Open sesame!21



「そんなに真っ白な状態なら、誰かがこうだって言い出したらすぐに広まっちゃうかもしれないね!」
雨月を除いた三人の間の空気が一瞬にして変わる。その如実な変化に雨月は言ってはいけないことを言ってしまったのかと戸惑う。
日向は他の二人と視線を交わし、彼女らの瞳や表情に雨月の発言に対する異論がないことを確かめた。日向自身も彼女らから見れば同じ意見をその瞳と顔に張り付けていたことだろう。
そうなのだろうか、と日向の意識はあっという間に混沌とした思考に引きずり込まれる。
そのための噂の拡大と維持なのだろうか。しかし――と、日向の現実的で冷静な部分があと一歩信じきれずに当惑している。
噂の生成と広がりについてはそれでいいとして、本当に白い毛玉が存在し異能の原因だなんてこと、有り得るのだろうか。日向の自我は今更の根本的な疑問に立ち返る。日向が白い毛玉と異能を結びつけたのはなんとなくの勘、思い付きであって、確証はない。何か別の、もしくは全く関係のない事柄を都合よく解釈して勘違いしているだけではないのか。
尾白や神無月、鶴先輩など個人の能力についてはそこまで悩むことなく日向は受け入れられた。しかし規模が大きくなりそれらしい感触があった途端に、疑問と困惑が吹き返している。
そこで日向は自らの思考に引っ掛かりを覚え、よくよくそのことについて考えてみるに――確かに日向は異能を簡単に信じたがその出発点、そもそものきっかけは何だったのかと考えて――俯けていた顔をあげる。日向が無条件に信じたのは異能でも白い毛玉でもない、自らの常識でも感情でもなかった。傍にあり身近な人間として少しずつ知っていった尾白その人だった。
神無月にしても鶴先輩にしても、尾白の件がなければ信じるには至らなかったかもしれない。異能の原因が本当に毛玉にあるかどうかは未だ不明だが、それでも、もしも本当に尾白の一部になっている能力の要因に白い毛玉が介在しているのなら、尾白のことを信じたようにその現実離れした不可思議な効力についても信じられる気がした。
そんな風にして日向の思考回路は当初予定されていた着地点とはかなりずれた方向で停止する。
ただ尾白のことを好きだと思う。鶴先輩に指摘された、抑え込んでいた欲求が体の内側で荒れ狂い、すぐにでも尾白の元へ駆けていきたくなる。
一つの光明を見出だしたように日向が場にそぐわぬ恋情と逸る気持ちに瞳を輝かせているのを、その横で鶴先輩が眩しそうに羨ましそうに見ていることに彼は気付かない。
しかしそんな居ても立ってもいられなくなった日向の動きを制するように、どこかから彼らに――正確には雨月に――かけられた声がある。
「き、君っ!そこの君!ちょっと!」
雨月が四階廊下の方を見やり、カモ先生だと日向達に告げて廊下を先に行く。日向達も先程まで話していたことは一時保留とし、階段から廊下に足を運んだ。冴えない顔色をした先生が、更に顔色を悪くして廊下に立っていた。この階は理科系の教室がまとめて並んでおり、その職員用に用意された部屋もある。雨月の後にぞろぞろとやってきた日向達を見て先生は目を泳がせた。どうやらここにいるのは雨月だけだと思っていたらしい。
その勘違いを抜きにしても、日向が以前再提出のブリントを頼むことになった加毛先生は酷く焦り慌てているように見えた。
「どうかなさいましたの先生。お顔の色が優れないようですけれど」
「わあ、ほんとだ。どうする?保健室行く?」
鶴先輩と雨月からの二人がかりの心配に、先生は顔に浮かんでもいない汗を拭う。
「い、いや、大丈夫。何でもないんだ。えっと、いやそう、久しぶりに走ったもんだから。財布を忘れて」
しどろもどろの先生に本当に具合が悪いのではないかと日向と卯月も声をかけようとしたところ、階下でわっと歓声があがった。今のは何だったのかと言い合う内に、先生はおどおどとした態度から多少持ち直したようだ。
「――君達、誰かここを通るのを見なかったかい?」
花コンビがそれならと答える。
「今じゃないですけど、王子が上の階に上っていくのを見ました」
「王子?」
「神無月先輩です」
「……ああ、彼は違うな。知り合いがこの学校に転入してくるっていうんで、相談に乗っていたんだ。他には?」
いたかもしれないが、そこまで注意深く見ていなかったと申し訳なさそうにする二人に、先生は気にするなと不器用な微笑みを向ける。そこで日向が片手をあげて申し出た。
「他に分かる人を呼んできましょうか」
「ああ、いや、いいんだ。こっちで何とかするから。――じゃあ皆、すまなかったね」
話もそこそこに職員用の部屋に戻ろうとする先生を、雨月が引き止める。
「あっ、待って先生!あのさ、先生は何か知らない?願いが叶うっていう白い毛玉のこと」
先生は振り返りつつ腰を押さえ、何だって?と聞き返す。
「前に興味があるって言ってましたよね?私達も調べてるんですけど、全然駄目で。先生なら何か知ってるんじゃないかと思って」
「いや……悪いが分からないよ。基本的に引き込もってるからね、あまりそういった情報は入らないんだ」
「そっかぁ」
残念さを隠さずしゅんとする雨月と他の三名を見回して、君達も早く戻りなさいと教師らしく言った先生は授業の準備があるからと早々に部屋に引っ込んでしまった。
また雨月以外の三人が顔を見合わせる。なんとなく釈然としないものがあったが、しかし昼休みが終わろうとしているのも確かだった。日向達はまずここから一番近い教室の鶴先輩を送っていくことにする。
一つ階を下りて、一人後ろにいた鶴先輩を振り返る。
「先輩?着きましたよ三階」
「――あ、え、ええ、そうですわね」
何か考えていたのだろうか、声をかけられてやっとここが三年生の教室が並ぶ階だと気付いたらしい鶴先輩が、ぎこちなくもまた明日と挨拶をする。日向達もそれぞれ挨拶や会釈を返し、そのままこの場は解散となり、昼休みに起こる出来事はこれで終わりになるはずだった。
しかしまだ最後に一つ、彼らが知るべき出来事が残されていた。そのまま解散しようとしていた彼と彼女らの間に不躾に聞こえてきた声がある。それに四人の注意と意識は引き付けられた。
「えーーー!?それ本当!?」
「マジ、大マジ。さっき下で騒いでたのがそうなんだって」
本人達はそれほど大きな声で話している自覚はないのだろう。だが興奮による視野狭窄が彼女達の抑制を阻んでいた。一人が携帯を片手に何かを見せ、マジだ本当だともう一人がその画面を見てはしゃいでいる。
「ほらこれ、尾白くん、殿様!かっこいいよね〜。ばっちり撮れてる」
「でもこれ盗撮じゃない?大丈夫?」
「えー、知らない。回ってきたやつだし。それでね、ほらこっちの子、女の子ね」
「ああ、この子が告白したんだ?尾白くんに?」
「そう!大声で『好きです、付き合ってくださいっ!』って叫んだんだって!勇気あるよね〜」
「返事は?」
「さぁ?流れてきたのが告白だけってことは振られたんでしょ?恋人になったんならそういうの込みで回ってくるんじゃないの」
「……時々、あんたが頭良いのか悪いのか分からなくなるわ……」
なによぉ、と怒ってみせた一人は、しかしすぐに気を取り直してご機嫌に言葉を重ねる。
「でもいいなー、私もちょっとアタックしてみよっかな。殿様に」
「えっ、あんたそうだったの?」
「違うよぉ。でも、記念に?うまくいったら儲けものじゃん。尾白くんと一緒にいた後輩くんももういないっていうし」
途中で日向達に気付いた片方が必死の形相で相手の袖を引っ張る。それに気付いた饒舌に喋っていた方も日向達を見て一転、気まずそうな顔をして固まった。慌てて謝罪を繰り返し二人はそそくさとその場を去る。
残された日向は、同じくその場に残った誰かから声をかけられて我に返る。三人とも日向を心配し、何とも言えない面持ちでいる。何でもない大丈夫だと笑顔で答えた日向は、尚も心配顔の鶴先輩に改めて挨拶をして花コンビと共に階下に降りる。
そのまま先程思ったのとは違う動機で尾白の教室に行きたくなる自分を抑えつけ、ひたすらに足を動かした。その道中に雨月と卯月がなぜか日向が階段を踏み外さないようやたらと気を遣ってくれ、一階に無事辿り着くとほっと息を吐く。ここまで気を遣わせてしまった自分が情けなくなるも、ありがとうと礼を言う時にはできるだけそうした自責の念を表に出さないよう心がけた。これ以上心配はかけたくなかった。
二人と連れだって教室へと歩きながら、来るべき時が来ただけなのになぜこんなにもショックを受けているのか、日向は不思議に思う。皮肉なことに、確かにこれは鶴先輩が言っていた通り“頭が真っ白”な状態だった。感情や思考がろくに働かない。
廊下から覗く窓越しの空を視界に納めながら、日向が傍にいるようになってから尾白が告白されたのはこれが初めてのことなのだと思い当たる。尾白に告白してきたその女生徒が日向が以前に尾白との仲介を頼まれるも断り、同時に背中を押した人物でもあることを日向が知るのはその日の放課後だった。


それからも日向と尾白の間では変わらぬやり取りが続いた。ただ日向の心境はそれまでとは異なる。
寝る前に送られてきた写真に感想を送ると、あちこちに飛ぶ思考とそれに合わせて頻発する雑多な感情に身を委ねて携帯の画面に映された写真をぼうっと眺めた。それにも飽いて、布団に潜る。それでもまとわりつく個々の後悔、望まない未来予想に基づく恐れに神経を波立たせながら、日向の意識は気付けば眠りに落ちていた。
その眠りを破ったのは尾白からのモーニングコールで日向は寝転がったまま手を伸ばし、夢現に携帯を操作して耳に当てる。
「おはよう」
「……おはよう、ございます」
また今日も声が聞けたことへの喜びと、鼓膜を揺らしたどこか勝ち誇った子供っぽい響きがほわりと胸を温かくする。日向も寝起き特有のふやけた声に微笑ましさを乗せて尾白に応じた。尾白へ募る感情は相変わらず愛しさを伝えてくるが、以前ほど無邪気に心は跳ねない。日向の気持ちが曇っているからだ。

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