15【side:裕斗】
詩織の用意したタクシーに詰められ、元々サイトウが暮らしていたという街へと向かうことになった。
足の着かない、知り合いも誰もいない場所。そこで本当は俺と齋藤を暮らさせるつもりだったのだろう。
タクシーの運転手は何も知らない。それでもどこで聞かれてるのかもわからない、移動中の車内で会話らしい会話はなかった。
タクシーが目的地に着き次第学園へと戻る手はずとなっていた。
サイトウとは到着して別れる。
本名も本当の顔も知らないが、それでも寂しさを覚えないといえば嘘になる。
途中居眠りをしながらも、タクシーは無事目的地へと着いた。来たことも、名前も聞いたことのない街の駅前。俺は予め詩織から渡されていた金で料金を支払う。そして、サイトウとともにタクシーを降りた。
「うお、眩しー。つーか、ケツ痛えな」
「……お前が寝過ぎなだけだ」
相変わらずクールなやつだと思う。けれど冷たさは感じない。
俺達には荷物という荷物もない。あるのは詩織から渡された書類関連くらいだ。
休日の昼過ぎだからだろう、駅前は疎らに人はいた。それでも俺が過ごしていた地元に比べるとやはり閑静だ。
「もう戻るんだろ」
言葉を見つけるよりもさきに、サイトウが口を開く。そして、こちらへと財布ごと放り投げてきた。
「うおっ、あぶね……っ!」
落としそうになり、それをなんとか片手で受け取る。サイトウの財布だろう、黒革のそれは使用感があった。
「俺からの餞別――いや、手切れ金だ。もう金輪際あんたらとは関わらないだろうからな」
空の財布ではない厚みと重みからして、詩織から渡された金も全部突っ込まれたままになっている。中を見て更に呆れる。偽装された本人確認書類も入ったままだ。
「って、おい……金ないとお前も困るだろ」
「困らない」
「せめて保険証くらい持っとけよ」
「いらない」
「いらなくねーだろ、ほら」
俺よりも年上のくせに子供のようなことを言うサイトウに財布を突き返せば、サイトウはそれをそのまま駅のダストボックスへと突っ込もうとするのだ。
「おい、なにやってんだよ」
「お前がいらないなら、不要になるだけだ。……捨てようが俺の勝手だろ?」
「お、お前な……」
しかもこいつ本気だ。
呆れたが、そこまで言うなら仕方ない。
「電車代だけもらう」
「余計な気遣うなよ、無一文のくせに。宿屋代入れたら足んねーだろ」
「……じゃ、ホテル代も貰います」
「飯代はいらないのか?」
言葉に詰まれば、「今更カッコつけんなよ」とサイトウに財布ごと上着のポケットに突っ込まれた。
「俺は別に金がなくても困らない。元々、ここで暮らしてたんだ。頼れる相手くらいはいる」
「……悪いな。全部落ち着いたら、アンタに返しに来るよ。この金も」
「ガキが余計なこと考えてんなよ」
「いいからさっさと帰れ」と犬でも追い払うかのように手を払うサイトウ。
サイトウなりにこちらに気を遣わせないとしてるのだろう。それがわかったからこそ、なにも言えなくなる。
けれどそうだ、これでなにもかも最後になるわけではない。
「少しは禁煙しろよ、俺達が遊びに来るまではちゃんと長生きしてくれよな」
「うるせえよ」
それが俺がサイトウと交わした最後の会話だった。
奇妙な関係ではあったが、情が生まれなかったわけではない。初対面時、あんなにいけ好かなかった男があんな顔で笑うとは思わなかった。
俺はサイトウに手を振るが、サイトウはこちらを振り返ることなく駅前から立ち去った。
――俺も、戻らなければならない。
軋む骨の感覚。たった一人学園へと戻った齋藤のことを考えると腹の奥が不安で煮え繰り返りそうになるのだ。
取り敢えず、学園までの最短ルートの交通手段と時刻表を確認するか。
じっと考える暇も惜しく、俺は取り敢えず駅構内へと移動することにした。
携帯端末も部屋に置いたままで手元にはない。
学園では恐らく俺は行方不明扱いになっている。
伊織は、俺のことも齋藤のことも生きてるものとは思っていないだろう。そう詩織は言っていた。
だったら、亮太は。
「……」
切符を買い、特急列車を待つ。
その時間はやけに長く感じた。
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