花結び2



尾白は後輩の生真面目に座したその有り様を上から下からしげしげと眺め、最後にその夕焼け色の瞳で固定した。後輩もしかと尾白を見返す。やっとそれらしい沈黙が二人の間に流れるも、緊迫感はいくらも持たなかった。尾白が詰めた息を吐き出して弛緩する。だらりと姿勢も崩した。
「……あーもういいや。好きにしろ」
「ありがとうございます!」
「別に礼を言われることじゃないけどな」
尾白にしてみれば考えるのが面倒くさくなって投げ出しただけのことだ。
過去に求愛をしてきた者達も尾白の暖簾に腕押しの対応に次々と意気消沈し、去っていった。今回も同じ結果になるだろうと踏んだのだ。それにこの後輩なら尾白の気持ちを無視した強行手段に出ることも、尾白や尾白の周囲に迷惑をかけるような行為も控えるだろうと思った。
そんな計算とも打算ともつかないやる気のない決定にも、目の前の後輩は瑞々しいやる気をみせていく。
「これからよろしくお願いします、先輩」
「ああ、よろしく。……ええっと」
「日向です」
「日向。日向な。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
どちらからともなく頭を下げ、同じタイミングで顔を上げる。妙に畏まった空気がおかしく、尾白も日向も少し笑った。それで空気が和み、日向からもすっかり緊張が取れる。
そのせいなのか、尾白はふいに悪戯心を起こす。片手を差し出して上に向ける。「お手」と言ってみると素直に「わん?」と鳴き声までつけて日向がお手をしてきた。おお、と感動したのも束の間、申し訳なくなると同時にこの物好きな後輩の行く末が心配になった。
「お前な、嫌なら嫌って言えよ。俺に好かれようって無理に言うこと聞く必要ないんだからな」
そこを間違えるなと噛んで含めるように言うと、日向は何度か目を瞬いた後、それは僕が先輩に言うことでしょうと笑った。それに嫌ではなかったとも付け加える。それから先輩は優しいですと嬉しそうに言われて、それ以上何かを言う気が起きなくなった尾白は手を引こうとする。が、上から緩く手を包まれて引き止められた。伏し目がちになった日向が小さく唇を動かす。
「――傍に」
「うん?」
傍にいさせてください、とささやかな願いを言われた気がしたが、風に紛れてよく聞こえなかった。


あれから日向は度々尾白の元を訪れる。他愛のない話をする時もあれば何もせずにただ空を眺めて過ごす時もあり、その合間に日向は真っ直ぐな好意を尾白にそっと差し出してくる。
どうやら日向も空や雲を眺め続けることが苦ではないらしく、その証拠に尾白が物好きな後輩との回想を終えてこっそり横を見やると、隣で遥かなる空を見上げる日向の横顔は優しかった。尾白の雲に関するほぼ独り言の会話にも本当に楽しそうに付き合う。尾白はとうに後輩のその態度が無理に自分に合わせたものだとは思えなくなってきている。その日は時間が来るまでただのんびりと、二人は空を見て過ごした。


別の日である。
「今日は先輩に快適に空をご覧いただくために、一つ提案があります」
挨拶をして正座で隣につくなり、お話ししてよろしいでしょうか、とやたらキリッとした表情で日向が言うので、尾白は少々面食らった。ああはいどうぞと先を促す。どうやらプレゼンをしたいらしいので、だらけていた姿勢を正し後輩と向き合う。
「聞くだけ聞こう」
「ありがとうございます。昼休みの間とはいえ長時間同じ態勢は辛いだろうと思いまして」
そこまで言って日向は自身の膝をぽんと叩いた。
「膝枕というのはどうでしょう?」
やはり少し自慢気に日向は言った。尾白は日向の顔と膝を見比べ、腕組みをした片手で顎を撫でる。既にその目は差し出されたものがいかに己の求めるものと合致するか、見極める職人のそれになっていた。寝心地がどうなっているのか触ってみてもいいかと問うと快諾されたので、尾白は遠慮なく日向の太股に手を這わせる。
さわさわと撫でる。押してみる。少し叩いてもみた。
「ううん……」
「如何でしょうか。当店自慢の一点ものです」
どうかなあ、という煮え切らない返事に熱烈なアピールが続く。
「さほど肉付きはよくありませんが骨っぽくはないですし、お腹に顔を埋められても大丈夫です。安らぎの一時をご提供できるかと」
ほほう、と尾白は何とも演技臭い感心をする。目の前の期待に満ちた後輩に、遊んで遊んでと無言の催促をしてくる犬の姿を幻視した。こういった悪ふざけ――本人にとっては真面目なアピールなのであろう――も実は割と好きな尾白である。むしろ気分によってはノリノリになる。今はノリノリの気分だった。
「よし、じゃあ一回試してみるか」
「はいどうぞ!」
こうして全力でウェルカム状態の日向の膝に――正確にはその太股に、尾白は頭を乗せてみることになった。
何気に膝枕をされるのは初めての経験である。すると日向も膝枕をするのは初めてだと言うので、それはそれは大層なものを、いえいえこちらこそお気に召せばいいのですけど、などとお互いよくわからない小芝居をして、尾白はいよいよ人生初の膝枕を体験した。
「どうでしょう先輩、具合のほどは」
「……ううん……首がちょっと」
それはいけないと一旦膝枕状態をオフにして膝を突き合わせて考えてみるに、頭の乗せ方が悪かったのか何なのか、やわらかさがどうこうの前に高さがしっくり来ず微妙に首に負担がかかるのだった。
「これは研究の余地ありですね……僕が膝枕をしたいのは先輩によりよい環境で過ごして頂くためであって、体を痛めて欲しいわけではないですから」
大真面目に探偵が推理を披露するようなテンションで語っているが内容はご覧の通りである。それでいいのかと尾白は思わぬわけでもなかったが、後輩も何だかんだでノリノリなのでまあいいかと流した。
「それはそうと先輩、このままでは先輩の首に申し訳が立ちません。もう一度チャンスを下さいませんか」
早くもリベンジの申込みである。咄嗟に首を庇った尾白に、日向は片手を翳してご安心をと言う。
「今度はこっちです」
腕を持ち上げ力こぶを見せるようにした日向だったが、残念ながら制服の上からでも分かるほど後輩の体に筋肉の厚みは感じられなかった。
そして横になった日向に寄り添い、尾白はちょうどいい位置を探して後輩の体の寝心地――こう書くと大変如何わしいが、あくまで双方合意の上での実験であることを強調しておきたい――を試した。
これぞという形が決まった時、尾白は後輩の肩から胸元にかけて頭を凭れさせ、胴はもちろん腕や足を日向の体に巻き付けて抱き込むようにしていた。体格は尾白の方がいいから腕枕というより抱き枕の様相で、押さえ込んでいるように見えなくもない。そのつもりがなくとも第三者から見れば誤解を招きかねない格好だったが、どちらもそんなことは大して気にせずただ枕としての有用性を検討した。特に日向などは色々下心を出してもいいようなものを、頭の中はすっかり尾白の枕になることでいっぱいになっているようだった。
「これでどうでしょう?首の安全は確保されたと思いますが」
後輩の制服に顔を伏せていた尾白はもそりと顔の向きを変えて息を吐く。本当に寝心地がいいらしく若干眠そうに瞼が下りている。確かに首は安全だがしかし。
「これじゃあ雲が見えなくね?」
何秒かの沈黙の後、ハッと日向が気付いた。肝心の目的がすっぽぬけていたようである。
再びの反省会にて、日向は本気の悔しさを滲ませていた。
「枕になることがここまで難しいとは思いませんでした……」
「まあ、人間の体は枕になるようにはできてないからなあ」
むしろ人は枕を使う側である。至極当たり前のことしか言うことできない尾白は、理性的に見えて意外とのめり込みやすい後輩の悩む姿を見守る。真面目なんだなあと思い、しっかりしてそうで結構抜けてるヤツなんだなあとも思う。走り出したら止まらないのだろう。その原因が何かと考えて――俺か、と尾白は今更ながら思い至る。本人の言うことを信じるなら、後輩の尾白に向けての頑張りは全て尾白が好きだと言うその気持ち一つに起因している。
奇妙な感慨に浸っている尾白に、先輩、と改まった声がかけられた。
「ん?ああ、何だ?」
「いえ、最後にもう一つだけやってみたいことがあるんです。これなら先輩も楽にしていられると思うんですが」
いいよ、と答えると、ありがとうございますといい笑顔が返ってきた。溌剌とした笑みというより、ふにゃっとしたやわらかさのある微笑みだった。
尾白が寝転がるのは今までと変わらない。今度は横向きになり、安定はしている。悔しいことに寝心地も悪くない方だ。
「どうですか先輩?」
尾白の評価を待っている日向は、腕をついて体を捻り尾白の方を向いているのだと思われる。尾白は俯せになった日向の開かれた足の間に体を入れ、尻に側頭部を当てていた。つまりは尻枕である。
尾白は穏やかな表情で穏やかに告げた。
「ちょっと一旦落ち着こうか」
学校でそこまで全力でゴロ寝スタイルを確立させなくてもいいのではないかと結論を伝えると、日向は大人しく引いた。聞き分けは良いのだ。たまに止まらなくなるだけで。
「仰る通りです。僕は初心を忘れていたのかもしれません。こうして先輩と何かするのが楽しくて……いえ、これは言い訳ですね」
そのまま日向が枕の話を打ち切ろうとするのを、だから、と尾白が割って入る。
「次は俺の番」
まだ昼休みは終わっていないし、先程の検証で今度は尾白の方にやってみたいことができたのだ。
「それは構いませんが……何をするんです?」
戸惑いがちに見返してくる日向へ、尾白はニヤッと悪い顔で笑って見せた。

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