Sun shower | 03


こよみが前職の同僚男性・小野からの電話着信を受け取ったのは、日曜日の午後のことだった。

「もしもし!小野くん?久しぶりだね!」
『おー、久しぶり。あのさ鬼怒川、次の金曜の夕方って空いてねえ?』
「え?なんで?何かあるの?」

聞けば、小野と同じ営業一課の女性事務員が結婚し、産休に入ることが決まったのだと言う。
営業一課はこよみにとっても古巣であり、件の女性事務員はこよみが総務部に異動する前に、業務の引継ぎをした後輩だ。
お祝いのために小さな食事会をするので、こよみも参加しないかという誘いだった。

「えっ!お誘いありがとう!わたしも行っていいの?行きたい!」
『本人が希望してるんだよ。じゃ、参加ってことでいい?』
「えー、嬉しいな。うん!場所とか会費とか教えて」
『了解。後でメッセージで送るよ』

通話終了直後に送られてきた簡素なメッセージには、会場のカフェレストランの住所と参加費用が記載されていた。
こよみは『ありがとう』のスタンプを送った後、ふと気がかりな点が浮かび、すぐにメッセージを打ち込んだ。

『ちなみに、ドレスコードはありますか?』

三分後に返事が届いた。『パーティーじゃなくてホントによくある食事会。普段着で』

こよみは再度感謝のメッセージを送ると、手帳アプリに予定を書き込んだ。
営業一課の顔ぶれは、こよみの在職時からほとんど変わっていない。こういった催しは初めてではないので、雰囲気も想像がつく。
あっという間に当日は訪れ、こよみは外部からの参加ということもあり、そこそこ丁重に扱われた。特に登場時は、主賓と同程度には。
恐縮に感じつつも楽しい時間を過ごし、二十時頃に食事会はお開きとなった。



* * *



「……で、解散後に駅付近を小野くんと二人で歩いていたので、五条さんが見たのはそれではないかと思います」

オチもへったくれもない。単なる日記である。
こよみは緊張しながら五条と七海の顔を見上げた。

「ふーん。そっか、同僚だったんだ」
「何を勝手にがっかりしてるんですか?」

五条はわざとらしく唇を尖らせながら言った。
まともに取り合っては馬鹿を見るのは自分だと頭では理解しているが、物申さずにはいられない。
悪いのは勝手に期待して勝手にがっかりしている五条のみである。

「後輩の良い報告を聞けてよかったですね」

続けて、七海が穏やかに感想を述べた。
そうとしか言いようがないだろうと、こよみはありがとうございますと返事をしつつ、肩を縮こませる。

「小野さんもお元気そうで何よりです」
「はい。あ、七海さんによろしく伝えてって言われました」
「え?何、そこ繋がってんの?」
「昨年六月の呪詛師騒動、わたしの前の会社ですよ。担当が七海さんで、被害者の一人が小野くんです」
「うわ、世間って狭いね。その人、呪いが見えるとか?」
「いいえ、非術師です。まぁ、状況的に仕方なく、呪いの話はしましたけど」
「へぇ。こよみ、仲良かったんだね」
「そうですね。同期ですし……。お互いの近況とか、やっぱり話し足りなくて、今度、」

そこでこよみはぴたりと言葉を止める。不自然な沈黙に、五条と七海がこよみに視線を留めた。

「今度?」
「ご……ご飯でも……?」
「おっ。いいじゃん。二人で?」
「そこ掘り下げなくて良くないですか?」
「だって、ほらやっぱりデートじゃん」
「デートかどうかは知りませんけど、やっぱりじゃないでしょ!?これからの話なんで!」

不覚にも、五条の興味の種を自ら蒔いてしまった。こよみは言い分を重ねながら、やってしまったと頭を抱えた。
しかも、よりにもよって七海がいる前である。
幸運にも、小野は共通の知り合い。下手な言い訳は必要ないとはいえ、『デート』という単語を使うのは本音に蓋をするようで心苦しい。
五条もこの場にいる今、旗色が悪い。自分さえ下手を打たなければ招くことはなかった、面倒な状況である。

「五条さん、いつまでも子どもみたいなことでからかって、彼女を困らせるのはやめてください」
「えー?」
「えー、じゃありません。話題が何であれ、鬼怒川さんが困ることを聞くなと言っているんです」
「七海は真面目だなぁ。僕はあんまり非術師と交流することないし、どんな話するのかとか興味あったんだけどさ」
「そ……そうですよね……?」
「鬼怒川さん、術中にはまってます」

七海の鶴の一声でこよみは口を噤むが、内心では「七海さんは真面目だなぁ」と考えていた。
とはいえ、今は話題の男性が小野だから面倒ごとを避けられているだけで、より話題にしづらい登場人物の話であれば、七海に同意するところだ。

「それに同僚と食事くらい、普通に行くでしょう」
「同僚でも異性と二人なんだから、いじりたくもなるじゃん」

もういじりって白状してますけど。
こよみがジト目で五条を見上げていると、七海は淡々と言葉を続ける。

「そう言うなら、私と鬼怒川さんも行っていますし」
「へ?」
「ん?」

さすがに思いもよらぬ返しだったようで、五条も一瞬動きを止めた。

「いつ?」

全く知らないわけでもないが、もし意外性のある答えが飛んで来たら面白い。そんな思いで五条は尋ね返した。
こよみはハラハラしながらそのやりとりを見つめることしかできない。

「先月と今月に一度ずつ。ていうか、あなた知っているでしょう、ホワイトデーのほうは」

「知ってるんですか?」と口に出しかけて、こよみはぐっと堪える。顔から火が出そうだった。

「そうだけどさ。結局どこ行ったの?」
「そこまで言う必要はないです」
「なんだよケチ。こよみ、楽しかった?」
「へっ!?え、そりゃあもう!」
「私の手前、そう言うしかないですよね。では五条さん、もう何も聞かないであげてください」

「失礼します」と一言付け加えると、七海はさっさと背を向けてしまった。
その場に残されたこよみと五条は、その背中を見つめて目をまるくしていた。
我に返ったこよみが五条の顔を見上げると、五条は笑顔と真顔の中間のような、妙な表情を浮かべていた。

「あれ、マウントだよね?」
「え?……いや、誰にですか?」
「僕に」
「…………いや?」

もしそうだとして、必要性がないのでは。
こよみは大真面目な表情で首を傾げて否定する。

「……へ、変化球ですけど、わたしを憐れんで庇ってくれただけでは」
「いーや、あれは“小野クン”に対してもマウントだね」
「この場にいないのに!?」
「なんか今の七海、こよみにずっと優しかったじゃん。よかったね」

五条は軽快に笑い、手の中のペットボトルに口をつけた。残り少ないピンク色のいちごオレが傾き流れる。
こよみは手の中の缶をころころと転がしながら、無言で足元を見ていた。

五条の言う通り、七海は優しかった。
紳士的な気遣いと、不思議な余裕に溢れていた。まさに形容し難い。不思議。

「……あの五条さん。一つ聞きたいんですけど……」
「うん、何?」
「七海さんは、電話口ではどんな反応を……」
「電話口?ああ、こよみが男の人と歩いてるよって、七海に言った時?」

こよみはこくりと頷く。頬が熱くなり、冷や汗が流れた。

「僕の行動に呆れてたね。仕事の要件だけにしろ、って怒ってた。第一声は」
「……そりゃそうですよ」
「その後は確か、『そういう内容は他人に言うな、こよみに迷惑だから』みたいな感じのことを言ってたかな」
「…………、さすが、大人オブ大人……」

正解の対応が存在するかどうかは知らないが、少なくとも五条の言うことが本当であれば、こよみはそう評価せざるを得ない。
「あ、でもね」と言いながら、五条がこよみに顔を近づけた。にんまりと釣り上がった口の端がいやらしい。
こよみは警戒して一歩分後退しながら、五条に「なんですか」と続きを促した。自分の質問の答えなのだから、覚悟を決めるしかない。

「『仕事でもそれ以外でも、何か気になることがあれば、私が直接彼女に聞きます』って」
「………………」

「もし本当に、その“小野くん”が彼氏だったら、七海はどんな反応したんだろうね」

五条のからかい半分のその問いに、こよみは首をひねることしかできなかった。
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