Open sesame!39



それはそうとあまり長く鶴先輩に沈められた三人を放っておくのもどうかというので、四人はとにかく保健室に彼らを運ぶことにした。後輩くんが取られた金を回収する過程で狸寝入りを疑う場面はあったが彼らは迅速に撃沈した三人を保健室に運ぶことに成功する。その道中で日向の窮地を知らせてくれた女子生徒と鉢合わせ、ごく簡単にではあるが経緯と日向の無事を報告した。彼女は尾白と日向がセットで登場しなおかつ揃って礼を言ってきたことに興奮しきりで、同時に恐縮もするという難度の高い合わせ技を披露した。徳さんの受けた印象では憧れのアイドルに入れ込むファンといった様子で、どちらかではなく二人セットでのファンなのだろうと思われる。
三人を担ぎ込んだ保健室ではこうなった経緯について、鶴先輩が彼らに技を見たいとせがまれエスカレートした結果だと養護教諭に説明がなされた。
それでは鶴先輩ばかりに非がいくと他のメンバーは渋ったが、彼女がそれでいいと押しきった。なぜ止めなかったのかと養護教諭から四人まとめて注意を受け――スケッチブックの彼女はその間殊勝に保健室の隅に控えていた――、制服のクリーニング代と必要なら治療費も出すと例の三人への伝言を頼んで彼らは保健室を出た。
スケッチブックの女生徒とはそこで別れた。別れ際の彼女の様子からするに、あれはすぐにでも日向や尾白を狙う不逞の輩は鶴のお嬢様から直々の沙汰があるとの噂が飛び交っても仕方がない様子だった。あまり吹聴しないように頼んではみたものの果たして効果はどれほどあるものか。
それからどこへ行くともなしに人が増えてきた廊下をそぞろ歩いていた四人だったが、ふと昇降口近くで日向が足を止めた。それに伴って他の三人の先輩も立ち止まる。
「あのう、僕ずっと気になっていることがあるんですけど、いいですか」
「ええどうぞ、日向くん」
片手をあげておずおずと発言の許可を求めた後輩くんは、鶴先輩のゴーサインを受けて真っ直ぐにその夕焼け色を徳さんに向けてきた。そこにいる彼女と同じくらい強い意思を秘めた瞳で、眼鏡越しの瞳がはっきりと徳さんを捉えている。
「ずっと気になってたんですけど、こちらの方は尾白先輩や鶴先輩とどのようなご関係の方なんでしょう?」
今更と言えば今更の質問に驚愕と愕然とした空気が流れる。もっともその空気を出しているのはまさに予想外のことを言われたように呆然としている鶴先輩といつもより少し目を見張った尾白の二人で、日向と徳さんはやっとこれでお互い自己紹介ができるとほっとしていた。
「……言ってなかったか?」
「そういえば紹介した覚えはありませんでしたわね」
尾白と鶴先輩が交互に確認しようやく徳さんと日向の面識がなかったことが認知されると、四人は廊下の端に移動する。そこで徳さんは後輩くんに紹介されることになった。
「クラスメイト。来る途中で会った」
まずは端的な尾白の説明から入る。日向はなるほどと頷き、徳さんとしては何がなるほどなのか分からないが尾白らしい説明だと思う。どうやら後輩くんも後輩くんでかなりとぼけた人物のようだ。尾白と付き合えるだけはある。
そして彼は次に自分が幼馴染みにどう紹介されるのかを期待半分落ち着かない気持ち半分で待つ。予想を並べ立てるまでもなく彼女は潔く直球だった。
「彼は亀蔦穂純と言います。私の幼馴染みで一つ年下の、“元”片想い相手ですわ」
「えっ」
徳さんの側に寄って来て腕を取ったと思ったら、彼女はそうやってあっさり言う。驚きは日向と徳さんの両方から。徳さんはそこまで明け透けに打ち明けられるとは思っていなかったからだが、後輩くんの方は違ったようだ。
「鶴先輩の好きな人って神無月さんじゃなかったんですか!?」
なんとこちらも度肝を抜くことを言い出した。徳さんの感情は呆気に取られたまま戻ってこない。何をどうしたらそんな発想になったのだろう。
「……日向くん、どういうことですの?説明していただけます?」
迫力たっぷりの微笑みで幼馴染みがゆらりと後輩くんに近付き、顔を寄せる。今にも腕をつかんで揺さぶりそうな勢いがあり、恐らく気圧されたのだろう後輩くんはすぐに自分がそう思うに至った経緯について後退りしそうになった足を踏ん張りながら話し始める。恐縮しながらも彼が語る内容は徳さんにとっても興味深いものだった。
――彼女は神無月と一体何を話したのだろうか。
「すみません。僕、一瞬でも鶴先輩を疑ってしまって」
幼馴染みと神無月が組んで彼らを担いでいるのではないかと疑ってしまったと、馬鹿正直に後輩くんは語った。そこは別に言わなくてもいいんじゃないかと思った徳さんの前で、反省しきりの後輩くんの証言を目を閉じて腕を組みじっくり聞いていた幼馴染みはそっと瞼を開ける。判決を待つ囚人のようになっている後輩くんへ、端的に自らの胸中を表現した。
「……心外ですわね」
すみませんと思わずもう一度謝った後輩くんへ、いいえそうではなくてとすっきりした顔でやんわり微笑んだ幼馴染みの声は思いの外柔らかい。
「私が心外だと思ったのは、あなたが私の好きな人を取り間違えた。この一点のみですわ」
勘違いなさらないで、と鷹揚に続けた彼女の態度に徳さんはそういえばこの人は年上だったのだと今更の認識を強くする。特にこの後輩くんの前だとその印象は深くなる。いつもの勇ましさが鳴りを潜めて肩の力が抜けているようであり、面倒見のいい年上のお姉さんといった感じである。
「その状況では私が疑われても仕方のないことだと思いますもの。――できれば信じて欲しかったのが本音ではありますけれど」
ちくりと刺された後輩くんは心底申し訳なさそうに眉を下げて肩を縮める。その様子を幼馴染みはそんなに気にしないでとむしろ面白そうにつついていた。どうやらあの後輩くんは先輩という立場からするとからかいたくなる人物らしい。そこで徳さんはなんとなく尾白が気になってクラスメイトの方をちらりと見たが、彼はいつも通り話を聞いているのかいないのかよく分からない風情でいる。
幼馴染みはこの場で一番年下の後輩くんに、彼女が神無月を好きだという話は笑い話にしかならないとおかしそうに言った。それには徳さんも同意見である。こちらが一方的に利用されることはあっても、彼女と神無月が組んで良からぬことを計画するなどありえない。なぜなら彼は――
「だって、あの人は自分以外に興味のない人ですから」
確定的に言われて後輩くんはやっと求めていた答えを言い当てられたという顔をした。神無月と話したことのある人間ならこれ以上なくしっくりくる見解であろうし、彼なりの神無月という人間の印象にうまく合致したのだと思われた。
「婚約の話を出したのがまずかったのかもしれませんわね」
かつての隆盛の盛りにあった鶴岩なら神無月からそうした申し出もあったかもしれないが、今の神無月家の権勢からするとそんなことは考えられないしもっと好条件の家をつかまえられるだろう、鶴岩の方も端からそんな気はないとのことだった。
そして実は徳さんが鶴先輩に付きまとっていた人物の行動を分かる範囲で彼女に知らせていたのだと、情報提供をしていた件も告げる。
まだ話せることはありそうだったが時間も差し迫っていたので四人の話はそこで一旦打ち切られる。日向と徳さんが慌ただしく本人同士での改めての自己紹介をし、今朝方鶴先輩と神無月が何を話していたかなどそちらの方はまず尾白と日向の仲直りが終わってからということになった。
まだその場で別れを惜しんでいる尾白と後輩くんのむず痒くなるやり取りを放置し、徳さんは幼馴染みを彼女のクラスまで送り届けることにする。大袈裟だと断られるかとも思ったが彼女は二つ返事で了承した。彼女からの卒業宣言を気にしているのは自分だけなのかと考え、いやいやこれは昨日以前の彼女が日常的に味わっていた感情なのだと思い直す。
堂々と自分の前を歩いて行く幼馴染みの後ろについて行きながら、そういえば何かをするときには決まってこの立ち位置だったことを思い出す。彼女が先導して自分がその後をついていく。それが暗黙の了解で、二人の当たり前だった。そしてその当たり前もこれからの二人にはもう通用しなくなる。今は長年の習慣でこうしているがこの先はなくなっていくのだろう。
徳さんは幼馴染みに何か話しかけようとして、できずに口を閉じる。彼女の後ろ姿は見慣れたものと変わらず、背筋を伸ばして堂々と進んでいく。気付けば立ち止まっていた徳さんを置いて。当然二人の距離はどんどん開いていき、このまま気付かれないのかと思われた矢先、彼女がくるりと振り返った。翻った黒髪の先を追っていくうちに清々しい利発な黒色の目と目が合う。
「全く、何をもたもたしていますの?早くしないと置いていきますわよ」
そうやって繰り出されたのはいつも通りの彼女の態度と言葉で、徳さんは込み上げるものを飲み込み口を開く。
「……うん、さくらちゃん」
「もう、ですからその名前は学校では止してって何度も申し上げていますのに。何回言っても直りませんわね」
両手を腰に当て、後半は首を傾げて不服そうな彼女の返答に徳さんは知らず苦笑を浮かべていた。今更止めろと言われて止められるものではなく、今となっては彼女と自分の過去の繋がりを示す数少ない縁の一つだ。
幼馴染みはそのまま立ち止まったままでいる。徳さんが動くのを待っている。二人の間に空いた距離をこのまま思い出にしてしまうか、はたまた別の形に当てはめるかはこの先の徳さんの行動にかかっているのだろう。
古い関係は断ち切られ、再び徳さんが彼女と繋がりたいのであれば彼は彼なりの魔法の呪文を考える必要があった。

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