短編


 容疑者Cの証言

 何一つ取り柄がない僕に、来斗は「お前は優しいところが良い所だろ」と言ってくれた。
 大人たちから見放され、年下のコウメイからも馬鹿にされ、それでも来斗は僕のことを見捨てずにいつも傍にいてくれた。
 だから、せめて、来斗の役に立ちたくて、来斗の頼み事ならなんでも聞いたしそれをやってきた。
 失敗することはあったけど、それ以上に来斗の喜ぶ顔が見たくて頑張ってきた。
 来斗がいなかったら僕はとっくに死んでいただろう。親に見放されて捨てられたとき、入れられた施設でも厄介者扱いされた僕にとって丁塚家からの申し出は思ってもいないことで。
 僕のなにを見ていいのかわからなかったけれど、後になって僕の顔しか見られていないということはわかった。
 最初から僕に期待はされていない。同様僕もなにも期待していない。

 執事長のことは、嫌いだった。
 皆の前では殴るくせに二人きりになった途端手のひら返したみたいに甘くなるのが気持ち悪くて吐き気がしてあいつに触れられる度に何度殺してやろうと思ったのかわからない。
 だけど来斗は執事長のことを気に入っていたみたいだったから辛うじてその衝動を抑えきることは出来たけど、今となっては殺しておけばよかったと思う。

 来斗の性欲処理を手伝うようになってから、執事長の暴力もどうでもよくなってきた。
 僕みたいなグズでも来斗の役に立っている。気持ちよさそうに目を蕩けさせた来斗の顔は今思い出しても射精してしまいそうになった。
 少しでも来斗を気持ちよくさせたくて、夜こっそり外に出ては適当に練習してたんだよ。でも、来斗が知ったら軽蔑されると思ったから僕はなにも言わなかった。
 来斗には僕の汚いところなんて見せたくなかった。そんな気持ちが僕に芽生えるなんて思ってもいなかった。
 だけど、それがバレて怒り狂った執事長に殺されかけたあの日。
 僕はコウメイから聞いた言葉に泣いたよ。来斗が僕のことを気遣ってくれてるんだって。
 だけどそれと同時にそんな来斗の優しさに甘えるしかできない自分が悪くて歯痒くて情けなくて、僕は絶対に来斗に胸を張れるような人間になるんだ。そう決意した。
 だけど、全部コウメイの嘘だったんだ。

 コウメイに毒を飲まされて全身の機能が一気に低落した。
 なんとか視力聴力握力は取り戻したけど、繰り返した薬治療の副作用で神経は麻痺してしまって、温度も痛みも感じることが出来なくなっていた。
 何を触っても何も感じない。それでも、来斗の温もりをまた感じれば、なにかが変わるはずだ。それだけを生き甲斐にして、僕は病院から抜け出した。
 街で夜遊びしていたときの知り合いを訪ねて周り、まずは働き口を探す。金と住む場所があればなんでもよかった。
 何度も来斗に会いに行こうと思った。けれど、以前のようになれるまでは。
 薬のせいで見窄らしくなった自分を見られたくなかった。来斗の前ではちゃんと笑えるようになりたかった。
 今のまま来斗に会っても、嫌われる。一生懸命になって働いて、逸早く日常を取り戻そうとした。けれど、既に軌道修正するには難しいところまで来ていたのも事実で、辛うじてちゃんと笑えるようになっていたときには来斗は中学を卒業していた。
 それでもよかった。早く来斗に会いたかった。コウメイたちの監視の目を掻い潜るのは厄介だったけど、来斗がすぐに俺だと気付いてくれたお陰で手間は省けた。それ以上に、「会いたかった」と泣きながら抱き締めてくれた来斗が嬉しくて嬉しくて僕はいままで来斗に会うのを躊躇っていた自分を殴りたくなった。
 来斗が僕のために泣いてくれた。その事実だけで僕の胸は満たされた。
 コウメイが僕と来斗を引き離すために仕組んだということが分かっても、確かに腹立たしくて殺してやりたいほどムカついたがそれでも会えない期間があったからこそ僕達はこうしてより一層気持ちを深め合うことができたのだろう。その点、コウメイには感謝している。こうして僕は来斗とお互いの気持ちを知り合うことができたのだから。
 抱き締めてくれた来斗の体温は感じなかった。それでもいいんだ、邪魔な皮膚越しの感触ではなく僕達は気持ちで通じ合うことができるのだから。

「それで、言いたいことはそれだけか?」

 机を囲むように立つ、大柄な刑事さんたちはただの見張りだろう。
 別になにもしないっていうのに、随分な扱いだ。向かい合う形で座る初老の刑事さんは苛立たしげにこちらを睨んだ。
「ええ」と小さく頷き返せば、刑事は深く息を吐き出す。

「それじゃ、僕、もう帰っていいんですかね」
「……あぁ」
「お役に立てなくてすみません」

 ぺこりと頭を下げれば、刑事さんは「いや、充分だ」と唸るよう続ける。
 怖い顔とは裏腹に、話の分かる刑事さんだった。

「犯人、早く見つかるといいですね」

 僕は微笑み、そして別の刑事さんに連れられるようにして取調室を後にした。
 女子高生連続失踪事件捜査本部。なんて張り紙を横目に、一階のロビーへと向かった僕はそのまま警察署を後にした。
 今日は何を作ろうか。確かまだ、肉が残っていたはずだ。すき焼きもいいな、揚げてカツにするのも悪くない。
 今は見慣れたおんぼろアパート。冷蔵庫の中、新しく増えたタッパーを手に取り、僕は考え込む。

「ねえ、来斗。来斗は何が食べたい?」

 静まり返った扉の中、僕が尋ねてみるけど返事は返ってこない。
 ああそう言えば、来斗はすぐに食べちゃったんだった。なら適当に煮込むか。思いながらタッパーを取り出した僕はそのまま扉を閉めた。

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