短編


 デスゲームのラストゲームまで生き残った二人の話。

 十人の参加者は一人、二人と消えていき残ったのは俺を含めてたった二人。目の前には脱出専用の扉がある。俺とやつ――淀川は部屋の中心に置かれた椅子に座っていた。そして俺たちの目の前には壊れたように同じ動画を繰り返すテレビが置かれてる。
 俺たちはいくつものゲームを繰り返してここまでやってきた。その過程には何度も他の参加者を犠牲にしてきてやってきた、今更何も感じることはなかった。寧ろ、ようやく来たかとどこか心が澄み切っていたのも事実だ。

『脱出のための鍵はどちらかの身体に埋め込まれている』

 そう動画は何度も繰り返していた。
 そして腹を掻き切るためのナイフ包丁メス大中小様々な刃物からトンカチやハサミなどもご丁寧に揃えられていた。さあどうぞ好きに解剖をしてくれと言わんばかりのラインナップに淀川は顔色を変えることもなく、ただ椅子に腰を掛けていた。
 制限時間は三時間。三時間の時間を掛けてゆっくりと迫ってくる天井により俺たちは潰れてしまう。部屋全体に響く振動、換気口などないこの部屋の空気は重く淀んでいた。血の匂いが自分の体に染み付いているのかすらわからなかった。
 他の方法は全て試した。できることも、探せるものも全部探した。他に手立てはあるだろうと、希望を捨てなかった。けれど、どれも全て徒労に終わってしまったのだ。
 どれほど時間が経過したのか、広かった部屋が十畳程まで狭くなっているのがわかった。……気付けば残り一時間だ。

「……淀川」
「なんだ?」
「……やらないのか?」
「お前の方こそ」

 やらないのかと淀川は笑う。殺せ、と言うのか。俺に。あれ程貪欲に他人を蹴落としてきたこの男が。
 淀川のことは昔から苦手だった。自分と違う世界の人間だと思っていたし、好きではなかった。それでもここに来てから分かったことがある、この男は生に固執していないと。他人こそ肉盾にするようなやつだが、それでも目的が生き残ることならばこの部屋に来た時点で俺の腹をカッ捌いていたはずだ。それともその気力すらなくなったか。

「……永合は」
「……ん?」
「俺とお前、どっちの腹の中に鍵があると思う?」

 冷たい空気が流れる中、淀川の声が響いた。
「俺」そう自分の腹を指差せば、淀川の口元に笑みが浮かぶ。

「なんでそう思う?」
「このゲームの主催者の性格が悪いから」

 他人の嫌な記憶を掘り返すようなものばかりを用意する。そして俺と淀川の性格を考えればそれは明白だ。淀川は何も言わずに笑い、そして深く背もたれにもたれかかった。

「……本当、そうだよな。お前は絶対自害しねえからな」

 淀川が動かない限りこの部屋からは出られない。全ては分かっていた。こうなることも、それを考えた上で全て仕組んだことなのだから。
 淀川に俺を殺すことが出来ないのはわかっていた。生に固執していないこいつの唯一の弱み。繋がれた掌が震えてるのが伝わってくる。

「なあ、永合……」
「……なんだ」
「俺は、このままでも構わないと思ってる」
「……」

 十畳の部屋は更に狭まっている。今から刃物を使って鍵を探すとなればある程度の広さは必要になる。三時間がタイムオーバーとなっているが、三時間経つ前に全身の骨が圧し砕かれ動けなくなるのは分かっていたことだ。だったら、動くならば今しかない。それでもこいつは座ったまま動かないのだ。
「お前はどうだ?」と静かに尋ねられる。恐怖なのか震える声がなんだからしくなくて笑ってしまいそうになった。

「……ゲームオーバーだ、淀川」

 馬鹿なやつだと思った。本当は薄々気付いていたのではないか、このゲームの主催者が誰なのかくらい。淀川の手を振り払い、隠し持っていたナイフを取り出した。そのまま淀川の手にナイフを握らせれば、その目が丸くなる。

「な、ごう」
「……馬鹿なやつだな、最後まで」

 主催者の性格を分かっていただろう。お前も。

「ここだ。――心臓の横」
「……永合」
「鍵はそこにある」

 お前の望みを叶えてやるつもりは毛頭ない。深く突き刺さったナイフを伝い流れ出る血と熱に目の前の淀川の顔が歪んでいくのを見た。
 ――ずっと、嫌いだった。何度も殺してやろうと思っていた。全人類に好かれると自信たっぷりに話しかけてくるこいつが、自分が嫌悪を向けられてると毛頭も思っていないこいつが。
 ――嫌いだった。
 お前の思い通りになんてなってやるか。赤く汚れた淀川の手を握り締め、その情けない面を笑ってやろうとしてナイフは滑り落ちた。

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