17
全身の神経にまだ電流が流れているような痺れが残っていた。
気を失っていた。そう気付いたときにはなにもかもが手遅れだった。
気付けば俺はベッドの上に寝かされていた。ここがどこなのか、朦朧とした頭の中必死に考える。そして、すぐに答えに辿り着いた。
――生徒会室、仮眠室。
そのベッドの上、俺は縛って転がされていた。両手首を繋ぐ縄はベッドの足に括りつけられてるのだろうか、起き上がることすらできず、磔になった体は寝返りすら打つことはできない。
誰がこんなことを、などと考えずとも分かった。
芳川会長だ。会長が、俺を拘束したのだ。
何故、どういうつもりなのか。嫌でも分かってしまった。
会長は自分だけで片付けるつもりなのだ。一人で、阿賀松と会うつもりだったのだ。最初から。
それには俺が邪魔だったのだろう。記憶を失う直前、最後に見せた芳川会長の表情が瞼裏に焼き付いていた。
「ッ、くそ……ッ」
こんなことをしてる間にも、何かが起きてるかもしれない。そう思うとただ気が逸る。
両腕を動かして拘束する縄が千切れないか、もしくは運良く緩まないか試してみるが、がっちりと手首を縛るそれは緩む気配すらない。せめて片腕だけでも使えればいいのに、両腕を塞がれれば難易度は跳ね上がる。
暫くベッドの上で拘束を解こうとしたが、時間ばかりが経過する。ただでさえ会長は怪我をしてるのだ。早く、早く会長のところに行かなければ。
そんなことを考えていたときだ。仮眠室の扉の外で物音が聞こえてくる。足音からして一人だろう。俺は考えるよりも先に声をあげていた。
「っ、誰か……ッ」
この際誰でもよかった。教師だろうが警備員だろうが、どうでもいい。この拘束を解いてもらうことが先決だった。
その一心で『こっちに来てくれ』なんて声を上げそうになったときだった。扉のドアノブが捻られる。そして荒く捻られるドアノブ。やがて開かないと諦めたようだ、扉になにかがぶつけられるような凄まじい音とともに木製の扉が軋んだ。
そして、そんな音が幾度か繰り返されたとき。嫌な音を立てて扉は変形し、そして開いたそこから生徒会室の椅子が飛んできた。
派手な音を立て、薄暗い仮眠室の端まで飛んでいく椅子。それに息を飲んだとき、先程まで扉だったそこから覗く人影に息を飲んだ。
生徒会室の明かりを背負い、暗く陰になったその人物はベッドの上に拘束された俺を見て動きを止めた。
そして、
「……っ、齋藤……ッ!」
聞こえてきた声に耳を疑った。
もしかして、また俺は都合のいい夢でも見ているのだろうか。だって、何故ここに。
「っ、ゆ、うと……先輩……」
すぐに駆け寄ってきた裕斗は俺の手首を拘束する縄を掴み、舌打ちをする。
「待ってろ、すぐになにか切れるもん持ってくる」
そして、そう言い残して生徒会室の方へと戻る。裕斗はすぐに戻ってきた。その手にはハサミが握られていた。あくまでも紙を切るための道具であるそれは縄をすぐに切れるほどの鋭さはない、それでも一分一秒が惜しいといった様子で裕斗は俺の右手首の縄を力強くで圧し切った。
瞬間、自由を取り戻す右腕。そこでようやく俺はこれが夢でもなんでもないのだと理解した。
だとしたら、余計。
「……ッ、裕斗先輩……っ、どうして、ここに……」
「言っただろ。戻ってくるって。……それより、その血。どこか怪我したのか?」
左腕の縄も切断した裕斗。ようやく無理な体制から解放され、血が再び両腕に巡り始める。
一先ず安堵するが、肝心の問題はなに一つ解決していない。
「お、俺は……大丈夫です。けど、芳川会長が……ッ」
そうだ、芳川会長。早く探しに行かなければ。
そうベッドから起き上がり、そのままベッドを降りようとするが全身の筋肉が思うように動かない。よろめく俺の体を片腕で支え、裕斗は「齋藤」と俺を掴まえた。
「っ、裕斗先輩……お、俺は大丈夫なので、早く、早く会長のところに行かないと……ッ」
「…………」
「っ、せ……先輩……?」
裕斗は俺の体を離さない。それどころか、強い力で抱き締めてくる腕は緩む気配すらない。
何も言わず、ただこちらを憐れむように見詰めてくる裕斗に段々不安になってくる。
「ゆ、うと先輩」
「……なあ、齋藤。お前をここに縛りつけたのは、もしかして知憲か?」
裕斗の表情に笑顔はなかった。陰になっているからだろうか、余計裕斗の本心が読めなくて。裕斗に尋ねられるまま俺は頷き返す。
「会長は……俺の代わりに全部、全部、自分一人で背負おうとして……」
だから、早く行かないと。そう続けるよりも先に、裕斗に抱き締められた。
以前の俺だったらきっと、この腕に安心感を覚えていたのだろう。それでも今は枷のように感じてしまった。まるで行かせないとでもいうかのように、腕に込められたその力は緩まない。
裕斗先輩、と息を吐き、その胸を押し返そうとしたときだった。
「――……駄目だ、齋藤」
耳元、絞り出すようなその声に一瞬耳を疑う。けれど、幻聴でもなんでもなかったのだ。
「齋藤、お前はあいつのところへは行かせない」
今度ははっきりと、俺の目を見て裕斗は告げたのだ。
聞き間違えようがない、それでも俺にはその裕斗の言葉の意図が理解できなかった。
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