第13話
「…んだよ、この服っ! 超、動きずれぇー!」
「そうですか? 僕は王子様になったみたいで、嬉しいですけど♪」
廊下から、ハヤテとトワの話し声が聞こえてくる。
今日行われる戴冠式は、隣国、諸外国の、国賓や貴族も招かれるという、国を挙げての式典ということもあり
リュウガを始めシリウスの面々も、海賊の服から貴族の服へと着替えていた。
その頃、●●●も朝から準備にと忙しかった。
その日の早朝。部屋に入ってきた4人の侍女に、やんわりと。けれど強制的に引っ張り起こされ。あとは4人のなすがまま。
特別念入りに髪をセットされ、いつもより濃い目の化粧をされ
立ったままコルセットを、2人がかりで、ぎゅーぎゅーと左右から締め上げられていた。
「……、●●●さまっ、…大きく息を吸ってくださいませ!」
「う、うあっ!…くっ……苦しいんですけど…」
「申し訳ございません。しかし、あと少しのご辛抱を…!」
「は……!……は、い…っ」
侍女は、胸の膨らみを持ち上げるよう、容赦なく、腰とお腹を締め上げる。
それに伴い、こんもり覗く2つの双丘。
それから、あっちこっちと向きを変えられ、ようやく支度が終わった頃には
●●●はもう、クタクタに疲れ果てていた。
「まぁ……♪」
しかし、そんな●●●を歯牙にもかけず4人の侍女は向かいに立って、胸の前で指を組む。
「本当にお美しいですよ、●●●さま…」
「まるで、花が咲いたように可愛らしい…」
「仕立て屋も徹夜した甲斐がありますね?」
「エドワード様も、さぞ驚かれることでしょう…」
4人はポッと頬を染め、口々に●●●を褒め称える。
どうやら、この、ピンクのドレスは、エドワードが急遽仕立て屋に作らせた物らしく。
サイズを測った訳でもないのに、●●●の身体にピッタリだった。
「えっとぉ…」
「あ、申し訳ございません。それでは鏡をご覧下さいませ」
年長者らしき、ひとりの侍女が、肩を掴んで鏡の前に移動させる。
とたん●●●は、ゴクンと唾を呑み込んだ。
「わ……」
姿見には、桜の花が花開いたように大きく広がるドレスを纏い
綺麗に纏めた頭の上には小さなティアラが乗っている。
「お……お姫様、みたい…」
思わず出た自分の言葉に、ぱっと口に手を充てた。
「ええ、本当に」
鏡越しに侍女と目が合い、ますます顔が熱くなる。
それから、用意されたハイヒールに履き替えると、クルー達が待つ控え室へと向かった。
※
「みなさん、着替え終わりましたか?」
声をかけながらドアを開けると、振り返ったクルー達が、ぐっ、と息を呑むのがわかる。
静まり返った部屋の中で、誰かかゴクンと唾を呑む。
その静寂を破ったのは、いつもの通り、リチャードだった。
「うわぁぁー…!すっごく、すっごく綺麗だよっ!」
ソファーから立ち上がったリチャードが、ダッ、と足元に駆けて来る。
腰にしがみつく彼の身体を、ヒョイと●●●は抱き上げた。
「ありがとうございますリチャードさん。リチャードさんも素敵ですよ?」
ブルーの正装に身を包むリチャードは、小さな王子さまの如く、可愛らしい。
2人は目を合わせて笑い合う。
それを、面白くないと眺めるシンが、●●●の全身を舐めるようにして見た。
「ま、中身がどうあれ、衣装でこうも変わるんだな」
「ふふ…褒めてくれるんですか、シンさん?」
●●●がソファーの方を振り返る。
「っ、……誰がっ!調子に乗るな。オレは衣装を褒めただけだ」
「それでも嬉しいです」
それがシンの誉め言葉だと知っている●●●は、頬を染めてクスッと笑う。
ふと、ナギと目が合う。
「ナギさん、どうです?似合いますか?」
とたんナギは、顔を逸らしてしまった。
だけどバンダナをしていない彼の顔は、耳の先まで真っ赤だ。
「ま、ァ……悪くねえ」
一瞬、沈黙したのち、ナギは呟くように、ボソッと言った。
「ふふ……」
そんなやり取りを見ていたリチャードが、くくっと笑う。
それに気づいて、シンとナギの眉間にシワが寄る。
「何がそんなにおかしい」
「え〜〜!だってぇ〜〜〜」
リチャードは、ぎゅ、と●●●に抱きついて、さらにクスッと笑った。
「シンもナギも、素直じゃないなぁ〜〜と思ってさっ!」
「な、に?!」
「綺麗なら綺麗って、ちゃんと誉めれば良いのにぃ〜〜」
「………」
シンとナギが、互いの顔を見合わせる。
カッ、と顔が真っ赤になった。
「お……おれはいつだって正直に言っている」
「俺だって…別に」
モゴモゴと歯切れの悪い2人だが、我に返れば、ガキに言われっぱなしでは
腹立たしい。
今度はシンが、ぎろ、とリチャードを睨みつけた。
「そういうお前は、今日も抱かれているのか?」
「へ?」
「おまえみたいなのを、甘ったれってい言うんだ馬鹿」
「む!」
「違うと言うなら、そこから降りろ!ドレスがしわになるだろ」
2人に攻められ、渋々リチャードが●●●の腕から床に下りる。
そこへ
「うわぁ〜〜♪●●●さん、お姫様みたいで素敵ですッ♪」
トワがニコニコしながら駆けてきた。
抱きつこうと手を伸ばすと、その手が●●●に触れる直前。素早く立ち上がったシンとナギが、無言でトワを取り押さえた。
「…へ?!」
「……油断も隙もねえな」
ナギが呟く中、ソファー座るハヤテが●●●に向け、声をかけた。
「ま、……何とかにも衣装なんじゃねぇーの」
憎まれ口を叩くハヤテを、●●●が、じっと、見つめる。
「な……なんだよ…そんな顔して……」
「前から思ってたんだけど……」
「だから何だよ」
ゴクッと唾を呑みこむと、●●●はポツンと声を洩らした。
「ハヤテってさぁー、」
「あ?おれ?おれが何だよ!」
「ちゃんとした格好すると。……王子様みたいだよね?」
とたんハヤテに、クルーの視線が集中する。
金髪の髪。端正な顔立ち。
正装に身を包むハヤテは、絵本に描かれている王子に、見えなくもない。
「は?! う、…うっせェー馬鹿!俺は海賊だ、つーの!」
ハヤテは顔を赤くさせ、慌ててぐるんと背を向ける。
「ハヤテも素直じゃないんだから」
それを困ったように見ていたソウシが、●●●の前へ歩み出た。
「こんなにも綺麗なのに。…ね、●●●ちゃん?」
ソウシは、ドレスの裾をフワッと直す。
「ありがとうございます。ソウシ先生」
「ふふ……どういたしまして♪」
ソウシは頬を何度か撫でると、ソファーへ戻り腰かけた。
「ハハハ・・・・」
そこに、豪快な笑い声が部屋に響いた。
「つったく、……どいつもこいつも、誉めるのがヘタ、つーか、なんつーか…」
情けねえな、とか言いながら立ち上がったリュウガが、向かいに立つ。
がしっと腕を両手で掴んだ。
「すげー綺麗だぜ、●●●、」
面と向かって、それも真顔でそう言われ、思わず言葉に詰まってしまう。
貴族の服に身を包むリュウガは、いつもと違う気がした。
「……ほんとう、ですか?」
「ああ、ホントだ。……すげー綺麗だ」
そう言って、ふ、と、口元で笑ったかと思うと、リュウガの手が後頭部を引き寄せた。
そして彼は耳に唇を寄せて、真面目な声で囁いた。
「…ってことで、……今夜おれの部屋に来い」
「……部屋に?」
「ああ。 もれなく天国見せてやるぜ?」
一瞬、何の事か分からなかった。
キョトンとすれば、「な?」と、顔を見合わせる。
同時に
大きく突き出た胸の谷間に、リュウガは素早く指を入れ、くいと布を引き下げた。
「な……! なに、言って!」
ようやく意味を理解して、カッ、と顔が熱くなる。
密着する巨体を、思いっきり押しのけた。
「い、行きませんからね!絶対に行きませんからね!」
「ん?」
「そんな顔しても行きませんから!…ていうか、それ以上、近づかないで下さい! ていうか……っ!ほんと、さいってーー!」
「はは……さいてーか?」
突き飛ばされてもなお、ははは…と笑うリュウガは、格好だけは貴族のそれだが。
中身はやはり、いつものリュウガだ。
ぷくっと膨れてみるものの、改めてクルーを見回せば、強張る顔もフッと緩む。
まあ、なにはともあれ。
「皆さんに褒めて貰えて嬉しいです。でも、みんなも今日は、素敵ですよ?」
貴族の服に身を包む彼らは、お世辞抜きで、みんな素敵だ。
少しハニかんで告げると、各自の頬がピンクに染まった。
●●●は、エドワードにもこの姿を見て欲しいと思ったが。
昨夜のキスを思い出すと、気まずさが先立つ。
なにより本日の主役である彼は忙しいのだろう。
結局、顔を合わせる事無く、厳かに式典は始まった。
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