Open sesame!20



「……こんな中途半端なまんまじゃ、まだ会えない」
「そうしてるのがもう答えだと思うけどなぁ」
徳さんのさっぱりとした意見にどういう意味だと尾白が聞いてくる。どうでもいい相手にそんなに悩まないだろうと徳さんが持論を投げるも、尾白に響いた様子はなかった。
徳さんはそんな尾白の反応は特に気にせず中庭にいる生徒達を見下ろしていたが、やがて尾白の口からぽつぽつと答えが返ってきた。そちらに意識を向ける。それは徳さんへの返事というより自らの内にあるものを探りながら確認している様子だった。
「色んなやつに聞いてみても、しっくりこない。……答えを出すなら自分の意思と裁量で決めきゃ意味がないんだってことは、分かった」
何事も根なし草のような曖昧な立ち位置を望んでいた男が、そんなことを真剣な顔で呟く。それも普段、気の抜けた男の言葉とは思えないほど熱意のこもった述懐だった。徳さんの笑みも自然と深くなる。
「……自分のことって案外分からないもんなんだなあ」
しみじみと素直な感想が出る。すると今のなんか爺くさかったと隣から割と傷付く反撃がきた。すぐさま形だけ怒ってみせた徳さんだったが、二人の意識と注意は相変わらず中庭に向いている。
後輩くんと女の先輩の話し合いはどういう経緯を辿っているのか、ここからだとあまり和やかに進んでいるようには見えない。双方とも真剣らしいことは分かるのだが。
「でも、うまくいくものならうまくいって欲しいと俺は思うよ」
「……なんか今日はやたらと押してくるな、徳さん」
徳さんがその不審げな言葉に隣を見ると、僅かに目を細めた尾白が注意深くこちらを観察していた。その何かを確かめるような目付きに口元に刻んだ笑みを渋いものに変え、悪びれずに言う。
「目の前に思い悩んでいる人間がいるんだったら、幸せになって欲しいと思うのは当然のことじゃないか」
尾白はそんな徳さんの戯れ言を流すことにしたようだ。せっかくいいことを言ったのに残念である。
「……まあ、またお前らがいつ仲直りするかって賭けてるやつもいるし、野次馬したいのもあるかも」
ポケットにしまった携帯に触れながらそんなことを言って、それから意識的に明るい声を出す。お前みたいな本能的なタイプは頭で考えるより感覚に従った方がいいんじゃないかと。アドバイスめいた発言に、尾白は俺はどんな認識をされてるんだとやる気無さそうに呟く。
「俺には後輩くんを傍に置くお前が、前足で後生大事に獲物を抱え込んでる肉食獣みたいに見えるよ。で、いざその獲物がかっさらわれたらそれまで大人しかったのが豹変して、獲物を取り返しにいくんだ」
明確にからかいを含んだ言葉に、尾白は処置なしとばかりに首を振る。
そんな毒にも薬にもならない会話を交わしているうちに中庭の方に動きがあった。生徒達が次々とこちらに顔を向け、注目し出す。手を振ってきたり指を指してくる者もいて、後輩くんと女の先輩もその一員に加わった。
「お、あっちも気付いたんじゃないか?手でも振ってみるか」
尾白は聞いているのかいないのか、無言で後輩くんを見つめている。ここからだとよく分からないが、その後輩くんも以前見かけた時のような分かりやすい尾白への慕情を全身で表しているのだろうか。そうあって欲しいと徳さんは思う。
やがてその二人は中庭を去り、尾白は体を反転させて窓に背をつける。その横でしばらく二人の行き先を目で追っていた徳さんは、そういえばとふいにここにくるまでに見てきたものを思い出した。
「さっき神無月を見かけたぞ」
見知らぬ女生徒を相手に暑苦しく熱弁を奮っていた男子生徒がまさにその神無月だった。後輩くんの姿が見えなくなったからか、隣のクラスメイトはすっかりいつもの気の抜けた態度を取り戻している。
「ああ、俺今日あいつのこと尾けようとしたけど駄目だった」
「尾行撒くのも得意なのか、あいつ」
「いや、途中で花コンビにあったから」
それは誰だと聞くと、後輩くんの友達だと言う。
ははあ、と意味深に感心してみせた徳さんは、ここにくるまでに見た光景をなぞるように通ってきた方向の廊下に目をやった。
するとそこに立ち塞がっている生徒がいる。神無月と一緒にいた女生徒だ。何が楽しいのか、若干にやけた顔でこちらを見ている。自信がある、と言ってもいいかもしれない。実際かなりかわいい顔立ちの生徒だった。
堂々と廊下の真ん中に立っているから、通りすぎる生徒達が少し迷惑そうによけていく。
「ほら、あの子だあの子」
徳さんが尾白に注意を促すと、その女生徒が軽やかにやってくる。夢心地の、今にもステップでも踏みそうな足取りだった。
「――あのね尾白くん、話があるの」
シロップにでも浸けこんだかのような、甘い甘い声音だった。徳さんを素通りして尾白の前までやってきたその子は、顔色も変えず言葉も返さない尾白に怯むことなく向かい合う。そして勝気な表情をすると、大きく息を吸い込んで彼女の要望を音に変換した。


***


校舎に入った日向は鶴先輩に、なかなか答えが出ないときは一度頭を真っ白にしてリセットするのもありだとアドバイスを貰った。その鶴先輩が自分の発言から白い毛玉を連想したので、それならその未確認物体をつかまえようとしている雨月達に会いに行ってみようという話になった。鶴先輩は雨月から件のものを探していると自身の懸案事項と引き換えに相談を受けたことがあり、最近の彼女の動向にはそれが切り離せないことを知っていた。今日は校舎の上の階に張り込むと聞いている。しかし念のため日向が携帯を取り出して確認を取ろうとすると、せっかくだから雨月達を探すことも含めて気分転換にしてみてはどうかと言う。
そういえば中庭から戻ってきたのは気晴らしが目的だった。たまには不便を味わうのもいいだろうとその案に乗ることにした日向は、鶴先輩を伴って階上に上っていく。できるだけ人に会いたくなかったので、生徒が普段使いにしている教室がある側とは反対側の階段と廊下を使った。
三階に着いたところで、窓に張り付くようにして中庭を覗いている花コンビを見つけた。先に気付いたのが卯月で、こちらに向かって会釈をする。その仕草で日向達に気付いた雨月がぱっと表情を明るくした。
「あっ、日向だ!鶴先輩もいる!あのね、いま二人を探してたんだよ」
言いながら雨月が駆け寄ってきて、卯月もその後を追ってくる。
「僕達を?」
「うん、そうなんだ。えっとね――」
何か言いかけた雨月だったが、卯月がそれを制する。そのまま二人は日向達に背を向けて身を寄せあい、こそこそと話し出した。
「待って、雨月。こういうのはね、本人の口から直接聞くのがいいと思う」
「でも、少しでも知ってた方がよくない?安心しない?」
「それも含めてよ。どうせなら嬉しいって気持ち、たくさん感じられた方がいいでしょう。こういうのは事前に知らなかった分、知った時の嬉しさが跳ね上がるの」
「そうかなあ?」
「……雨月もこのことアイツに直接伝えたら喜ぶと思って探してたわけでしょ。それと同じよ」
「ハッ、そうだった」
本人達は小声で内緒話をしているつもりなのだろうが、悲しいかな殆ど会話は丸聞こえだった。よく分からないが、雨月は演出効果を考える卯月に説得されているようだ。日向は鶴先輩と顔を見合わせ、揃って温い表情を浮かべる。
やがて雨月が振り返り、何でもないただ二人に会いたかっただけだと言う。どうやら無事に説得されたようだ。その隣で卯月が日向に今に見ていなさいとばかりにふふんと偉そうな態度でいるので、日向はどういう態度が適切か迷ったあげく、へらりと笑い返した。鶴先輩はそんな後輩達を微笑ましく見守っている。
結局日向と鶴先輩も二人の隠し事には触れることはせず、初対面となる卯月と鶴先輩の紹介を済ませると、白い毛玉のことについて聞いてみた。このまま上の階をぐるっと見て回るつもりだという。日向と鶴先輩もその道行きに同行することになり、道すがら白い毛玉捕獲作戦の動向を詳しく聞く。
「といっても分かったことは殆どないんだ。面目ない」
ぺこりと頭を下げる雨月に気にすることはないと日向は言う。
「僕らも何も収穫がないって意味じゃ同じだしね」
うんうんと力強く頷いて同意を示す卯月。
上の階を探すのも、白い毛玉にふわふわしていて飛んでるイメージがあるから、だそうだ。端的に言えば勘である。後は聞いた噂を頼りに渡り歩いているという。
日向が尾白と話した結論の一つである、白い毛玉は口伝で語り継がれてきたものではないかという説を話すと、花コンビはどちらも自分の記憶を探る間を置いて口を開いた。
「そういえば石碑やそれらしい跡があるって話は聞いたことないなあ。私が知らないだけかもしれないけど」
「保存されて展示されてたり、どこかに祀られてる話も聞かないわね」
二人がお揃いで買った白い毛玉を模したキーホルダーもただのアクセサリーとして売られていたものらしい。
そこで卯月が、先輩は、と鶴先輩に水を向ける。雨月からすかさず鶴先輩と訂正が入りまごつく卯月だったが、当の鶴先輩も卯月がその名を口するのを待っているので彼女も早々に折れた。
「つ、鶴先輩はここまで噂が大きくなる前の白い毛玉の噂について知っていると雨月から聞きました。それは――例えば、こうしたら現れるというような手順や場所を特定するものだったんですか?」
鶴先輩も思い出すような間を置いて答える。
「……いいえ。目にすればいいことがあると、ただそれだけの噂でしたわ。必要な作法も現れる時間も、もっと言うなら場所も決められたものではありませんでしたわね」
毛玉だけにふわふわした噂だねと雨月が感想を口にすると卯月が愛しげな視線を友人に送る。それからそんな場合ではないと我に返ったように表情を引き締め、考え出す。
「普通こういった噂には尾ひれが付くものだと思うけど、それもないのね」
「そうなるね」
変わったのは効力の違いくらいか。日向は卯月に同意し、正体は一向に掴めずただ噂だけが広がっている現状を再確認する。
すると先頭を歩いて一足早く四階に着いた雨月が、まだ階段にいる他の三人をくるりと振り返って言った。

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