短編


 他殺宣言

「俺は殺される」

 夜いきなりやってきた友人はやけに真面目な顔をしてそう『宣言』した。
「誰に」と尋ねれば友人は「わからない」と首を横に振る。

「でも、多分死体は見付からない。だから、俺がいなくなったら殺されたと思ってくれ」
「お前ちょっと可笑しいぞ。支離滅裂理解不能意味不明」
「茶化すな、俺はまじで言ってんだよ」
「ふぅん」

 もう少しましな嘘を吐けばいいのに。思いながら目の前の友人を見る。
 女子からウケがいいあの整った顔はすっかり窶れ、顔色も優れない。なのにまだイケメンとはどういうことだろうか。嫌味か。

「浅井、聞いてんのか」
「聞いてる。で、なに?それを聞いた俺はどうしたらいいわけ?殺人犯になるやつを取っ捕まえろって話?」
「違う。お前に頼みがあるんだ」

 だからその頼みを聞いてんだろと言い返そうとしたとき、その俺の言葉を遮るようにやつは「佐野に会ってくれ」と掠れた声で呟いた。
 やつの口から出たその名前に俺は目を見開く。

「佐野って、佐野有理?お前の恋人の?」
「ああ、そんで『樋口は殺された』と伝えてくれ」
「なんで俺が」
「お前しかいないんだよ、俺たちの関係を知ってるやつは」

 やつ、もとい樋口の言葉にまあ確かにと小さく頷く。
 佐野有理と言えばうちの高校でもまあぼちぼち可愛くて有名で、それ以上に性格がよくて周りから好かれていた。いわゆるアイドル的な存在だ。因みにうちは男子校である。
 そんで樋口もよくモテるやつで、元々異性愛者な二人は同性にそういう意味で好かれるという苦労から共感し、運命か皮肉か惹かれあった二人は見事同性愛に目覚めた。
 その事実を知っているのは二人の共通の友人をやっている俺だけらしい。
 人気者の彼らの友人をやれるなんて誇らしいことなのだろうが、それ故にこんなわけのわからないお願いをされるのは勘弁してほしい。

「伝えるのはそれだけでいいのか?」
「いや、あと『ずっと愛してた』とも言っといてくれ」
「……あのさあ、そうゆーのって自分で言った方がいいんじゃねえの?」
「無理だ」
「なんで」
「俺が死ぬからだ」

「だから、佐野には会えない」と樋口。
 またそれか。便利だな、それ。

「わかった。それだけでいいんだな?」
「ああ」
「警察に連絡しなくてもいいのか」
「ああ」
「……なあ」
「なんだ?」
「ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

 そう呟けば樋口は促すように俺を見上げる。

「その荷物はなんだよ」
「ああ、これか。これは……荷物だな」
「だからなんの」
「もしものためのだよ」

 それ以上なにも言わない樋口に「あっそ」とだけ呟く。

 そして数日後。樋口は宣言通り姿を消した。
 やつの言うことが本当ならば恐らく今ごろ息の根を止められ山かどっかに埋められてることだろうか。
 俺は樋口の恋人である佐野有理に会いに行く。

「よ。いまいい?」
「浅井、どうしたの?」

 暗い目。樋口と連絡が取れなくなってから元気がなくなっていた佐野は俺の姿を見るなり僅かに目を輝かせた。
 生憎樋口からなにか連絡があったのかと期待しているのだろう。
 残念ながらその期待に添えるようなものは持ち合わせていない俺は「樋口のことだけど」と素直に切り出した。

「秀くん?秀くんからなにかあったの?」

 樋口秀司。んで、秀くん。俺のことは呼び捨てなのにね。まあ別に悲しくなんてないけど。
 佐野のファンの目が痛いので適当に佐野を教室から連れ出した俺は屋上直行。
 なんで屋上かと言えば犯人を追い詰めるときは屋上か崖って相場が決まってるから。なんつって。

「それで、秀くんは?」
「樋口は死んだ」
「え?」
「そんで今日はその遺言を伝えにきた」

「は?なに言ってるの?」と混乱する佐野を無視して続けるのはなんとなく心苦しいが俺自身自分がなに言ってるのかわからないので答えようがないのだ。勘弁してほしい。

「樋口が、お前に『愛してた』と伝えてくれって」
「……秀くんが?」
「ん」

 そう頷いた瞬間、やつの目から大粒の涙がぽとりと零れ吹いた風に流される。
 奇跡かと滴を目で追っているとやがて佐野はしゃくりあげて泣き始めた。

「秀くん、うそだあ、なんで、秀くん……秀くん、秀くんん……っ」

 手で顔を覆う佐野。その手首に包帯が巻いてあるのを一瞥した俺は小さく息を吐いた。もう少しましな別れ方があっただろうに。
 思いながら、「秀くんのバカ、裏切り者、俺から離れないって言ったくせに、あの嘘吐き、ぶっ殺す。絶対ぶっ殺す」とだんだん物騒になっていく佐野の泣き言に冷や汗を滲ませた俺は「多分今ごろ山で熊に喰われてるんじゃねえの」と宥めた。「じゃあ熊もぶっ殺す」と物騒なこと言い出す佐野に『ああ、やっぱり俺はもっと友人を選ぶべきだな』と再確認した。

 また更に数日後。
 因みに樋口はいま元気に女の家でヒモやっている。そんで俺はというとたまたま慰めてやったのを切っ掛けに佐野になつかれ樋口の後釜にされそうになっていた。
 だから俺は佐野から逃げるために事情を知ってる知人の家に行ってぽろりと口にする。

「俺、そろそろ殺されるかも」

 今ならやつが死人になりたがった理由もわかる。

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