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主は咄嗟に受け身を取ったが、糸雨の下にしどけなく横たわった。
もはや覆い隠すものもなく、美しい裸体を惜しげもなくさらしている。

「糸雨……?」

戸惑い混じりに小さくつぶやいた主には答えず、糸雨は無言のまま彼の下肢のうえで体を屈めた。そうして顔をそこに近づける。

「糸雨……っ」

先刻は視界を遮られてしまったが、今度こそとくと股の間を見つめた。
下生えは柔らかく茂り、髪と似て黒く艶がある。そこから続く勃ち上がった陽根も立派で、ひどく艶めかしい。
こんなにも肉感的なこれが、永きにわたり無垢でいたとは。全く奇跡のようである。
類まれなる奇跡を噛み締めつつ糸雨は改めて根元を握り直し、舌で唇を潤すと先端を口に含んだ。

「んっ……!」

欲に駆られ一気に咥え込めば、主が腰を跳ねさせた。直後に両腿を閉じる。
主の上に跨っていた糸雨は、狭まった彼の腿をやや強引に割り開き、閉じさせまいと間に体を押し入れた。

「あっ、よ、よせ、糸雨、そのような……っう」

口を使っての直接の愛撫が気持ち良いのは、経験がなくともわかることだ。だからこそ糸雨は主に奉仕したかった。
彼に快楽だけを与えたくて、舌を使ってくびれや裏筋をしつこくねぶる。
男のものが悦ぶ部位なら身をもって心得ているので、難しく考えることはない。
主の身体は甘いばかりだと思っていたが、鈴口から滲み出る汁はとろりとして塩気がある。それは糸雨の劣情をさらに煽った。
身体をよじる主の腰を片手で掴み押さえつければ、彼はすぐに大人しくなった。

「ぅ、んっ、糸、雨……っ」

情人に押さえつけられていては主も観念せざるを得ず、口淫の快楽を享受するしかなくなったのだ。
快感が過ぎるあまり、主は嬌声を上げながら体を小刻みに跳ねさせた。
そうなると糸雨も気を良くしてますます喜んで口で扱く。
音を立てて啜れば咥内で男根がぴくぴくと震える。
それが面白く、またいじらしく思えて、舌で宥めたり手で根元を撫でたりと、糸雨はとにかく丁寧に隅々まで可愛がった。

口と舌での愛撫が続くと唾液が溢れ、先走りの汁と混じり合って屹立を濡らしていく。
それは茎を伝い、しとどに垂れ落ちて褥にじっとり染み込むほどだった。

「糸雨、糸雨っ……放せ、もう、もたぬ……うっ!」

人の手で刺激を与えられること自体初めての主は、いくらもかからず限界を迎えた。
主の熱が口の中で弾ける。そこで驚いた糸雨は顔を離してしまった。
糸雨の方もさほど心構えが出来ていたわけではなかったので、飲み込む前に腎水のほとんどが唇から零れ落ちていく。

しかし主の放ったものとなれば惜しく思えて、糸雨は唇についた白雫を舌で舐め取った。
粘り気が強く、甘美で淫猥な匂いがする。
ふと視線を落とすと、飲み零したあとの残りが主の股座を濡らしていた。これほど卑猥な光景が他にあるだろうか。

(すごい……)

柔らかくなった芯の先から白く糸を引いている様すら扇情的で、つい釘付けになっているところに低い唸り声が聞こえた。
顔を上げると、息を荒げた主が赤い顔をしかめた。恥じらいの裏返しとばかりに憎まれ口を叩く。

「放せと申したであろう……この、たわけ……」

蕩けた声では文句もただの睦言でしかなく、糸雨は目尻を下げてだらしなく相好を崩した。

「はい、すみません」
「謝れば良いというものではないぞ。私の……その、あれを」
「はい。俺の口、気持ち良かったですか?」

主は寸の間言葉を飲み込んだのち、小さく頷いた。『訊かれたことには必ず答える』という約束を律儀に守っているらしい。
糸雨は腕を伸ばして主の髪を梳いた。

「良かった。嬉しいです、主様」
「き、聞かずとも分かるであろうに……」
「聞きたいんですよ。だってこういうこと、俺、初めてなので」

精悍さの中にもどこか無邪気な初々しさをもって糸雨が告げる。
そんな糸雨を上目遣いで見上げつつ、主がますます不貞腐れたような顔を見せる。
精を放って多少の落ち着きを取り戻した主は、おもむろに上体を肘で支えて斜めに起こした。顎を引いて糸雨の股座に目をやる。

「私ばかりが気をやって……これではおぬしと釣り合わぬではないか……」

どうやら彼が拗ねているのは、あられもない痴態を晒した羞恥のせいではなく、糸雨にも同じだけの悦楽を感じてほしかったからのようだ。

(嘘みたいだ。これって相思相愛ってやつじゃ)

恋しい相手との房事がこんなにも豊かで温かい気持ちになるとは知らなかった。
糸雨が改めて幸せを噛みしめていると、うなじに主の手がかかって強い力で引き倒された。
導かれた先に待っていたのは主の唇で、隙間もないほどぴったりと塞がれた。
すぐに舌が絡んで恋人同士の濃密な口づけになる。そうなれば糸雨の口腔はまた甘く満たされた。

(ああ……まずいな。このままだとやばい、俺)

心が満たされる一方で身体は満たされないと悲鳴を上げている。
男として成熟してからずっと糸雨が妄想してきたのは、主をいいように弄ぶ行為だ。主はそんなことまで望んではおるまい。
それこそ年下で格下の男である糸雨に許すはずがない。

交接は、欲を発散するのに必ずしも必要な行為ではないのだ――頭ではそう思うのに、身体は熱く疼いて仕方がない。
そんな苦しい葛藤を見抜いたのかどうか、口づけをしながら主の手が糸雨の下肢に伸びた。

「ぬっ……主様!」

主の細く長い指がいとも容易く半股引の紐を解く。
先刻てこずっていた紐も今度はするりとほどけ、布地が緩んだと同時に屹立が勢いをつけて解放された。

「釣り合わぬと、申したであろう」

唇を合わせながら濡れた声で主が囁く。
そこまでされては糸雨も我慢の限界で、半身を起こすと手早く下着を足から引き抜いた。
とはいえ浅ましく滾るそこを主の視界に入れるのはどうにも照れくさく、昂りを隠すようにして腰を屈めてから彼に覆いかぶさった。
一呼吸おいて、生唾を飲み下してから頼み込む。

「じゃあ……手で、してください」

主の綺麗な手を穢すようで気が引けるが、男の本能として人肌を感じたい。今なら数回擦られただけで極めてしまうだろうが。
しかし主はゆるりと首を振った。

「無理ですか?だったら自分でするので、せめて――」
「早合点するでない。そうではなく、ここで」

主は腿を糸雨の腰に沿わせながら片足を持ち上げた。それだけでぞくぞくと痺れるほどに感じる。
どこでそんな色っぽい仕草を覚えたのかと糸雨は聞きたかったが、どうやら完全に無意識でやっているようだった。
しかも主はそれだけでなく、濡れそぼった内腿のあわいを控えめに開いてみせた。

「男色の一儀といえば……肛交であろう」

主の豊富な知識は閨事にも通じているらしい。
それにしてもこうもはっきり告げられると、糸雨は動揺しきりだった。
同じ性を持つ身だ。逆を言われるならまだ分かるが、まさか主自ら受け入れる心積もりでいたとは。

「いえ、でも、主様にそんな、負担がかかるようなことは」
「私を誰と思うておる。惚れた男一人受け止められぬほどやわではないわ。それとも――私では、気が乗らぬか」
「滅相もないです!」

不安げな声音で主が言うので、糸雨は驚いて即座に大声で否定した。
尊大さとしおらしさを交互に覗かせるところがたまらない。ときめきで心臓がどうにかなってしまいそうだ。
主は糸雨の大声に一瞬目を瞠ったものの、すぐに艶美な笑みを浮かべた。

「なれば、おぬしの望むがままにするがよい。私は……そうされたい」
「もう、あなたって人は本当に……」

健気で愛くるしいことばかり言って、どこまで喜ばせるつもりなのか。
歓喜のあまり糸雨の昂りは天を衝かんばかりに頭をもたげ、待ちきれずに涙を流している。ここで引いては男が廃るというものだろう。
糸雨は主の両足をすくい上げ、左右に開かせた。


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