綺麗なものを見た時、人はみなその綺麗なものが欲しくなってしまう時がある。それが例え人の目の色とか、髪の色とかでも。綺麗と思ったその瞬間、いいなと憧れてしまうのだ。

そして、私は今日もまた、その綺麗な姿を目で追っていた。

「車田さんは神童を!天城さんは天馬を!信助、お前はボールに食らいついていけ!」
『……』

ディフェンスの要とも言われる程のまさにディフェンスの司令塔とも呼んでもいいくらいの指示力。グラウンドに響くくらいの透き通った声。キャプテンである神童とも並べるのも納得出来てしまう。動いた時に揺れるあの皆より目立つピンク色の髪。
そして、何より美しく見えるのが自分の頭上にあるあの大空の色と似ている“青色”。
とても綺麗な色をしていたんだ。

別に私は青が好きな訳じゃない。晴れている空が好きなんだ。その色を持っている霧野先輩の目の色が好きなんだ。羨ましい。正直に思った。

「悠那!何してんだ!さっさと動け!」
『――え…あ、はい!』

ボーっとしていた所為か、直ぐ目の前に来ているボールを持っていた倉間が来ていた事に気付いた。だが、気付くのが遅かったのか、悠那は直ぐ反応して足を出すが届かなく、倉間はあっさりと悠那を抜いて行ってしまった。
それを見た倉間は、不思議そうにしながらも次には不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
…ああ、今日をあわせてこれで何回目だろうか。

あーあ…と頬を軽く掻きながら、これから来るであろう倉間と霧野の説教を待った。
その時だった。

―ガツンッ!

『うがっ』
「おーまーえーはー…っ」

ほら来た、と冷や汗を掻きながら殴られた部分を軽く手で抑える。この地味な痛みは霧野はグーで殴ったのだろう、と予測出来た。そして聞こえてきたのは霧野のいい加減にしてくれ、と言わんばかりの声が混ざった言葉。殴られたのはもちろん自分の所為であるので言い訳は出来ない。
振り向こうと顔を徐々に横にズラすが、それは足に来た衝撃で遮られてしまった。

「お前、俺をナメてんのか」
『倉間先輩…』

因みにこれも予測出来ていた。足を踏まれたのは今日で初めてだけど、やはり自分を見る目はいつもとは変わらなかった。その目を見た悠那は直ぐに苦笑が混ざった笑みを浮かべて乾いた笑いを上げた。
別にナメてた訳じゃない。霧野先輩を見てた所為で反応出来なかっただけ。と、内心人の所為にしていた悠那だが、もちろんそんな事は本人の前でも、前じゃなくとも言えない言い訳だ。寧ろ人前で言ったら色々と誤解されてしまうだろう。
悠那が、軽く倉間に「すみません」と言えば、倉間は舌打ちをして自分のポジションへと戻ってしまった。

「ったく、最近こういう事が多いぞ。何かあったのか?」

YES、アナタの所為で。とはやはり言えない悠那。だが、そこで乾いた笑いを出して逃げられる程霧野は甘くはない。今もこうして困ったような表情をしてこちらを見る霧野。悠那はまた、その瞳に吸い込まれてしまった。

眉をハの字にしながらこちらを見る霧野先輩。顔のパーツも綺麗に整っている。それでも、やはり目にいくのは霧野先輩の目。
今日も綺麗な青色をしているなあ。カラコンでは決して出来ない綺麗な青色。自然の空の色だ。

『すみません、最近調子悪くって…』

本当はこんな嘘を吐きたくないが、自分の内心こう思っているという事は知られたくない。しかも本人の前で。きっと、本性を言ってしまったら霧野先輩はかなり引いた目でこちらを見るに決まっている。
本当に調子悪そうな顔をしてそう言ってみれば、次の瞬間霧野先輩は目を見開き、心配そうな表情へと変わっていく。
っあ、目の色も曇ってしまった。まるで空全体に雲が被さったみたい。この色はあまり好ましくない。

「そうか、大丈夫か?」

敢えてどこが調子悪いかを聞かないという所が霧野先輩らしい優しさだと思う。今私の心には雨が降った気分だ。自分の良心が痛む。自分が招いた事なのに、自業自得と分かりながらもやはり口に出せないのは、引かれた目で見られるのが怖かったから。
その後、霧野先輩が「円堂監督に言って保健室に行くか?」と聞かれたが、それ以上困らせるのも嫌だったので断った。

こうして、悠那の午前の部活は終わった。

…………
………

『えっとー、次は確か歴史の授業かな…』

と、屋上で一人寝転がりながら呟くのは悠那ただ一人。周りに人が居ないのは、ただ自分のクラスの授業が終わるのが早かっただけ。一人寝転んで屋上からよく見える空を見るのが好き。
最近の日課になってきたのだ。そして、最近ではたまに見える飛行機雲にも小さい子供みたいに反応してしまう程になってしまった。
うむ、今日も綺麗だ。
そう思った時だった。

ガチャッという屋上の扉が開いた気がした。直ぐに悠那は起き上がって、そちらを横目で見る。
重そうなその扉を開けるのは、他の誰よりも目立つあの髪の色。あのおさげ。そして、あの綺麗な目。サッカー部内であそこまで綺麗な色をしているんだ。直ぐに分かった。
すると、霧野はこちらの存在に気付いたのか、直ぐに歩み寄ってきた。彼の後ろを見てみるが、いつも一緒な彼が居ない。どうやら、一人で屋上に来たらしい。

「こんな所に居たのか」
『どうしたんですか霧野先輩…』

苦笑しながらこちらを見下げてくる霧野。疑問符を浮かべる悠那を見れば尚更呆れたような、それでいて心配そうな表情をしてこちらを見てきた。そんな彼を見ても、悠那の目は霧野の瞳にいき、それを自分の頭上にある大空と比べていた。
もう一度会うのは午後部活だと思っていたが、まさかこうも早くこの先輩に会えるなんて。
と、また自分の世界に入ってしまったので悠那はハッとしたように霧野に質問をした。

『先輩こそ、何でここに…』
「お前を探してたんだよ」

私を?と自分を指差しながら呟けば、霧野はそうだと言い、悠那の隣へと座りだした。はて、自分に何の用だろうと首を傾げながらボーっと霧野の横を覗けば、徐々に赤くなっていく彼の頬。彼に何があったのだろうか、と疑問符を浮かばせながら暫く頭上にある大空を見上げ始めた悠那。
その時、霧野がこちらを振り返ってきた。

「お前、最近ボーっとしてるだろ?動きも鈍いし、何かあったんじゃないか?」
『ボーっと…?』

確かに自分は気付いたらボーっとしており、気付いたら霧野先輩に頭を殴られていた。今日もそうだった。
それを霧野先輩が気にしていたから、きっと私を探しに来てくれたんだろう。なんて、優しい人なんだろう。ただ、自分がボーっとしていた理由がなんともまあ、みっともなかった。だが、せっかくこうして霧野先輩が心配してきてくれたのだ。
正直に言おう。引かれてもいいから。

『あの…霧野先輩の目を見てたんです』
「は…?目?」

そう告げれば、霧野は訳の分からなそうな表情を浮かべて頬を染めるのを止めた。そして、目…と呟きながら考えるように空を見上げる。その霧野の瞳の中に、空が映るなんてとても綺麗になるに決まっている。
上を見つめる霧野の横顔もまた、悠那にとっては綺麗に見えてしまったのだ。

「俺の目…ねえ」
『あ、あの…私空が好きで…』

空の色をしている霧野先輩の目が綺麗だから、とそう素直に告げれば、霧野先輩はこちらを驚いたように顔を赤く染めながら見てきた。完全に不意打ちだった。
私も素直に言い過ぎたか、と後悔したがやはり綺麗だったから仕方ない。誰よりも綺麗な青をしている霧野先輩の目が綺麗だから仕方ないのだ。

「って、事は…俺の目を見てたから練習に集中出来ないと?」
『あ、ああ…えっと…』

図星を突かれてしまった悠那。呆れたような、照れたような表情をしながら悠那の方を見てくる霧野。どうやら彼は自分の思った事と悠那の思考が当たっていた事に気付いたのだろう。それの霧野の姿を見た悠那は苦笑しながら頭を掻いた。もう引かれたかもしれない。「マジかよ…」と呟く彼は何故か照れた様子で頭を抱えた。
そんな悠那を見た霧野もまた苦笑を返した。それを見た後、悠那は直ぐに霧野から目線を外して空を見上げた。
自分の瞳の色は日本人の持つブラウン。そんな目に空を移したって、汚いだけだ。あの青さは霧野の瞳だからこそ綺麗に映せるのだ。
もし、この空を見続けたらこの青さが目に映るだろうか。

『先輩』
「ん…?」

空を見上げるのを止めた悠那は直ぐに霧野へと視線を移す。霧野は若干頬を染めながら悠那を見た。悠那の方を見れば、彼女は真剣な顔をしながらこちらを見ていた。また、自分の目を見ているのだろうか…?
理由がなんであれ、こんなに見られたら誰だって戸惑うに決まっている。霧野が少しだけ後ずされば、悠那もまた続くように前へと踏み出してくる。なんなんだ、コイツ。

『私の目、青いですか?』
「……」

どうやら、空を見上げていた理由は自分の目の色を変えたかったからだろう。だから、数秒だけだが空を見上げていたのだ。そう真剣そうな顔をしながら聞いてきたので、霧野は何言ってんだお前、と笑えなかった。もちろん、人の目は空なんかずっと見上げても色を変える事が出来る訳ないのだ。
だから、悠那の目の色は変わらずのブラウンの色をしている。
だが、そう答えても彼女を傷付けるだけだ。普段なら、そう気にしはしないが、今回はそうはいかない。まだ真剣な顔をしている彼女に、霧野は小さく微笑んで自分の手を彼女の頭の上に乗せた。

『…?』
「お前の目は、空みたいな色じゃないけど、他の皆より強い光りを持ってる」

輝いているんだ、と霧野がそう言ってみせれば悠那は不意打ちを食らったような間抜けな顔をして、数回まばたきをした。それを見てから霧野は彼女の頭を優しく撫でて手を離した。
すると、悠那は自分の目を片手で抑え始めた。ここには鏡が無い以上、目の色は確かに分からない。だから、自分の目が空みたいに綺麗だと言われても微妙なのだ。
だが、他人の目は?自分から見て、彼女の瞳はどう見えた?

「お前が俺の目を綺麗と言ってくれてるように、俺もお前の目は綺麗だと言える」
『私の目が…?』
「そうだ」

もう少し、自分に自信を持ったらどうだ?と悠那の額にコツンッと人差し指で弾きながら笑う霧野。ポカンとだらしなくも口をOの字に開けながら小突かれた額を抑える。
自分に自信を持つ。自分の目は、自分が認めていなくても他の誰かが綺麗と感じてくれている。
自分が、他の人の目を綺麗と感じられるように。

『……』

自然と自分の口元が上がっていくように感じられた。今日の午後練習は、集中出来る気がする。別に霧野の持つ青い瞳を見るのが見飽きたからじゃない。寧ろ今の言葉でいつもより輝いて見えたからだ。
つまり、

『私が練習に集中すれば、霧野先輩の目は輝いて前より綺麗に見える!』
「おいコラ」

もしかしたら他の人の目も輝いて見えるに決まっている。皆の輝く姿が見えるなら、

『先輩!午後練習私、頑張りますよ!』
「っちょ…

ったく、」

単純なヤツ。
そこが、アイツなんだろうけど。
いつのまにか去ってしまった悠那を見ながらそう呟いた。


俺は青、キミは鈍く輝く茶色。


end

***

最後gdgd\(^p^)/

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