危惧的愛情不足
大ちゃんはかっこよくて、優しい。
俺がなにか失敗しても怒らず、笑って許してくれるし、俺が泣いていたら優しく頭を撫でてくれる。
そんな大ちゃんが大好きで大好きで、一生隣にいてほしくて、他の奴らと話してほしくなくて俺だけ見て微笑んで欲しくて優しくしてもらいたくてずっと離れたくなくていつでも「おかえり」って抱き締めてもらいたくて。
だから、俺は大ちゃんを部屋に連れてきた。
一生手元に置きたくて、部屋に鍵も取り付けた。
なのに。
「大ちゃん、大ちゃんんん……うえぇ……」
「おい、いい加減泣き止めよ。女子どん引いてるぞ」
「どこ行ったの、大ちゃんんん……」
何度手で拭っても、ぼろぼろと溢れてくる涙は机の上に水溜りを作っていく。
学校の教室にて。
大ちゃんがいないかと二年の教室を何度も何度も覗いたのだが、いつ見ても大ちゃんの姿はどこにもなくて、それどころかなんかゴツい先生に自分の教室に戻れって怒られるし、ホント最悪だ。
それでもやっぱり、一番最悪なのは大ちゃんがいなくなったことだろう。
鍵もしていた。手錠も嵌めさせていた。
なのに、つい、大ちゃんに甘えられて一緒に買い物を行ったあの日、大ちゃんは俺の前から姿を消した。消したんだ。
「別に珍しいことじゃねえって、あいつがいなくなんの」
そう、向かい側の席に座り、呆れたように笑いながら慰めてくるのは大ちゃんの義弟の十和だ。
同じ屋根の下で暮らすという俺の夢を簡単に叶えている十和は寧ろ大ちゃんのことを嫌っているようで、大ちゃんにムラムラも可愛さも感じない十和が同じ男なのか疑わしく思う日々を過ごしている俺だが今はそんなことはどうでもいい。
大ちゃんがいなくなった。そのことが問題なのだ。
「でも、でもでも、大ちゃんに電話しても出ないし……」
「あいつ携帯無くしたって言ってたぞ」
「嘘だ、大ちゃん俺になんも言わなかったもん!」
「それって面倒だから黙ってたんじゃ……」
「十和」
どこかうんざりしたような顔をして十和がなにかを言い掛けた時、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。
癖のない、さっぱりと落ち着いた声はどこか怒っているようです。
反射的に振り返れば、そこにはヒナちゃんがいた。
「よ、日生」と軽く手を上げる十和に、ヒナちゃんは小さく頷き返し、そして机の上で啜り泣いていた俺に視線を向けた。
「七緒、いつまで泣いてんだよ。早く帰るよ。今日予備校だろ」
「やだ、行かない、大ちゃん探す」
「七緒が探したからって見つかるかどうかわかんないだろ。それより、今自分がしなければならないことを考えたほうがいいんじゃないのか」
「ふぇ……」
「相変わらずお前、教師みたいなこと言うな……」
畳み掛けるようなヒナちゃんの言葉にきょとんとした十和はつぶやく。
「茶化すなよ」と照れ臭そうに眉を寄せたヒナちゃんは、そのまま俺の腕を掴んだ。
「ほら、七緒、行くよ」
「あっ、ヒナちゃん……」
そのまま強引に立たされた俺。
本当はまだ帰りたくないが、ヒナちゃんが怒るのはもっと嫌だった。
ヒナちゃんはいつもは優しいし、文句を言いながらもいつでも俺の手を取ってくれる。小さい頃からの付き合いだから今もこうして並んでいることが多いが、それでもやっぱり、怒った時のヒナちゃんは今でも怖い。
鞄を手に取り、置いて行かれないように慌ててヒナちゃんの後をついて俺は教室を後にする。
しばらく廊下を歩いていると、目の前を歩くヒナちゃんの首筋に目がいった。
襟足の下、赤く鬱血した跡が滲んでいる。
「ねえ、どうしたの、項」
「え?」
「赤くなってる」
虫刺されなのかな?なんて思いながらそっと襟足を跳ね除けようと触れた時、びくりとこちらを振り返ったヒナちゃんに手の甲をはたき落とされた。
ビックリして立ち止まれば、ばつが悪そうに目を逸らしたヒナちゃんはつぶやく。
「……あー、多分虫に刺されたのかも」
「……ほんとに?」
「ホントだって。ほら、早く行くよ」
それだけを言って、再び歩き出すヒナちゃん。
まるでなにかから逃げるような足取りで離れていくその背中を見詰めていたが、ついてきていない俺に気付いたヒナちゃんに「七緒」と呼ばれ、慌てて後を追いかけた。
ここ最近、ヒナちゃんの様子が可笑しい。
いつもぴしっとしているヒナちゃんだけど、一人になるとぼんやりしたり赤くなったり青くなったり、なにか考え事をしているらしいヒナちゃんはよく一人百面相をしている。
面白いからいいんだけど、たまに俺が話し掛けても答えてくれないときもあるし、正直少し寂しかったりする。まあ、怒られるよりかはましなんだけどね!
というわけで放課後。
形だけの習い事を終え、すっかり暗くなった夜の街へと繰り出した俺は大ちゃんを探す旅に出ることにした。
◆ ◆ ◆
「あれ、ナナじゃん。久し振りー!元気?どうしたの?いつものあの人は?」
取り敢えず、手始めに駅前に溜まっていた顔見知りの女の子たちに声を掛けてみる。
地面の上、座り込んでいた一人の制服の女の子は俺の顔を見るなり嬉しそうに手を振った。
あの人というのは大ちゃんのことだ。俺がいるところにいつも大ちゃんがいるというのはすでに周知の事実になっていて。
「んー、そのことでさぁ、ちょっと聞きたいことあるんだけど?」
「えー、なになに?うちらがわかることならなんでも教えてあげるよ!」
「その代わり、このあとちょっと付き合ってよ」
「あ、いいねそれ。久し振りに付き合えよー」
そう勝手に盛り上がる女の子たち。
大ちゃんがいない今、一緒にわいわいと遊ぶ気にはなれなかったが、うーん、ま、いっかあ。
「うん、いいよ」
「勿論ちゃんと答えてくれたらだけどね」と付け足したが、きゃあきゃあと嬉しそうに手を叩く女の子たちの耳に届いていたかどうかはわからない。
というわけで、女の子グループと耐久カラオケに付き合わされて数時間。
喉が枯れ、ようやく開放されたときは既に辺りは真っ暗になっていて。
結局、彼女たちが居る間に駅前に大ちゃんは来ていないということ以外、目ぼしい情報を手に入れることは叶わなかった。
「ナナちゃん、もう帰るのー?」
安いと人気の駅前のカラオケ店を後にし、次はどこにいくかと話し合っている中。
こっそりと抜け出そうとしたが見つかってしまう。
「うん、ちょっと眠くなった……」
「ならあたしの膝の上で寝ていいよー!」
「おい、なに勝手に抜け駆けしてんだよてめー」
なにがそんなに面白かったのか、顔を合わせた途端ぎゃはははと楽しそうに笑い合う女の子たち。
元気だなあと思いながらも、俺は大ちゃんのことを思い出す。
大ちゃんに膝枕して貰いたい。
……大ちゃん。
「じゃ、またねー」
このままでは無理矢理引き摺られてまでも付き合わされそうなので、俺はそれだけを言い残しさっさとその場を離れることにした。
ああ、寒い。身も心も。酷く、心細い。
「大ちゃん……」
夜の街をふらふらと彷徨っている内に、気が付いたらどっかの住宅街まで辿り着いた。
どこだろう、ここ。ずらりと並ぶ家がどれも同じに見えて、もはや自分がどこを歩いているのかもわからない。
せめて、場所がわかるようなものがあれば助かるのだけれど。
思いながら辺りを見渡したとき、そう離れていない場所に煌々と発光する建物を見付けた。
コンビニだ。ちょうどいい、歩き過ぎてお腹減ったからなにか食べよう。
というわけで、街灯に集る虫の如く明かりに惹きつけられた俺はふらふらとコンビニへと入店した。
「いらっしゃいませ……」
店内にはニット帽を被った客らしき青年と、眼帯をしたバイトらしき店員がいた。
覇気のない声を聞きながら、俺は店内を進む。
目指すは惣菜コーナー。
「ほら、やすくんこれぴってやってよ。皆待ってんだからさ、早くしないと怒られんだよね、俺。アルコール切れたら暴れだすんだって知ってんだろ?」
「もう、困るんだって、こういうの。……他のお客さんもいるし、店長に見つかったら……」
「どうせお前の母さんなんだろ?いいじゃん、ちょっとくらい許してくれるって。ほら、ぴっと」
どうやら客と店員は知り合いのようだ。
レジの方からピピッと音が聞こえてきて、すぐに「あぁっ!!」と店員の悲痛な声が上がる。
「んじゃ、ありがとうございましたー!」
「ちょっと、マナカ……!……あ、いらっしゃいませー……」
開く自動ドア。
ニット帽の青年といれ違うように、ジャージの青年が入ってきた。
……って、あれ、確かこの人って。
ジャージ姿のその人と目があって、向こうも俺のことに気づいたらしい。きょとんと目を丸くしたその人は、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。
「あれ、君、木江の後輩君?」
「……信楽先輩」
大ちゃんの友達らしいが、どうも俺はこの人の事が苦手だった。
なのに、まさかこんな場所で会うなんて。
「うわ、テンションひっくいな。そっちが素?」
笑う先輩に、なんとなく馬鹿にされてるような気がしてしまって。
「こんな時間にジョギングですか?」
そう、咄嗟に話題を変えれば僅かに笑みを消した信楽先輩。
それも束の間。
「ああ、まあ、そんなとこ。ほら、夜の風って気持ちいいじゃん?」
「……そーっすかねえ」
「はは、まあ、どうせわかんねえだろうけど」
爽やかに笑う先輩。たしかにわかんないし理解しようとも思わないけど、そうう言われるとむっとくるものがある。
「あ、そういやさぁ木江のこと聞いた?行方不明って。二週間だっけ。今回はなげえな」
そんな俺を知ってか知らずか、ヘラヘラと笑う先輩は無邪気に尋ねてくる。
突然の話題に目を見開いた俺は、そのまま硬直した。
咄嗟の問い掛けに、言葉が出なくて。それどころか。
「ああ、もしかして、それで凹んでんの?」
黙りこける俺を不思議に思ったのか、ひょいと覗き込んでくる先輩と目が合い、目の奥がじんわりと熱くなった。そして。
「……ひ……っ」
ぼろぽろと溢れてくる涙はそのまま頬を伝い、滑り落ちる。
そしたらもう、堰き止めていたものは呆気なく崩壊するわけです。
「大ちゃんんんん……」
「ははっ!まじかよ、図星か!」
「なんでそんなに楽しそうなんですかぁああ……っ」
「いや悪い悪い、つい」
涙が止まらなくて、大ちゃんがいなくなってからの寂しさ諸々が一気に溢れ出す。
泣くのがかっこ悪いということはわかっているけど、けど、止まらない。自分ではどうすることもできない。
昔からだ。なにかを我慢することが出来なかった。
「うっ、ひっく、うえ」
しかも、なんでこの人笑ってるんだ。楽しそうに。皆俺が泣いたら慰めてくれるのに、この人は慰めの言葉を一つも吐くことはなく、それどころか爆笑してる。
やっぱり、きらいだ。
心臓は落ち着くどころか昂るばかりで、怪訝そうな顔をして見てくる店員の目を気にする余裕はなくて。
そんなとき、目元を拭っていた手の甲にぴたりと冷たい感触が触れる。
びっくりして顔を上げれば、目の前の先輩はペットボトルを手にしており。
「ま、元気だしなよ。ほら、これ奢ってやるから」
そう、俺からペットボトルを離した先輩は笑う。
色のついていない炭酸飲料。あんまり刺激が強い飲み物は苦手だったけど、もしかして先輩なりに慰めてくれているのかと思ったら涙が引っ込んでいく。
「あ……、ありがどうございまず」
「いいよいいよ、すげー泣き顔見せさせてもらったから」
やっぱり馬鹿にされてる。
もう一本、炭酸飲料のペットボトルを手にとった信楽先輩はそのままレジへと向かい、その途中、「ああ、あと」と思い出したようにこちらを振り返った。
「木江の場所が知りたいんなら古賀か岸本に聞いてみろよ。あの二人なら、何か知ってるかもしんねーから」
「俺よりも仲いいし」そう、信楽先輩はやっぱり毒のない笑顔を浮かべた。
そんなこんなで、信楽先輩に岸本先輩を呼び出してもらった。
待ち合わせ場所はそう遠くはない公園内。
もう夜遅いというのにも関わらず、岸本先輩は数人の女の子たちに囲まれるようにしてそこへやってきた。
「相馬から聞いたよー。大地探してんだってね。ホント物好きだよねえ?」
そう手を口に当て笑う姿は男子高校生には見えない、むしろ、何も知らなければ性別すら間違える人もいるだろう。俺も、初めてこの人を見たときはどっちかわからなくて同級生たちと賭けをした記憶がある。
ちなみに、俺は賭けに勝った。岸本先輩は正真正銘の男だ。だって女子だったら大ちゃんとあんなに仲良くいられるはずがない。
「大ちゃんの居場所、知ってますか」
単刀直入に尋ねる。少し緊張してしまうのは、仕方ない。
だってなんか後ろのケバい先輩たちが睨んでくるし、怖い。せっかくのデート邪魔しやがって、とかそんな感じの呪詛も聞こえてくるし。
そんな背後の取り巻きたちに気づいていないらしい岸本先輩は、「うーん」と考える素振りをしてみせる。
「悪いけど知らないなぁ。僕が電話しても出ないんだもん。多分死んではないだろうけどね、僕としてもちょっと心配でさー」
「心配?」
「ここ最近、変な奴に絡まれてるみたいだったから」
変な奴。
岸本先輩の口から出たその単語に、眠気の回っていた脳味噌に電流が走ったかのように思考がクリアになった。そしてすぐ、嫌なものが背筋を流れる。
「三年の此花清音、知ってる?あのでっかいやつ。あいつだよ、あいつ。大地があいつに絡むようになってから変なことばっかり起きててさ」
「君も、なんか心当たりあるんじゃない?」上目がちな大きな瞳でこちらを見上げる岸本先輩に、どきりとした。先輩に、ではない。心当たりがあったのだ。
「……もしかして……」
まさか、いや、でも。でも、と俺は数日前の出来事を思い出す。
大ちゃんと帰っていた時、歩道で信号が青に変わるのを待っているといきなり背中を突き飛ばされたのだ。
隣にいた大ちゃんのお陰で車とぶつかる事にはならなかったが、あのときの大ちゃんの反応は少しおかしかったように思う。
なんか、身の回りを警戒していて、それで俺をすぐに助けてくれることが出来たのだろうけれど、なんとなく不自然で、すっきりしなくて。
結局、あのときのあれがなんだったのか、俺はよく知らない。
「……あるんだ?」
黙り込む俺は、返事の代わりにこくこくと頷き返した。
「なら、やっぱりなんかあったのかもね。元々いつ襲われてもおかしくないやつだもんねえ?ま、仕方ないっていったら身も蓋もないんだろうけどさ」
腕を組み、目を細める岸本先輩。皮肉混じりの言葉だけど、信楽先輩よりも大ちゃんのことを心配しているのはなんとなくわかった。
どこか不安そうな色を覗かせた岸本先輩だったが、それも束の間。にこっと笑って、携帯端末を取り出す先輩。
「僕の方でも色々調べてみるからさ、よかったら連絡先交換しない?大地のことわかったらすぐ連絡入れるし」
「うん、する」
そう頷き返せば、先輩は目を細めて笑った。
「じゃ、よろしく」
此花清音。その人が関係あるかもしれない。そう、岸本先輩は言った。
その人のことは俺も知っている。三年で喧嘩が強いって有名な人らしい。
けど、なんで、そんな人と大ちゃんが関係あるんだろうか。
翌日。
早速俺は大ちゃんを探すため、此花先輩の元へ向かったのだけれど。
「……」
昼過ぎの校門前。
登校してきたところを狙おうと待ち伏せしていたのだけど、此花先輩が現れたときは既に午後になっていて。
男女数人の友人らしき生徒とともに並んで登校してきた此花先輩を、遠巻きに眺めていた俺は柱に隠れたまま硬直した。
あのでっかい人が此花先輩なんだろうけど、うん、なんかすごい怖そう。しかもなんか機嫌悪そうだし。
どことなくぎすぎすとした空気を取り巻いた此花先輩グループに、俺は近付くための一歩をなかなか踏み出せずにいた。
「ど、どうしよう……」
正直すごく苦手なタイプだ。話しかけた途端殴られたらどうしよう。
岸本先輩に助けを求めたいけど、岸本先輩はこの人のこと苦手みたいだし。
うう……こんなところで時間潰してる場合じゃない!大ちゃんのためだ……!
そう、勇気を振り絞り、一歩足を踏み出した時だった。
「ねえ」
ぽん、と肩を叩かれる。
びくりと飛び上がり、慌てて振り返ったらそこには白っぽい金髪の男の人がいた。
着崩した制服からしてここの生徒ということはわかったけど、高校生というには目に輝きがなく、どことなく暗く淀んだ雰囲気を纏ったその人に、俺はひくりと固唾を飲んだ。
「きみ、きよになんか用?」
きよ?と目を丸くする。
もしかして、此花先輩の知り合いだろうか。でも、なんか関わらないほうがいい感じがする。
よし、しらばっくれよう。
「えっ、や、別にぃ……?」
「さっきからずぅううっときよのこと見てたよねえ?まさかなんもないなんて言わないよねえ?」
バレてるし。
「ぼくはねえ、きよの友達の公太郎って言うんだ。ぼくでよかったら話聞くよ」
反応できず、キョドる俺に構わず公太郎はにこりと微笑んだ。
「きよに用があるんだよねえ?」
「えっと……」
にこにこと愛想よく尋ねてくる公太郎。どうやら、見かけによらず人懐っこい人のようだ。
……悪い人じゃなさそうだけど、どうしよう。まあいいや、此花先輩の友達なら話が早い。
「……実は」
早速俺は、公太郎に大ちゃんのことを尋ねることにした。
数分後。
「ふぅん、そっかぁ。その大地君って子がいなくなっちゃったんだあ」
「俺に黙っていなくなるってことなかったし、携帯も無くしたっていうし、俺、もう、心配で心配で……」
公太郎に話している内に感情が昂って、目頭が熱くなる。
嗚咽を漏らす俺に、公太郎はそっとこちらに手を差し出してきた。細い指先が、濡れた頬に触れる。
「わかった。じゃあぼくの方からきよに聞いてみるよ」
「だから、そんなに泣かないで?大地君が見つかるように、ぼくたちも探してみるからさ」公太郎の手に握られていたハンカチで軽く頬を抑えられ、雫は拭われた。その言葉に、笑顔に、驚いた俺は公太郎を見上げる。
「い……いいの?」
恐る恐る尋ねれば、公太郎は「もちろん」と柔らかく微笑んだ。
「それにさぁ、ぼく、なんか君みたいに泣き虫な子ってほっとけないんだよねえ」
い、良い人だ……!
大ちゃんがいなくなって、優しさに餓えていた俺にとって公太郎の優しい言葉は身に沁みるもので。
「あ、ありがとう!えっと……」
「公太郎」
「コウちゃん!」
そう、笑顔で名前を呼べば、にこりと公太郎は笑った。
此花先輩のお友達っていうからどんな怖い人かと思ったけど、なんだ、全然良い人じゃないか!
目の前のコウちゃんの笑顔に、全身の緊張を緩める。
早く大ちゃん見つからないだろうか。この場にはいない大好きな人のことを思い浮かべながら。