幻のドラゴン | 10


「あっ。鬼怒川さーん」

居酒屋の木の引き戸を開け、どやどやと明るく入店してきたのは、吉田率いる四人組だった。
こよみが自身の名字を呼ぶ声に振り返ると、笑顔で手を振る吉田と視線が合った。
彼女の後ろにいたのは、スーツ姿の女子生徒と、ロボットのような顔の男だった。
その背後から、最も高身長の七海が続く。
普通と異質のコントラストがすさまじく、総じて異彩である。こよみは手を振りながら、頬が軽く引き攣るのを感じた。

「お疲れ様です、吉田さん、皆さん……」
「お疲れ様です。あ、生徒たちとは初対面ですか?」

こよみは頷くと同時に、“生徒”というキーワードに引っ掛かりを覚える。
先の電話で七海も言っていたことだ。一緒にいるのは京都校の補助監督と生徒の一部だと。

「いらっしゃいませ。お連れ様ですか?よかったらお座敷に」

こよみの背後から女性店員がひょっこりと顔を出し提案する。
吉田は「あ、ここじゃ邪魔になっちゃいますね」と言いながら、どうしたものかと僅かに首を捻る。

「吉田さん、私とメカ丸で先生担いで車に向かいますよ」
「そうだナ。ゆっくりするつもりはないだろウ、後から会計して出てきてくれれば良イ」
「あっ、そうですね。そうしましょう。店員さんすみません、この席のお会計を……」
「あ、済んでます」

こよみが領収証を手に席から立ち上がる。
既にこよみの隣では、二人の生徒が歌姫の背中を揺すりながら声を掛けている。

「あああ、もう、さすが!って、庵先生はお支払いしてます?」
「あ……いえ、でもいいんです、今日は歌姫さんにとってもお世話になりましたし」
「ちょっとー……もう、今度は私たちが払いますからね!」

キリッと表情を整えると、「ご馳走様です」と言って吉田が頭を下げる。こよみに一礼、七海に一礼をしながら。

「三輪さん、メカ丸くん!車回してきちゃうから、お店の外で待っててくださいね!」

歌姫を両側から支えながら、生徒二人――三輪とメカ丸は「はーい」と返事をした。吉田は素早く店を出ていく。
そのすぐ後に三人の影が連なり出ていく。店内に残されたこよみと七海は一瞬顔を見合わせた後、ゆっくりと出口に向かって歩を進めた。

「……お疲れ様です。……七海さんは、何人にご馳走を?」
「お疲れ様です。食事会にはさっきの三人と、あと二人女子生徒がいましたね」
「おお……」
「まぁ、メカの彼は食べられないのですが。女性だけにしては、良い食べっぷりでした」

七海の声音は、どこか弾んでいるように聞こえた。
楽しい宴席だったのだろう。こよみは「いいですね」と返事をして、七海の一歩前を歩いた。

「ありがとうございました!」
「ご馳走様でした。おいしかったです」
「すみません。お騒がせしました」

引き戸に手を掛ける直前、店員たちの見送りの声が飛ぶ。
こよみの謝意は最もだが、七海もそう言って軽く頭を下げた。
七海らしい紳士的な振る舞いに、こよみの胸が僅かに音を立てて跳ねた。
たとえ自分に向くものでなくとも、ときめいてしまうのだから始末が悪い。




「あっ」

店の入口から五メートルずれた場所に、三輪とメカ丸が立っていた。
声を上げたのは三輪だ。

「七海さん、鬼怒川さん!こちらです!」
「はい」
「えーと、二人とも、先生のことありがとう」

近寄りながら、こよみが声を掛ける。三輪はいえいえ、と大きくかぶりを振る。
三輪はメカ丸と一瞬顔を見合わせた後、揃ってこよみの顔を見つめた。

「鬼怒川さん、はじめまして。私、三輪といいます」
「究極メカ丸ダ。はじめましテ」

軽く頭を下げられてしまい、こよみもつられて同じ動作をする。

「はじめまして。メカ丸くんは……傀儡操術?」
「そうだガ……よくわかるナ」
「一応、主要な生徒の等級と戦闘方法の情報くらいはね」

呪術師にとって、術式の開示のタイミングは戦略の一つでもある。
そのため、術式を公にしていない呪術師も多くいるが、相手が学校関係者となると少々事情は変わる。
メカ丸は高専の保護という経過を経て入学した人物である上に、その姿を見て事情を聞かぬ人間の方が少ないだろう。
“メカ丸”その人はロボットであり、食事を口にしない。それでも宴席に来ていたのはどういう理由からだろうか。
こよみが眼前の二人の顔を交互に見上げていると、口火を切ったのは三輪だった。

「あの、いつも東京のお菓子を生徒宛にくれますよね。ありがとうございます」
「え?そんなの気にしなくていいのに。それに、メカ丸くんは食べられないよね」
「気持ちは受け取っていル」
「……大人だね……。気持ちを傷つけていなくてよかった。ありがとう」

なるほど、きっとメカ丸は協調性があるのだろう。
女子生徒ばかりの輪に入ってでも仲間と一緒に過ごす時間を大切にしたいと考える、優しい人物。こよみは数少ない会話の中から、暫定的にそう結論付けた。
三輪も、非常に礼儀正しい印象を受ける。呪術師にしては珍しいほどに。

「さっき、七海さんにお電話していただいたかと思うんですけど……歌姫先生と一緒なのは聞いていたので、合流したいなと思ってたんですよ」
「え、そうだったの?」
「はい。私たち、鬼怒川さんともお話したかったから」
「それなのにごめんね、電話、すぐ出られなくって」
「仕方ないですよ。歌姫先生に絡まれてたんじゃないですか?」
「この人、酒好きなのに酒癖が悪いかラ」
「あはは。みんな、仲いいんだね」

生徒との食事会は、教師である五条も時折出かけている。
ただ彼の場合は酒が飲めないため、食事メインの席で良いらしい。
京都校の場合は、飲み会もアリのようだ。生徒たちを監督する立場の教師の歌姫がこの状態でも、彼女はよく慕われている。

「ん〜……何?硬い、冷たい……もしかしてメカ丸?」
「あ、やっと起きた。先生ー、お茶ですよ!」

ぺちぺちとメカ丸の顔を叩きながら、歌姫がようやく目を覚ました。
メカ丸は表情が変わらないものの「やめてくレ」と抵抗の言葉を発している。
三輪はペットボトルの緑茶を歌姫に差し出しながら、メカ丸の反対側に立ち彼女の腕を支えている。

「ふふ……」

こよみは三人のやりとりを横から眺めながら、小さく笑った。
京都校の他の学生には会ったことはないし、東京校の生徒たちとの関係性なども知るところではない。
それでも、東京校の真希たち四人が学生らしく楽しく過ごす様子を見て心が温かくなるように、京都校の生徒たちにも、穏やかで楽しい毎日を享受してほしいと思う。

「あ、先生起きたんですね。よかった。後部座席にどうぞ!」

数分後、彼らの前にぴたりと着けた黒塗りの高専専用車の運転席から、吉田が顔を出した。
後部座席のドアを開けて歌姫の身体を押し込むと、三輪は素早く車の反対側に回る。
ドアを開ける直前、こよみと七海の顔を見て再度微笑んだ。

「七海さん、今日はありがとうございました。勉強になりましたし、お食事も楽しかったです」
「ありがとうございましタ」
「いいえ。私も学びが多かったですよ。二人とも、今後も精進してください」
「はい!鬼怒川さんも、ありがとうございました!」
「こちらこそ。今度ゆっくり話そうね」
「吉田さん、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
「あら、私なんかにもそんな。とんでもないです、こちらこそ。お疲れさまでした」

「ン……、歌姫先生も何か言いたそうにしてル」

思い思いの別れの挨拶が飛び交う中、メカ丸が隣に座る歌姫のために後部座席の窓を開けた。
歌姫の手がメカ丸の上半身の前を横切り、窓の縁にかかる。こよみは歌姫の顔を見るべく、顔を近づけた。

「歌姫さん。今日は楽しかったです、ありがとうございました」
「いーえ、こっちの台詞よ。ごめんねえ、こんなグダグダな解散で。あ、それから七海」
「そんなことないですよ……って、え?七海さん?」
「……私ですか?」

こよみが振り返ると、七海は車体に一歩近付いた。
何事かと大きな身体をかがめ、後部座席を覗き込む。

「七海、鬼怒川さんのこと、大事にしなさいよぉ……」

直後、ごちんという硬質な音が七海の耳に届いた。寝ぼけた歌姫のおでこが、メカ丸の側頭部に頭突きをかましたのだった。

「え!?メカ丸大丈夫ですか!?」
「俺は別に痛くないガ……先生は大丈夫カ?」
「寝てます」
「……ならいいカ」

「もう、締まらないですねえ。じゃあ、お二人ともまた!」

歌姫の身体をメカ丸が正しい位置に戻し、運転席の吉田の元気な声を合図に、車は発進した。
その場に残されたこよみと七海は、呆然と車を見送ったまま、しばらくそこに突っ立っていた。

(……大事にしろ?え?七海さんに言うこと?何がどうしてそうなるの?)

一月の京都。時刻は午後九時半過ぎ。
明るい飲み屋街の中、こよみと七海の間を、冷たい風が吹き抜けていく。
こよみは急激に熱をもつ顔をどうにもできずに、無言でそこに立っていた。
正面の焼鳥屋の軒先の赤ちょうちんの淡い光が、二人の白い頬を赤く照らしている。

「……ホテルに帰りましょう」
「…………そうですね。タクシー呼びますか?」
「ホテルまで徒歩十分だそうです。タクシーを待っていたらそのくらいかかるでしょうね」
「それもそうですね」

じゃあ歩きで、とこよみがゆっくりと返事をする。
スマホの地図アプリを表示した七海が、ゆっくりと足を踏み出し、赤ちょうちんの前から離れる。
振り返ったその顔を見上げ、こよみもまた、七海の背を追って足を進めるのだった。
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