22
父親が用意した弁護士とも話した。父親よりも幾分か若い男の人だった。
あくまで業務的だったが、丁度良かった。言いたいこともすべて刑事に伝えてある。
保釈期間中は基本自由にしてていいということだった。それでも見張られてる可能性はあると念を押された。
罪状が罪状だ、覚悟もしていた。
けれど二十四時間常に見張られているわけではない。そう弁護士は続けた。
このあと釈放の許可が降り次第両親と会うことになっていた。それから今後のことを話すと。
俺は「わかりました」とだけ頷いた。数日間、何もなく静かで穏やかな時間を過ごした。
拘留されたときは嵐のように吹き荒れていた心も恐ろしいほど凪いでいた。
やりたいことも、やるべきことも、覚悟も決まっていた。規約違反になろうが、それでもいい。
だからこそ今だけは大人しくしていなければならなかった。
――そして、そのときはやってきた。
久し振りに地上に立った気がする。
午後の日差しは俺にはきつすぎた。施設の前、母親と弁護士がいた。
あの仕事一筋だった母親がいることに驚いたが、母親は俺の顔を見るなり頬を叩いた。それから、抱き締められる。声もあげずに胸倉を掴んだまま泣きじゃくる母親の後頭部を見下ろしたまま俺はその場から暫く動けなかった。叩かれた頬がただじんじんと痛んだ。
落ち着いてから、母親と少しずつ話した。
父親は急用が入ったが、用事が済み次第こちらへと向かうと。そのあと、ちゃんと話そうと。
あの日、俺が虐められていたと知ったときとは違う。当たり前だ。加害者は、俺だ。人が死んだ。俺のせいで、俺が殺したのだ。
暫く、裁判所からの招集にすぐに応じることができるように両親が用意したホテルの一室を借りることとなっていた。
父親が来るまではそれまでホテルの部屋で休んでいなさいと母親は言った。
弁護士の運転する車に乗って用意されたホテルに入る。部屋の前まで着いてきた母親に少しだけ落ち着かない気持ちになったのだ。
「佑樹」
じゃあ、失礼します。そう頭を下げ、扉を閉めようとしたときだった。母親に呼び止められた。
「――貴方のこと、信じてるから」
俺は扉を閉め、そのまま扉を背に座り込んだ。肺に溜まった息を吐き出し、呼吸を繰り返す。
母親は、気付いているのか。俺が裏切ろうとしていることを。分かってて、釘を刺そうとしているのか。赤く腫れた目がまだこちらを向いてる気がした。掻き上げ、頬を叩いた。
迷うな。俺にはもう、なにも残されていない。
そう思いたいのに、両親の顔が浮かぶのだ。俺よりも賢く、人生経験もあるというのに、人を殺して問題しか起こしてない俺を信じるなどと吐かす両親が。
いっそのこと突き放された方がましだった。
俺には、両親がいる。家族がいる。
――それでも、芳川会長には。
「…………………………」
服を着替え、両親に手渡された携帯はホテルのサイドボードに置いた。恐らくこれにはGPSが仕込まれてるだろうとわかったからだ。服も、ホテルの売店で売ってあったものを適当に見繕う。
受付に鍵を預け、俺はホテルを後にした。
突き刺さるような日差しの下、俺は現在地を確認した。学園まではそう遠くはない。それでも一分一秒でも惜しくて、俺はすぐさまその場を移動することにした。
学園にはすぐに戻ってくることが出来た。
校門の前にはマスコミだろうか、明らかに部外者であろう人間が何人かが屯しており、俺は咄嗟に近くの植え込みに身を隠す。
人気がない場所を探そうかと思ったが、この調子ではどこも張りこまれている気がする。少しだけ迷ったときだった。
いきなり肩を掴まれる。そして、ぎょっとした。
「……っ、な……」
「……」
――壱畝遥香は、無言で俺の腕を掴んだ。
そして、そのまま人を引っ張って歩き出すのだ。
「ひ、とせく……ッ」
「良いからこっちに来い」
「……ッ、……」
「保釈してもらったばっかのくせに、マスコミに見つかったらどうするんだよ」
「おばさんたちにも迷惑かける気なのかよ」吐き捨てるように口にする壱畝に俺はなにも言えなかった。
壱畝の言うことは最もだった。認めたくなかったが、このままでは時間の問題だろう。
どこに行くつもりか俺には見当もつかなかった。
本当についていっていいのかなんても分からなかった。それでも、俺を手っ取り早く苦しめたいならそれこそマスコミや警察に突き出せばいい。それでもそうしなかった壱畝。壱畝の本意などわからないが、それでも俺一人では限界がある。
今は一つでも情報が欲しくて、俺は壱畝についていくことを選んだ。
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