露天風呂 (ロイversion) | ナノ
第6話
息を殺し、2人して、ゆっくりゆっくり後ずさる。
しかし、同時にクマも前進して、2つの距離は開くどころか
縮まるばかり。
そこに発生するユラリと波立つ波紋でさえも、クマの怒りを刺激しそうで。
しかしそれは対面から押し寄せる、さらに大きな波紋でもって、すぐさま消された。
「ロイ船長…どうしたら…」
「いいからゆっくり下がるぞ」
声は震え、涙は溢れて、ただロイの腕にしがみついて引きずって貰うしかない。
その時、後ずさる2人の背中に、トンッと岩が当たった。
一気に汗が頬を伝う。
いよいよこれでお終いか。
互いの手を握り合ったところで、なぜかクマも動きを止めた。
「?!」
2人から5メートルも離れてない場所。そこにクマはゆったりした所作でカラダを沈める。
「ロイ船長…クマが……」
じっと息を潜めたまま、2人でしばらく様子を眺める。
肩までお湯に浸かるクマに、襲ってくる気配は無かった。
「どど、どうしましょう…」
思案を巡らせ、互いの顔を見合わせる。
我に返れば自分はハダカで
もしここで襲われようものなら、当然ハダカで食べられ――
「そんなのいやだぁぁぁぁぁー!」
「う、うおい!急に声、出すんじゃねーー!」
口を塞ごうとするロイの顔を、●●●は、じと、とした目で見つめた。
「な、何が言いてーんだ?」
「あのロイ船長。…強いんですよね?」
「は?だ、だったらどうする?」
●●●はロイの肩を、両手で掴んだ。
「だったらあのクマ。やっつけて下さい!」
「は?」
そのまま素早く背後に回って、両手でもって背中を押した。
「ほら、早くぅ!!」
「狽ハおっ?!……バッ、バカッ!!押すんじゃねーよッ!」
振り返るロイが、慌てて首にしがみつく。
●●●はそれを引き剥がして、再び前に突き出した。
「ね?お願いしますよロイ船長ォ!ほらッ!」
「ちょ…ちょっと待てッ!おいコラ、押すんじゃねえって!」
「遠慮しないで…っ!!私、ハダカで食べられるなんて、ごめんです!」
「うおい!オレだって今、ハダカなんだぞ!?濡れたタオル1枚で、どうしろっ、てんだ!」
その間も、背中をぐいぐい押す●●●と。
ぎゅーーっと足を踏ん張るロイ。
もつれる2人の白いタオルが、湯船の中でユラユラ揺れる。
そんな事を繰り返すこと、数十分。
「はふ……。あのクマ、行かないですね?」
湯船に浸かって、かれこれ1時間以上が経つだろうか。
のぼせる●●●が朦朧としながら隣を見る。
そこに滝のような汗を流すロイが、虚ろな目で遠くを見ていた。
「ロイ、船長?」
「………」
「ちょっとロイ船長、大丈夫ですか?」
弱々しい手でロイの肩を、ゆさゆさ揺する。
ロイはゆっくりゆっくり振り向いた。
「●●●。俺はもう…おしまいだ」
「は?」
「せめて最後はお前の胸で……」
「ちょっとロイ船長ォー!」
「お前だけは……生き延びろよ?」
「な、ちょっと!」
ブクブクと湯船の中に沈んでいくロイ。
その時ジャバァァァー……
クマがのしっと立ち上がった。
「……ひ!」
目の前には、水しぶきをあげ立ち上がった、巨大なクマ。
いよいよこれでお終いか。
沈むロイを両手で抱え、●●●はクマを睨み付けた。
「へ?!」
しかしクマは2人の顔を一瞥して、のっしのっしと背後の山へ帰って行く。
「ロイ、船長……」
「ああ……」
その背中を、2人はじっと見つめた。
そして木々の向こう側に見えなくなったその瞬間。
ザバァァァンーー!!
ロイは勢いよく立ち上がった。
「今だ、行くぞ!!!」
「はい!!」
2人はつたない足取りで。互いの手を握り合って。
よろよろと脱衣所に駆け込んでいく。
扉を閉めたその瞬間。
バタッと2人は意識を飛ばした。
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