天国か地獄


 02※

「ぅ゛ッ、ぐ、ぅ……ッ!!」
「最近はケツの穴まで本物そっくりに作り変えられんのか? 整形技術も進歩してんだな」
「ぎ、ひ……ッ!」

 一瞬、状況を飲み込む事ができなかった。
 大きな手のひらで臀部を叩かれた瞬間喉の奥からくぐもった悲鳴が漏れてしまう。
 何故、何故下を脱がされているのか。考えたくもない。
 ソファーの上に寝かされた体勢、この男の顔を見ずに済んだのが唯一の救いだった。……いや、この状況に救いもクソもない。

「どうした? 声、出せよ」

 ユウキ君、とじんじんとまだ叩かれた熱で痺れる臀部を鷲掴みにされた瞬間下腹部がびくりと震えた。逃げなければ、と思った次の瞬間、伸びてきた阿賀松の手が、指が、マスクを無理矢理ずらしてその下の唇を無理矢理こじ開けて入ってくる。

「……ッ!」
「……っ、まだ足りねえのか? 随分と欲しがりになったなテメェは」

 歯で食いしばって声を押し殺すこともできない。気を抜けば声が出てしまう状況。必死に抵抗しようとしたとき。

「っ、は……ぁ……ッ!」

 硬い指先が肛門を無理矢理こじ開けて中へと挿入される。驚く暇もなかった。一本、二本と中へとねじ込まれる指は乾いた粘膜を無理矢理押し広げていくのだ。痛みのあまり阿賀松の腕を掴むが、離れない。

「っ、う゛……ッ、ふ……ッ」

 バレるとか、バレないとかではない。恐らくこの男は最初から分かっていて、それで試そうとしているのではないか。その方がまだ納得できる。それでも、認めてはならないのだ。絶対に。

「痛いのが好きだったよなぁ?お前」
「……ッ、ぅ゛……ッ!」
「返事が聞こえねえぞ」
「――ッ!!」

 大きく左右に押し開くように中を開かれ、更に指を増やされる。炎症でも起こしてるのだろうか、それともどこかの傷口が開いたのか。収まりかけていたはずの傷口は焼けるように熱い。
 阿賀松の指が先程よりも滑りが良くなっている、その理由について考えたくもない。鉄の匂い。味。頭の奥がぼうっとしてくる。玉のような汗が吹き出し、俺はそれでも声を殺した。

「っ、ん……ッぅ、ぐ……ッ!!」

 前立腺を揉まれ、堪らず阿賀松の指を噛む。血が滲む指先でやつは俺の舌を引きずり出すのだ。痛みのあまりに神経は麻痺し始める。感覚が薄れゆく中、それでも声だけは上げてはならない。そのことだけを頭に必死に噛み付いた。
 無痛ではないはずだ、この男にも神経は通ってるはずなのに阿賀松は痛がるどころか笑っていた。舌先に爪が食い込み、血が滲む。既に赤く濡れていた阿賀松の指が視界に入った。

「……癖が悪ィな」

 血液混じりの唾液が顎先へと滴り落ちていく。咄嗟に舌を庇おうと阿賀松の手を掴んだときだった。体内をかき回された瞬間、手足から力が抜け落ちそうになる。気持ちがいいわけがない。苦痛だ。吐き気しかしない。血と唾液で濡れた指先で痼を執拗に刺激され、目の奥が熱くなる。声が出そうになるのを必死にこらえた。

「……ッ! ……ッ、は、……ッ!」

 呼吸もするな、そう思うのに肺が、器官が、腹部が勝手に動いてしまう。ガクガクと内腿が震え出し、堪らずソファーにしがみつこうとすれば顎を捉えられた。真正面、暗くはない部屋の中で阿賀松に顔を覗き込まれる。見られたくない、そう顔を逸らそうとするがやつはそれを許そうとはしなかった。

「ん゛、ぅ……ッ!!」

 赤く濡れた舌に、唇に噛み付くようにキスをされた。いや、キスというよりも荒々しく、寧ろそれは捕食に近い。酸素も唾液も全て奪われる。こちらを覗き込む目だけは少しも逸らされない。その目に反射する自分の顔を見るのが怖かった。
 俺が本物だと思うならさっさと殴ればいい。痛めつければいい。そう思うのに、やつはそうしない。痺れの残った舌を絡め取られ、頭の奥が真っ白になる。
 この男が何を考えているのなんて理解できない。
 痛いほど張り詰めた性器が腿に辺り、気持ち悪かった。声など出したくない、感じたくもない。恐ろしいのに、怖くて堪らないのに、この男に生かされてる感覚がひどく気持ち悪くて、耐え難い。
 もう少しで絶頂を迎えそうになったとき、指が引き抜かれる。ひくりと痙攣する体内に気付いたのか気付いていないのか、阿賀松は片手でベルトを緩めるのだ。言葉もない。何されるのか理解してしまった俺は阿賀松の唇に噛み付こうとするが、やつはそれを許さなかった。

「ん゛、ぅ……ッ!!」

 指が引き抜かれたあとの口を開いた肛門に押し当てられるのは、先程までとは比べ物にならない質量のものだった。後ろ足で阿賀松を蹴ろうとするが、届かない。それどころか、そのまま足を掴まれては大きく開かされるのだ。瞬間、腹の奥深くまで突き刺さる性器の熱に全身が凍りついた。それを拒むことすらもできなかった。
 力任せに無理矢理こじ開けられた内壁。痛みを感じる暇もなく、声をあげることもできなかった。

「……俺を騙すんなら、せめてもっとガバガバにしてもらっておくんだったな」

 阿賀松の低い声が体内に響く。負荷に耐えられずに痙攣する下腹部を捉えたまま、阿賀松は俺を犯した。


「っ、ぐッ、ひ――ッ」
「……ッ、あんま力むなよ……歯ぁ欠けっぞ?」
「ッ、ぅ、ぐ……ッ!!」

 逃れようとすればするほど追い詰められ、奥の奥、腹を突き破られそうなほどの熱量に犯される。声を上げるな、弱音を吐くな、堪えろ、堪えろ、そう繰り返し奥歯を噛みしめる。阿賀松の言葉も聞こえない。ただ頭の中に響くのは肌を打つ音と濡れた水音、そして血の匂い。
 余程我慢してる俺が面白いのか阿賀松はいつも以上に執拗だった。痛みだけの方がまだましだ。人の声をあげさせようと性感帯という性感帯を嬲られ、舐られ、追い詰められる。

「っ、ぅ……ぐ……ッ」
「腰が揺れてんぞ? ユウキ君、お前ここ好きだよなあ?」

 必死に逃げようと浮いた腰を阿賀松に掴まれ、更に奥深くまで挿入される。腹の奥、肉の潰れるような音ともに頭の奥に電流のような衝撃が走り全身がびくんと跳ね上がった。
 好きなわけがない、そんな場所。超えてはいけない一線、それを隔てる突き当りを亀頭で押し潰されると堪らなく嫌な気分になる。
 恐怖に耐えられず頭を振れば、阿賀松は笑う。酷く凶悪な笑みだ。

「ああそうか、ユウキ君じゃねえならイカねえか。なあ、そうだろ?」
「……ッ、……」

 やめろ、と咄嗟に声が漏れそうになった。腿を掴まれ、抱き竦めるように掴まれた腰の奥、突き上げられた瞬間頭の中が真っ白になる。

「ぎ……ッ!」

 待って、なんて言う暇もない。
 熱い、苦しい、痛い、熱い。頭の中が赤く染まる。息をつく暇もなく更に奥を突き上げられれば獣じみたうめき声とともに唾液が溢れた。
 臍の裏側、太い幹と雁が行き来する都度前立腺ごと擦り上げられ、何も考えられない。それは拷問に等しかった。

「フーッ、ぅ゛ッ、ふ、ぐッ!」
「ッ、汚え面だな……おい、何イッてんだよ」

 違う、いってない、気持ちよくなんてない。そう言いたいのに、言えない。硬く閉じた歯の奥からは呼吸が漏れ、奥を突き上げられるその衝撃に耐えられず内腿がぶるぶると痙攣起こす。気持ちよくない、気持ちいいはずがない。こんな一方的な行為が。そう思うのに、阿賀松伊織は俺のことを知りすぎていた。どこが弱いのかも、どういうふうに触られると性感が高まるのかも頭から足の先までこの男は知り尽くしていたのだ。
 ――だからこそ、最悪だった。
 限界まで張り詰めた性器からはどろりとした精液がただ垂れる。射精の勢いすらない、ピストンで腰を打ち付けられる度に腰が震え、萎えすらしない性器が腿に当たるのだ。伸びてきた阿賀松の手にそれを握られた瞬間血の気が引く。

「お前、射精禁止な」
「……ッ」
「それとも、もう出ねえか?」

 根本に絡みつく骨張った指。長い指に根本を握り締められれば全身の熱が増す。思わず阿賀松の顔を見上げたとき、やつは笑った。

「……イかせてほしけりゃその口でちゃんとお願いしてみろよ」

 いつの日かと同じ応酬に目の奥が熱くなる。喉仏を舐められ、下唇に噛み付かれる。言えよ、と強請るように舐められ、犯される。射精を阻害された状態で前立腺を擦り上げられるだけでどうにかなりそうだった。熱が腹の中で膨れ上がる。
 それでも、駄目だ。ここで折れては駄目だ。自分の手のひらを、拳を握りしめ、手のひらに爪を立てる。痛みで紛らわすことが精一杯の抵抗だった。そんな俺を鼻で笑った阿賀松は更に執拗に俺を犯した。
 どれほどの時間が経過したのかもわからない。阿佐美は部屋へ戻ってこない。助けは来ない。自分で選んだ道だ。分かっていた。
 軋む奥歯、拷問のような時間は俺が意識を手放すまで続けた。
 最後まで俺は阿賀松に口を利くことはなかった。

 ◆ ◆ ◆

 悪夢のような時間だった。
 全身の水分という水分が失せたような疲労感の中、俺は目を覚ました。見慣れた天井――自室だ。そのベッドの上で眠っていた俺はまず辺りに阿賀松の姿がないことを探した。
 ……阿佐美も、阿賀松もいない。無人の部屋の中、酷い喉の乾きと全身の痛みを覚える。手足が痺れているようだ、自分の身体がどんな有様になっているのか確認するのも恐ろしかった。

 ……とにかく、水だ。
 目眩が収まるのを待ち、俺はゆっくりとベッドから起き上がる。瞬間、どろりと腹の中に溜まっていた熱が垂れるのを感じた。
 …………風呂に入るのが先のようだ。

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