短編


 Agalmatophilia

「ねえ、あいつってさー」
「聞いた聞いた、部屋にキモい人形がいっぱいあったんでしょ?」
「しかもゴスロリっていうの?すっげーヒラヒラしててさあ、男のくせにまじキモくね?」
「人間にモテねえからって人形はねーよなあ!」

 突き刺さる視線。椅子に座った僕に聞こえるようにわざとらしくにやにやと談笑する男女。
 これだから、嫌なんだ。
 すでに白い部分がなくなった親指の爪を噛む。じり、とわずかに痛むと同時に亀裂が入った爪から赤が滲んだ。
 ああ、早く家に帰りたい。ここは駄目だ。僕まで汚染されてしまう。

Agalmatophilia
【人形フェチ】

 どうしてこう、人間は醜いのだろうか。いつも思う。
 いくら見た目を取り繕っても、その体内を渦巻くどす黒く醜い汚物は隠せない。口を開けば罵り文句ばかり。小綺麗に着飾ったところでその本質は変わらない。
 それなら、いっそのこと本質を取り除けばいい。
 罵る口を開かないように縫い、物語る目は開いたまま固定し、殴る蹴るの暴行しか繰り出さない手足からは筋肉を取り除き、そうすれば、完璧だ。
 埋め尽くすほどの大小様々な人形やフィギアが並んだ机の上。
 そこに座り込んだ人形をそっと手に取り、陶器のように白い肌に優しく触れる。
 温度のないその感触はずっと撫でていると僕の体温を浴び、仄かに温もりを帯びた。
 長い睫毛に覆われた澄んだ瞳はじっと僕を捉え、青く透き通った眼に自分の顔が写る。

「皆、君みたいに綺麗だったらいいのに」

 誰に言うわけでも呟く。
 ぴくりと、体温を持った人形が僅かに動いたような気がした。
 頬を綻ばせ、僕はその子を机に戻し代わりに予め置いていた裁縫用の糸とハサミを手に取った。
 いつもこの子たちの洋服を作るために使っているお気に入りのものだ。
 最近は自分で人形を作ったりするようにもなった。
 あまり上手くは出来ないが、きっと、その内上達するだろう。
 尖ったハサミの先端にこびりついた肉を拭うことなく、僕はゆっくりと背後を振り返る。
 床の上、新しい人形を作るために用意した材料を見下ろせば、こちらを見上げる二つの潤んだ瞳に自分の笑顔が歪んで写った。

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