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どれほどそうしていたか――加減も分からず貪ったせいで、糸雨の方が苦しくなってしまい顔を上げた。
二人分の唾液に濡れた口唇から吐き出される息は、先程よりもっと速い。水中から浮上したばかりのようだ。それは主も同様だった。
間近で見つめ合えば、ふたつの吐息が絡み合った。

「好きです……主様……」

糸雨は低くつぶやきながら主の首筋に鼻をうずめると、呼吸に合わせて肌の香りを深く吸い込んだ。
雅やかな芳香のなかにほのかな汗の匂いが混じっている。
官能的なその香気に誘われ、薄く汗ばんだ首筋に吸いついた。

「う……」

浮き出た筋に沿って口づけていき、首元から喉仏まで舌で辿る。
すると、主の口から声とも吐息ともつかないような小さな喘ぎが間断なく忍び漏れる。
その甘やかな声に勢いづいた糸雨は、顎下に口づけながら布地の上から彼の脇腹を撫で、それから緩んだ衿元に手を差し入れた。

「あ、糸雨……」

襦袢の衿は、ただ手を入れただけで容易にはだけた。
「好きにしていい」という主の言質を盾に、右の掌で彼の胸を撫でる。硬く平らながら、しっとり吸いつくような手触りが好ましい。
親指で胸を探ると小さな突起が触れた。
そこは柔らかく控えめで、指の腹で押し潰すと主がくすぐったそうに身をよじった。

「これ……よさぬか。こそばゆいわ」

制止の声すら甘く掠れている。それではもっとしてくれと言っているようなものだ。
聞こえないふりをした糸雨は続けて乳嘴を揉んだ。そこはすぐに硬く尖り、赤く色づいた。
健気に立ち上がったそこを指先でつまんでみれば、「んっ」とやや高めの声を上げながら主の腰が大きく跳ねた。
糸雨はごくりと大きく生唾を飲み込んだ。

「こら、よせと申すのが聞こえぬか、……あっ」

糸雨は衿をグイと大きく広げると、尖った乳頭を唇で覆った。そのまま吸い上げ、口の中で舌を這わせる。
舌先に触れる突起を舐めまわし、溢れる唾液ごと吸うと、戸惑ったような主の声が上がった。

「あ、あ……糸……ん」

控えめに声を上げる彼の手が所在なさげにうろついた末に、糸雨の肩を押した。
しかしろくな抵抗になっておらず、悦いのか嫌なのか、どっちつかずの仕草で主が肩口の着物を握り込む。
糸雨は構わず乳嘴を味わった。左だけでは飽き足らず右の乳も。空いた片方にすら指先で突起を弄んだ。

主の身体はどこもかしこも甘い。
そう感じるのは過ぎた愛おしさゆえか、ヒトであることを已めた彼が本当にそういう造りをしているのか――。

ずっと舐め啜っているうちに薄い皮膚がふやけ、それにつれて主の声も大きくなっていった。
いつしか主は顔を逸らし、口元を片手で押さえている。くすぐったいと笑う様子はもうない。
血管が透けるほどなめらかな象牙色の肌を上気させ、髪が汗で張り付いている。己を取り繕う余裕すら忘れたかのようだ。

糸雨は息を乱したまま無言で上体を起こすと、腰に差した匕首を素早く引き抜いた。それを傍らに置いてから忙しなく袴紐の結び目を解く。
堅固に結ばれた紐がひどく邪魔に思え、もどかしくも乱雑に解くと袴を足袋とともに脱ぎ捨てた。
長着の帯も解いたものの脱ぐのが億劫になって、半端に羽織ったまま襦袢ごと前を開いた。

当初あれほど肌寒く感じていた神域であるのに、今や薄着になっても全く寒気を感じない。
内から火照って全身が熱い。特に下腹が。
股間の一物が下衣を押し上げ、痛いほど脈打っている。
下帯が性に合わず半股引を下着として使っている糸雨だが、このぴったりとした締め付けが今ばかりは恨めしい。

間を置かず再び屈み込むと、彼の襦袢の腰紐に手を掛けた。
すると、恍惚とした瞳で糸雨の裸身を眺めていた主が急に我に返り、その手を押しとどめた。

「待て、糸雨」
「主様?」
「私の衣は……そのままに」
「どうしてですか?俺はあなたを、全部見たい」

目の前に獲物をぶら下げられた肉食獣さながらに息荒く告げる。
制止の手を無視して脇腹で締められた結び目を解きにかかれば、もとからそれほど固く結ばれていなかったようで、力を入れずともすぐさま緩んだ。

それを尚も止めさせようと、糸雨の手に細長い指が絡む。
糸雨が不満げな目をして見下ろした時、主が躊躇いがちにつぶやいた。
あまりに小さい声音だったので一度では聞き取れず、糸雨は「何ですか」ともう一度伺った。

「……醜くは、ないか」
「……はい?」

ぽつりと零された言葉の意味が理解できず、糸雨は思わず聞き返した。
主は乱れた衿をかき寄せると、己が身を守るように胸の前で両腕を交差した。

「かような傷など……興醒めであろう。ゆえになるべく、おぬしの目に触れさせたくは、ない……」

主が言っているのは背の火傷痕だ。彼の心の傷そのものであり、本音では「醜い」と思っている。
好いた相手にそれを晒すのは、よほど勇気の要ったことだろう。
心を交わし合った今、先刻傷痕を見せてくれた主の恐れがどれほどのものだったかを糸雨は痛感した。
驚きつつも憐憫で胸が痛む。そんなこと、少しも思っていないのに。

彼の尊厳を傷つけぬよう柔らかい微笑みを向ける。
強引に解こうとしていた腰紐から手を離し、主の身体と褥の間に腕を差し込んで起き上がらせると優しく抱いた。そうして耳元でしかと告げる。

「あなたの身体に醜いところなんて、何一つないですよ」

抱きしめたまま、布越しに主の背を撫でる。愛おしくて仕方がないというように。
実際その通りで、肩から腰までまんべんなく掌で優しくさする。
すると、元から乱れていた絹襦袢はあっけなく肩から滑り落ちた。しかし主はもう何も言わなかった。

黒髪の合間に手を潜り込ませ、あらわになった裸の背をそっと撫でる。
滑らかな他の肌とは一転して、掌に感じる引き攣れた皮膚。干からびてごつごつと硬く、指に引っかかる。
数多の苦難を耐え忍び、彼がこれまで背負ってきたものだ。醜いはずがない。
願わくば、主の抱えた苦しみを少しでも和らげてやりたい――そんな想いを込めて、糸雨は爛れた肌を慈しんだ。

「糸雨……」

主は糸雨に撫でられながらうっとりとした溜め息を吐いた。心から感じている吐息だ。
普段からこの傷をひた隠しにし、誰の目にも触れさせない徹底ぶりである。
こうして糸雨が触れている今、主にとっては青天の霹靂の如くのことだろう。けれど喜びに満ちている。

「……平気ですか?」
「ああ……心地好い、とても」

陶然と答えた主の手が糸雨の背に回される。その手は半端に引っかかっている長着を襦袢ごと引き下ろした。
続けて長い指が背骨を辿ると、ぞわぞわとして糸雨は頓狂な声を上げた。

「ちょっ……何するんですか、主様」
「なに、おぬしと同じことをしたまで」

くく、と喉の奥で主が笑う。彼はすっかりいつもの調子に戻ったらしい。
驚いて抱擁を解いた拍子に長着が脱げてしまった。
糸雨は袖から腕を引き抜いて邪魔な上衣を傍らに放ると、仕返しとばかりに肘で引っかかっていた主の襦袢も脱がせた。

行灯の明かりを受けて浮かび上がる裸身は、夢のように美しかった。
先程まで執拗に弄り回した胸は、両の乳嘴がツンと立ち上がり、濡れて赤く腫れている。
その下に続く腹は綺麗に筋が入って引き締まり、腰の曲線までもがなんとも魅惑的に目に映る。

いつも糸雨が想像していた主は妙に華奢だったが、まったくそんなことはなかった。理想的なくらい無駄なく鍛えられた身体だ。
だからこそ衣を纏った彼は細身でも風采良く見えたわけである。
こうしていざ裸身を目の当たりにしてみれば、むしろその肉感が色っぽい。己の想像をはるかに超えて。

玉容に見惚れているうちに腰紐もついにほどけた。脇腹のあたりで襦袢がかろうじて纏まっている。
そこから際どくのぞく下腹部に目をやった糸雨は、思いがけず狼狽えた。

「主様……あの、もしかして下……」

穿いていないのではないか。
まさか主に限って常日頃自然のまま遊ばせているわけではあるまい。着用しているのが下帯か、はたまた糸雨のように股引かは知らないが。
白絹に紛れて黒い下生えが見え隠れする。そしてその前に布を押し上げている屹立が。
主は嫣然と目を細めると、自ら襦袢を取り去ってしまった。先刻はあれほど脱ぐのを躊躇していたのに、肚を括った途端に潔い。

「主様、……んんっ?」

表にさらされた箇所を凝視しようとした糸雨を遮って、主は下から口づけた。
啄ばまれると抗えずに糸雨は応じた。口づけながら再び背を撫で、腰に手を回す。
その中心に触れて良いものかどうか、人体のなかでも特に敏感な場所なだけに考えあぐねていると、主の手が糸雨の脇腹に這った。
脇腹は弱い糸雨であるので、じかに撫でられると反射的に腰を引いてしまった。

「ん、ぬし……ん、ぅ」
「ふふ……」

戯れるように口づけを交わしながら、主の手がするすると素肌を撫でていく。
その手はやがて、糸雨の股座に辿り着いた。硬く膨れ上がっているそこを、半股引のうえから上下に撫でさする。

「う……主、様」

性的な触れ方というよりは、珍しいものを触ってみたい好奇心、といった動きだ。その仕草は、糸雨と同じく初めての房事だからこそだと知れた。
蔵に収められた物の本で知り得た手順だとか心得だとか、そんなものは関係ない。
愛しい人のことを、身も心もより深く味わいたい――ただただそうしたい。
それは糸雨も同じだ。だから、己の手を自然と主の下腹部に持っていった。

「……あっ」

布越しの糸雨と違い、じかに性器を握られた主は大きめの声を上げた。
硬く勃ち上がったそれはたしかな重量がある。そして熱い。生き生きと脈打っている様に、糸雨は少し感動した。
愛しい人が自分との行為でこんなにも興奮してくれているのだと思えば、嬉しくないはずがない。

「あっ、う……、ん、んっ……」

糸雨は、自分を慰める時のように上下に擦った。対面では勝手が違うものの、くびれに指を掛けて絞る。
すると主は艶声を上げながら、糸雨の膨らみに置いた手を半股引の結び目に移した。
ところが急所を握られていては指に力が入らないのか、きつく結ばれた紐をほどくことができずに苦戦している。

口づけたまま甘く喘ぐ主に、慈心でやや凪いでいた糸雨の劣情が一気に盛り返す。
糸雨は思い切り体重をかけると、主を今ひとたび柔らかい褥に沈めた。


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