Sun shower | 02


雑談よりも仕事。
就業中だから当然のことだ。

隙を見つけては、というより隙を作り出そうという魂胆で、五条は気の散る話題を提供し続けた。
こよみは「はいはい。ハンコはここです」と受け流しながら、五条のデスクの隣に控え、彼の前に書類をスライドする作業を繰り返していた。

「ちゃんと確認してます!?」
「うん、やってるやってる」
「あっ、ここは自署欄です、ハンコはこっちに」
「もうこよみにハンコ渡していい?絶対その方が早いって。僕は目を通すからさ」

かくして、こよみは五条のデスクの隣の席を拝借し、押印した書類を手早く積み上げていく役目を担うことになった。
こよみの小言はなくなったが、無言の圧が押し寄せる。
五条は苦笑しながら、隣で黙々と作業をこなすこよみの頭の天辺を見た。

「こよみ、すっかりここの仕事に慣れたね」
「え?……いえまあ、まだやったことがない仕事の方が多いですけど……」
「仕事楽しい?」
「……手と目を動かしてもらっていいですか」
「厳しいね〜。後で飲み物買って話そうか」
「……、上長面談ですね?ふふ、わかりました」

「仲良いっスよね、鬼怒川さんと五条さんって。なんか、変な意味じゃなく」

呪術師の送迎を終えて事務室に立ち寄った新田が、こよみと五条の作業の様子を眺めて感心したように呟いた。
伊地知はお疲れ様です、と答えながら、同様に二人のいる方向へ視線を向ける。
こよみの口調が怒りに荒れても、そこに憎しみはない。五条もまた、こよみに対して良くも悪くも遠慮がない。

「鬼怒川さんは……なんというか、どなたに対してもしっかり気持ちを出せる方だから、だと思います」
「あぁ。わかるような気がするっス」
「五条さんはそういう方がお好きだと思いますし」

御三家の御曹司であり、五条家の当主。
五条悟はこれまでもこれからも、多くの人間の強烈な感情の向かう矛先として君臨し続けるのだろう。
呪術師の心を支える人間になりたい。こよみの目標は、こよみ自身の努力と周囲の理解によって、少しずつ周知の実績となりつつある。
五条の気安い行動もまた、こよみの救いになっている。当人たちは細かいことなど気にしてはいない様子であるが。

「鬼怒川さんが来てくれてよかったっスね」
「そうですね」

鬼怒川こよみが補助監督になって五か月。
忙しく仕事に追われながらも、こよみはようやく、毎日の充実を実感し始めていた。





「じゃ、お疲れ」
「お疲れ様です。っていうかすみません、今日のごちそう、二杯目……」
「いーよ、どっちも僕のせいみたいなもんだし」

こよみの言う一杯目はさくらフラペチーノのことだ。
高専から、遠路はるばる新宿駅まで送迎役で出向いたこよみを労う意味で、五条がスマートにごちそうしたものである。
二杯目・高専自販機産のホットコーヒーを手にぺこぺこと頭を下げるこよみに、五条はあっさりと殊勝なことを言う。こよみは思わず目をまるくした。

「……なんでそんなにしおらしいんですか?どうしたんですか?」
「言うようになったよね、こよみも。いやー、そりゃ僕だって忙しいからさぁ、みんなも忙しいのくらい承知してるって」
「……いや、でもそれなら尚更、わたしばかりごちそうになると伊地知さんたちに悪いというか……」
「そこは黒たまごで勘弁してもらおうかな。ていうか、こよみにはこれで貸しだから」
「はい?」
「何とぼけてんの。デートの話して」

こよみが数秒の逡巡ののちに口を開く。「やっぱり、コーヒーのお金払います」

「冗談だよ。目が怖いよこよみ」
「何が冗談ですか。むしろ、わたしが聞かせてもらいたいところなんですけど!」
「あ、そういえばさっき言ってたね、後で詳しく聞くって」
「七海さんになんて言ったんですか?」
「僕が見た通りだよ、こよみが男と歩いてるって」

こよみはじっとりとした視線を五条に向けた。
五条は相変わらず、にやにやと楽しそうな笑顔を浮かべている。

「五条さん。自分がされて嫌なことは人にしちゃいけないって、昔言われませんでした?」
「その心は?」
「中学生みたいなことしないでくださいよ!」

こよみがぎゃんぎゃん喚く度に、五条はケラケラと笑って反応する。
今どきの中学生の方が余程大人ではないだろうかと、こよみは更に嫌な視線を向ける。

「でもさぁ、結局まだ事態を知らないままで……あっ、七海だ」
「は!?」

そんなことあるか、とツッコミを叩きつけたいこよみの気持ちは、実際に七海が登場したことにより儚く散った。
「お疲れ七海〜」とひらひらと手を振る五条と、隣で変な表情のまま硬直するこよみを一目見て、七海は眉間に僅かにしわを寄せた。

「……お疲れ様です」
「おっ、お疲れ様です」

七海は自販機と向かい合うが、五条とこよみが会話を止めて自身を見つめている状況に、耐えきれずに言葉を続けた。

「どうぞ、私に構わず会話を続行してください」
「えっ!?」
「驚かれるほど変なことを言ったつもりはありませんが」

こよみは缶コーヒーを両手で握りしめたまま、肩を跳ね上げ、そして次にはしゅんと肩を落とした。
五条は笑い、七海は疑問符を浮かべる。こよみは五条を横目で睨みつけながら、内心こう考えていた。誰のせいだと。

「こよみ、さっきの話、七海にも聞かれてもいいやつ?」
「へっ?」

五条が内緒話のように声を潜めてこよみに問う。こよみは高身長の五条に合わせるように耳を上に向ける動作をした。
七海は自販機に投入するために出した小銭を手の中に握ったまま、無意識のうちに二人の言動に見入っていた。
会話の内容までは聞こえないが、二人の距離も、こよみの表情も、随分と親しい仲のそれである。
こよみは全くもってにこやかではないが、良い意味で遠慮のない関係性が伝わってくる。七海は少々、不可解な心地だった。

「……えーと……まぁ、はい」

煮え切らない肯定の返事がこよみの口から漏れ聞こえた。
五条は「そう」と呟いて顔を上げると、七海をまっすぐ見つめてひらひらと手招きをした。

「七海。ちょっと休憩がてら話そうよ。こよみが例のデートの話してくれるってさ」
「デートじゃないんですよ……」

「何故自分まで」という考えが七海の頭をよぎったが、すぐに思い至った。
約一週間前、なんの前触れもなく五条から聞かされたのは、こよみが男と歩いているという下世話な報告だけだ。おそらくその話だろうと見当をつけ、七海はため息を吐く。

「鬼怒川さん、嫌なら嫌と言っていいんですよ。同情します」
「あ、ああ。いえ、嫌っていうか、七海さんまでくだらない話に巻き込むのはちょっと……」
「くだらないのは五条さんの報告であって、鬼怒川さんのプライベートではありません」
「七海、それ聞きたいのか聞きたくないのかどっちなの?」
「それ以前に、私とあなたに、鬼怒川さんに話すのを強要する権利があるわけがないでしょう」

直球の正論である。
こよみは思わず、大人の対応を見せる七海に拍手を送りたくなった。
しかし、話を大きくされても厄介だ。こよみはあの、と口を挟んだ。

「勝手に盛り上がってますけど、全然大した話じゃないんですってば!」
「そうなの?じゃあ言ってみて」
「ええいいですとも!」
「鬼怒川さん、安い挑発に乗らないでください」

そうは言っても、こちとら安い話である。
こよみは七海に「良かったら座ってください」と促した。七海は購入した緑茶のボトルを手に、ひとまず腰を下ろした。
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