第12話
「そんな格好で、風邪をひくぞ?」
エドワードは脱いだ上着を、●●●の肩にふわりと掛けた。
「すいません」
「いや。……それより夜も遅い。入るか?」
部屋へ戻ろうと手を引くも、●●●は首を振って上着を手で手繰り寄せる。
「いえ、もう少しだけ……」
「しかしそうは言っても……」
「わたし月を眺めるのが好きなんです……だから……」
「月をか?…それは何故だ?」
不思議そうにエドワードが問う。
●●●は1度、顔を見遣り、「それは」と月に視線を戻した。
「夜は真っ暗で不安になります」
「ああ」
「だから、闇を照らす月が好き。……ううん、それだけじゃなくて…」
「なくて?」
「はい。月の光は弱々しくて儚いからかな?……余計な気持ちを覆い隠して、まっさらな気持ちにしてくれる。……だから月を眺めるのが好きなのかも知れません…」
言っててなんだか恥ずかしくなった。
呆れているかもしれない、と、ちらっ、と横目で彼を見る。
だけどエドワードは真摯な顔で●●●を見ていた。
「ロマンチストだな…お前は……」
「ろ……!」
思っても見ない彼の言葉に、●●●は目をしばたかせる。
「そう、……なのかな?」
「ああ。そうだ」
2人はクスッと笑い合う。
そんな2人を、もうすぐ満月になる月が、青く照らし出していた。
「●●●…」
不意に静寂を破ってエドワードが声を掛けた。
「ん?」
「お前は海が好きか?」
バルコニーに寄りかかる●●●は顔を上げてニコリと笑む。
「ええ、大好きです」
するとエドワードの顔が僅かに曇る。
「……。……そうか」
「?」
彼は目を横に逸らすと、思いつめたように黙ってしまった。
何か悪いことでも言っただろうか。
「どうしたの」と、声を掛けるが先。彼の手が腕を掴み
くるっと身体を振り向かせる。
そのまま正面から、両手で強く抱きすくめられた。
「……!……エド?」
呼びかけても、彼は声を発しない。
胸のあたりを軽く押すも、そうはさせまいと痛いくらいに力が籠もる。
身を任せれば、とくんとくん、と聞こえる鼓動。
暫く沈黙したのち、腕の力が弱まった。
「すまない…」
どこか淋しげに彼はカラダを少し離す。
その手が緩慢な動きで、頬に向かって伸びてくる。
ひくん、と揺れた●●●に構わず、手は頬を撫で続ける。
「知ってるか?」
「………、え…」
「満月に魔力があることを」
唐突に。
しかも、意味深に発せられた彼の言葉に、●●●の身体は、硬さを増した。
「……、まりょく…ですか?」
●●●は思わず上を向いた。
視界の先には、まんまるの月。
「ああ。……ひとをケモノに変える魔力…」
月を背に、彼の口に、ふっと笑みが浮かんだ。
頬をなぞる指先が、顎を掴んで持ち上げる。
一直線に交わる視線。
「……っ、…エド……っ!」
「それを何と言うか教えてやろう…」
身を引くも反対の手が、呆気なく腰を、引き寄せる。
顎を掴む手に力が篭り。 どく、っと鼓動の、重みが増した。
「……!」
刹那、ふわ、と視界が暗くなり……
「(……。…LUNATIC……)」
微かに動くエドワードの唇が、●●●の唇に重なった。
「………!」
たちまち身体は硬直し、両手で胸をぎゅっと掴む。
だけど、エドワードの唇は離れない。
逃げる腰と後頭部を、彼の手が引き寄せた。
「………ふ」
永遠とも思える、長い口付け……
やがて胸を押し返す手が、いつしか、添えるだけの形になった頃。
エドワードの唇が、ゆっくりとそこから離れていった。
薄く目を開けると顔を傾げたまま、じっと見つめる彼の顔が
視界いっぱいに、広がっている。
「やだ、わたしっ、なにしてっ!」
我に返り、とっさに後ろに身を引くも
腰にある手が、それを阻む。
手首を掴む彼の手に、痛いくらいの力が篭った。
「……エド、放し…っ」
「悪かった」
「……え」
「だからおれから逃げないでくれ…」
「……っ!」
「頼む……」
一瞬訪れた、重たい沈黙。
2人の視線が一直線に交差する。
弱々しい彼の声は、●●●の心を切なくさせた。
これも月のせいだろうか。
強張る身体の力を抜く。
それに気づいたエドワードは、●●●の身体を胸に抱き寄せ
それから2人は、無言で月を見上げた。
翌、戴冠式当日。
朝から城内は、式典の準備にとバタバタとしていた。
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