亡霊が思うには


 水浴びする亡霊組×準一

「湖にでも水浴びに行きましょうか」

 八月某日。毎日続く猛暑の中、応接室に集まってはやることもなく項垂れていた俺たちに花鶏はそう提案する。
 というわけで俺たちは屋敷を出て花鶏のいう樹海の中にあるらしい湖にへと来ていたわけだが……。

「花鶏さん、これは寧ろ湖というより沼だと思いますが」
「まあ似たようなものじゃないですか」

 どこがだ、と突っ込みたくなるのを堪え改めて俺は目の前に広がる湖もとい沼に目を向ける。
 黒く濁り底の見えないその沼は足を踏み入れたら最後、その名も人食い底無し沼というナレーションをつけたくなるようなおどろおどろとしか景色が広がっていた。
 というかなんかほんとホラー映画でこんなん見たことあるんだが。干上がったら骨が埋まってたみたいなので。
 そう冷や汗を滲ませる俺とは裏腹に藤也たちは大抵想像ついていたようだ。
 特に取り乱すわけでもなくストレッチをしていた。
 幽霊にストレッチ必要なのかとかまさか泳ぐ気かとか色々突っ込みたいところはあったが追い付かない。

「ほら、水着代わりにどうぞこれを」

 そんな中、側でなにかごそごそしていた花鶏が白い布切れを差し出してくる。

「……なんですか、それ」
「マイ褌です」
「遠慮しときます」

 というかマイってなんだ。

「あの、つかぬことお聞きしますが花鶏さん、もしかしてその着物の下って……」
「おや、私のフンチラを見たいだなんてなかなか助平な方ですね」
「い、言ってませんし見たくないですから」

 というかフンチラってなんだパンチラみたいに言うなよ。
 照れたようにもじもじしながら着物の裾を持ち上げゆっくりと生白い足を露出する花鶏を慌てて止める俺は聞かなければよかったと頭痛を覚えた。
 すると、「なになにどうしたの」と歩み寄ってきた幸喜は花鶏の手に抱えられたご丁寧に人数分用意されてる褌を見て目を丸くする。

「あれ、これあれじゃん。奈都がいっつも巻いてるのと一緒じゃね?」
「やめてください。僕のマフラーをそんなものと一緒にしないでくださいよ」
「そっ、そんなもの……」

 心外だと言わんばかりの奈都の言葉にショックを受ける花鶏。
 事実なだけにフォローするに出来ない。

「ったく、なんで俺までこんなとこ来なきゃなんないんだよ……」

 きゃっきゃと盛り上がる三人から離れた位置、石の上に腰を下ろし不満を洩らす南波。
 その側の日陰で小休憩をしていた藤也は鬱陶しそうに南波を一瞥した。

「来たくないなら来なければよかったのに」
「お前が引き摺って来たんだろうが!」
「まあまあ南波さん、ほら、魚釣りには餌が必要じゃん?」

 ぷりぷりと怒る奈都から逃げてきたらしい幸喜は言いながら南波の肩をぽんと叩く。そして無邪気な笑み。

「魚釣り……?」

 嫌な予感がしたようだ。青ざめる南波は慌てて逃げようとするが時既に遅し。南波は背後に立つ幸喜にがっと羽交い締めにされる。
 そしてさっとやってきた藤也はその両足を持ち上げた。素晴らしいチームワーク。素晴らしい手際のよさ。

「って、おい、やめろっ!離せ!てめえふざけん……「藤也ーいっせーのっせ!」っひいあああっ!!」

 双子に沼へと放られ宙を舞う南波の悲鳴はざっぱーん、という音とともに沼へ沈んだ。まさに犯行現場。

「おや、魚釣りですか。この辺で連れる魚はなにがいましたっけねぇ」
「いや助けなくていいんですか」

 というか南波で釣れるわけがないだろうと突っ込む気力がわかない。
 沼の中央、じわじわと泥水の中へ沈む南波がもがいてるのを見付け顔を青くした俺はその淵まで駆け寄る。

「南波さん!南波さん生きてますか!」
「魚の代わりに土左衛門が釣れそうですね」
「おや奈都君上手いですねえ」
「不謹慎ですし和まないで下さい!」

 どこまで能天気というか頭ん中がお花畑なんだこいつらは。
 このままじゃ南波が助けられることはないだろう。
 そう悟った俺は「皆が行かないなら俺が助けに行きますから」とか言いながら沼へとゆっくり足を踏み入れた。重みの分、ずぷりと足が埋まる。これはまじで底が無さそうなんだが。思いながら一歩また足を踏み出そうとしたときだった。

「待ちなさい準一さん」

 声をかけられた。振り返れば心配そうな花鶏が淵に立っていた。
 もしかしてようやく南波を助けてやる気になったのだろうか。

「花鶏さん……」
「褌の装着がまだですよ」
「いりません!」

 というかどんだけ褌好きなんだよこいつは。
 そう怒鳴りたくなるのを堪え、一歩、また一歩と重い足を進めていたときだった。後頭部にベシャッとなにかがぶつけられた。

「っひぃ!」
「よっしゃ、準一の後頭部10ポイントー!」

 生ぬるいその感触に肩を跳ねさせ咄嗟に背後を振り返ればそこにはなにやら泥団子を手にした幸喜がこちらを指差してゲラゲラ笑っているではないか。

「おい、なにすんだよっ!」
「準一さん当てゲーム」
「やめろよ、服汚れんだろ!」
「そこにいるのが悪い」

 そんな理不尽な。
 幸喜同様安全なところから泥団子を固めている藤也。
 まさか藤也が幸喜の味方するとは思わず戸惑いながら俺は後頭部の泥を払った。くそ、服の中まで入った。

「泥をぶち撒けられ汚れる準一さんですか……悪くないですね」

 そしてお前はなにを言い出すんだ。
 顎に手を添え染々と呟く花鶏に顔をしかめた俺は「変な楽しみ方を見出ださないで下さい」と声を上げた。その矢先だった。

「っぶわっ」

 藤也の投げた泥団子が顔面目掛けて飛んできて、咄嗟に顔を庇えば腕に当たった団子は四散する。そして双子は早速次の球を作り始めた。
 あいつら、俺が動けないことを良いことに調子に乗りやがって。こうなったら誰かに止めてもらうしかない。

「おい、奈都、そいつら止め……」
「100ポイント貯まったらなにか貰えるんですか?」

 やる気満々!?

 真面目な顔して球を作る奈都に「準一さんを泥で汚す権利が与えられます」とこれまた真面目な顔して答える花鶏に突っ込まずにはいられない。
 まさかの奈都が幸喜たちにつき全員が敵というややこしいフォーメーションに狼狽えていた矢先また泥団子が飛んできた。間一髪、それを避けるが泥が服を霞め汚れてしまった。
 このままじゃ埒があかない。小さく舌打ちをした俺はそのまま陸に向かって再び重い足を進ませる。

「くそっ、全員覚えてろよ畜生っ!泥まみれにしてやる!」

 言いながら泥に汚れながら沼から這い上がれば、幸喜は「うわっ、妖怪泥人間が襲い掛かってきたぞー!ぎゃははははは!」とか言いながら指を差してくる。
 その顔面目掛けて沼で作った泥団子をぶち撒けたのを合図に樹海全体をつかった壮大な合戦が始また。


「誰か……っ助け、息が、苦し……っもが……ッ」


 おしまい

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