藤也と準一の平和かもしれない一日
「もし生まれ変わるんだったらなにになりたい?」
昼下がりの応接室。
ソファーに腰を下ろした藤也は、向かい合うようにソファーに座る俺を見据えてきた。
「……お前ってたまにいきなり変なこと言い出すよな」
真顔で尋ねてくる藤也に目を丸くすれば、今さら恥ずかしくなってきたらしい藤也は「うるさい」とむっとする。
自分から聞いてきたのにうるさいってなんだ。いや余計なこと言った俺が悪いのか?この場合。
「早く答えてよ」
「あー、ちょっと待った。いま考えるから」
急かしてくる藤也に、俺はうーんと考え込む。
生まれ変わったら。まずその前提を考えていなかった俺は、普段からあまり動かさない脳みそを総動員させる。
実際に生まれ変わることができるかどうかわからなかったが、藤也が言っているのはそういう意味じゃないはずだ。喩えばの話。話題の一つと軽く捉え、適当に返せばいいだけの話だとわかっていたがなんでだろうか。
深く考えてしまい、すぐ答えがでてこない。
「……藤也は?」
そして、考えて考え抜いた結果藤也に聞き返す。
質問を質問で返すなと言いたそうな顔をする藤也だったが、すぐに俺から視線を逸らした。
どうやら藤也も藤也で考えていなかったようだ。
「……俺は、思い付かなかったから準一さんに聞いたんだけど」
そう静かに答える藤也が意外で、驚いたように俺は「なんでまた」と聞き返す。
「なんでもいいじゃん」そんなの、と小さく付け足す藤也はむっと顔を強張らせた。
なにをそんなにムキになっているのかがわからず、俺は「ああそう」と言い返す。
怒ったつもりはないのだが、自然と言葉がキツくなってしまったことに後悔する。
「……」
そのまま黙り込む俺に、藤也はばつが悪そうな顔をした。
「……ちょっと参考にしようと思っただけ」
流れる沈黙に耐えられなくなったのか、藤也はそう続ける。
どうやら俺が臍を曲げたと勘違いしているようだ。あっさり折れる藤也に、俺は「参考?」と首を傾げた。
気になって尋ねてみれば、「いちいち聞き返すのやめてよ」と藤也が顔をしかめる。
そんな横暴な。
コミュニケーション能力が高くない俺には聞き返すことくらいが精一杯だというのに。
「……」
「……」
「……教えてくんねーの?」
「……言わない」
「……」
「……だから、参考にしようと思っただけだって」
再び黙り込む俺に、渋々藤也はそう口にした。
「参考って、まじで生まれ変われるわけ?」
てっきりただの与太話だと思っていた俺は、やけに真面目に考えている藤也に疑問を抱く。
思ったまま尋ねれば、藤也は小さく首を横に振った。
「わかんない」そう呟く藤也は、「でも」と付け足す。
「……どうせなら、一緒のがいいって思ったから」
恥ずかしそうに視線を泳がせる藤也は、俺から目を逸らしたままそう続けた。
一瞬藤也の言葉の意味がわからず疑問符を浮かべたが、「あーはいはい」と納得した俺は声をあげる。
「お前、意外とベッタリだな」
面と面向かってそう言われるのは結果照れ臭かったが、素直に好意を現されて悪い気はしない。
笑いながらそう茶化せば、「うっさい」と藤也は俺を睨む。恥ずかしがっているのだろうか。微妙に顔が赤い。
「……準一さんは」
「ん?」
「準一さんはどうなの」
そっぽ向いた藤也は、ちらりと横目で俺を見た。目が合い、なんだかこっちまで照れ臭くなってしまう。
「なにが」視線を逸らしながら、俺は藤也に聞き返した。
「生まれ変わったら」
「……俺は、特に」
「は?」
「なんかずるくない、それ」曖昧に語尾を濁す俺に、藤也はそう妙なところで突っ掛かってくる。
ずるいのか?と不思議に思ったが、どうやらハッキリしない俺の態度がお気に召さなかったようだ。思ったままに答えたのだが、ダメだったか。
「まあ、なるようになるだろ」
「そうだけど」
「なんだよ、その顔」
「準一さんって夢ないね」
あ、今の結構きた。精神的に。
「悪かったな、夢なくて」
むっと顔をしかめた俺は、言ってから自分の大人げなさにいたたまれなくなってくる。
「……暫くは、このままでいいよ」
「藤也もいるしな」咄嗟にそうフォローを入れようとするが、自分で言ってあまりの臭さに恥ずかしくなってきた。
気を紛らすように視線を泳がす。いつまで経ってもなにも言わない藤也に、『やっぱり言わなければよかった』と後悔の念が込み上げてきた。
反応を伺うようにチラリと藤也に目を向ければ、もろ目が合う。
「準一さん」
なにいってんだこいつと顔を赤くしながら気まずそうに口を開く藤也はそう俺の名前を呼んだ。
「なんだよ」開き直った俺は、そう藤也に目を向けたまま呼び掛けに応じる。
「答えになってないし、これ喩え話だから」
そうハッキリと切り捨ててくる藤也に、なんだかもう俺は穴があったら入りたくなった。
「……わかってていってんだよ」藤也に揚げ足を取られ、下手に言い返しても墓穴を掘っていくだけだと悟った俺は開き直る。
藤也もそれを感じ取ったのだろう。「あっそ」そう素っ気なく答える藤也は、それ以上追求してこなかった。
そして沈黙。俺たちの間に、外から聞こえてくる蝉の鳴き声が響いた。
「……あいつら遅いな」
「……ん」
普段から騒がしい四人がいないからだろうか。やけに屋敷全体が静かに感じた。
因みに花鶏たちは森林浴に出掛けている。本当はなにをしているのか知らないが、どうせ南波を標的に鬼ごっこでもして遊んでいるのだろう。
どちらかと言えばインドア派な俺たちは、こうしてお留守番をしているわけだ。
「俺も、このままでいいや」
窓に映る緑を眺めていると、不意に藤也はそんなことを口にした。
「あ?」ぽつりと呟く藤也に、上手く聞き取れなかった俺は聞き返す。
「当分、このままでいいって言ったの」
怒ったような顔をする藤也は、「何度も言わせないでよ」と小さく文句を言った。どうやら、先程の俺の言葉についていっているらしい。
「喩え話じゃなかったのかよ」
自分で言って自分で照れてる藤也が可笑しくてそう笑えば、藤也は「わかってる」と言い切る。
素直じゃないというか、なんだろうか。なんとなく、居心地がよかった。
おしまい
「『藤也がいるならどこでもいい!』、『俺も準一さんと一緒ならなんでもいい!』、いやー青春ですね」
「うわ、花鶏さんいつから」
「……しかも俺そんなこと言ってない」
「ばっちり言ってましたよ」
「ハッキリ言ってたな!」
「まあ、結構それらしいことは言ってましたね」
「なんでそんな皆いるんすか、っていうか帰ってたなら一言くらい声かけたらどうですか」
「いやーお若い二人を邪魔するやつは馬に蹴られて粉砕骨折と言うじゃないですか」
「ここまで堂々と邪魔しておきながらなにを……」
「おや、お邪魔でしたか。それは失礼。では幸喜、奈都君、隣の部屋に行きましょうか。準一さんは藤也との一時を邪魔されたくないそうです」
「えーつまんなーい」
「準一さん……」
「そういう意味じゃないですって、すみません俺が悪かったんでそんな目で見ないでください」
「最初からそう素直になればいいものを」
「(なんかおかしい……)」
「それより花鶏さん」
「おや、どうしましたか?準一さんと来世の約束をしようとして見事かわされてしまった藤也」
「……」
「冗談です」
「……南波さんの姿が見当たらないんだけど」
「……」
「……」
「……ああ!」
おしまい
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