。…それでもどこか恥らうのが見て取れる。
死してなお……惚れた者を想い続ける……
そんな女を見ていると、●●●の身体を抱き締める腕にも、力が籠もる。

「これも、あなた様と、そちらの彼女様のお陰です。それで……お礼に何かさせて頂きたいのですが……」
「あん?別に、礼をしてもらいたくて、埋めてやったわけじゃねェ。それより、こっからお前が消えてくれりゃー…こっちとしては、ありがてェが?」
「いえ、それでは私の気がおさまりません」

ズイと1歩、近づく幽霊。
その後も、礼はいいと何度言っても、女は全く引き下がらねえ。
しつこく何度も、礼をさせろと、言ってくる。

「霊に礼と言われてもなぁー…」

おれは頭をガシガシ掻いた。
考えてみりゃー…霊にできるお礼ってモンが何なのか、見当がつかねェ。

「なァ…礼と言っても、お前に何ができるんだ?」

それが分からなきゃ、コイツに頼みようがねえ…
オモシロ半分。素朴な疑問をぶつけてみる。

「そうですね……お礼と言っても、私はただの幽霊です」
「おー」
「なので、たいしたことはできませんが…」
「……で、何ができるんだ?」

オンナは少し考えた後。顔を上げて、ポツリと言った。




「お掃除…とか?」
「は?」
「この部屋のお掃除でしたら…」
「………そ、」

掃除、か?
開いた口が塞がらねーとはこのことだ。
つか、幽霊が掃除って…


「そんな事ならしなくていい!つか、さっさとここから消えてくれッ!オレはムチャクチャ眠いんだ。お前も、いつまでもこんなとこに居ねーで、あの世でもドコへでも行っちまえ」

じゃあなと手を振り、●●●の身体を横にさせる。
おれも隣に転がって、頭から掛布をすっぽり被った。

「しかし船長さん……それでは私の気持ちが…」
「………うるせー。さっさと消えろ」
「でも、船長さん」
「………」

「あの、船長さん?」
「………」
「船長さん、…聞いてらっしゃいますか?」
「………」
「船長さん?」

徹底的に無視するも、ベッドの横で、礼をさせろと、何度も何度もしつこく言う霊。
いつまでも、掛布の向こうで囁く声に、さすがのオレも限界だった。

「…だああああぁぁ!!うるせェなァー!!寝れねえだろーが!」

バッッと掛布を捲り上げる。
そして、さっさとここから消えて欲しいオレは、掛布の中から顔だけ出して
仕方なく、霊ができる事を考えた。

もう一度、女の姿を上から下まで凝視する。

そこで気づいた事が1つ。

コイツ。大昔の服装にしては、かなり身なりが良い事に気づいた。


「お前が乗ってたのは客船だよなァ?」

霊は、はいと答えた。
 …って事は、20年も前に、船で旅ができるほど、コイツは金持ちだったとそう云うことか。
いや、コイツだけじゃねェ。
その船に乗ってた奴らは、貴族か伯爵。もしかしたらそれ以上……

ピーンとおれは閃いた。



「お前、オレに礼がしたいんだよなァ?」
「……はい、是非」
「なら、船が沈んだ場所は分かるか?」

女は一瞬、は?と言う顔をした。が、どうやら覚えているらしく
オレは霊から、船の沈んだ場所の事を、事細かに聞き出した。


「悪かったな。嫌な事を思い出させちまってよ…」
「いえ……もう昔の事ですから。しかし、こんな事でお役に立てればいいのですが…」
「いや、助かった。ありがとな」

聞き終えた俺が礼を言うと、女は満足げに、にこりと笑う。
それから深く頭を下げると、サラサラと足元から消えていった。

それを見届け、おれはベッドをスルリと出る。
デスクのランプに薄明かりをつけ、周辺の海図を素早く開いた。

「思った通りだ…」

確認すればその場所は、今いる場所からさほど離れてねェ場所。
恐らく昔は、海図なんてモンも、いい加減だったに違いねェ。
周囲の岩場に座礁して、海に沈んだに違いない。
おれはそこに印をつけると、再びベッドに潜り込み、●●●の身体を強く抱いて
ようやく深い眠りについた。






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