どうすれば良いか分からなくなってきた天馬。自分には今の言葉が突き刺さっており、何も言えなくなってしまっていた。挙げ句の果てに悠那を巻き込んでしまった。色んな事が頭の中で混乱している天馬を傍に、隣にはさっきから喋ろうとせずに倉間を黙って見下げる悠那。
不穏な空気が漂ったままのグラウンド。その空気を断ち切ったのは意外にも南沢だった。

「円堂監督」
「何だ」
「俺、退部します」
「「「!?」」」

何かを言うなと予想されてはいたが、まさかの言葉に、その場に居た全員の目が一気に見開かれた。そしてそのまま南沢の方へと視線を送られる。南沢を改めて見てみれば、吹っ切れたと言わんばかりの表情。この空気で更に退部宣言をした南沢。これでは倉間を余計に苛立たせるものに違いない。

「辞めるって…本気なのか!?」
「あぁ、もう付き合いきれない」
「辞められるのか?」
「はい。では」
「あっ…」

車田の言葉も受け流して、円堂からの質問にも即答した。そして小さく一礼をして、あっさりとフィールドを去っていく南沢。春奈はそんな彼に何か言おうとしていたが、彼が行ってしまった以上何も言えなかった。素晴らしく何の迷いも無い判断。その判断に今は拍手を送りたいくらいだ。送らないけどね。流石に速水や浜野はこの行動は真似出来ないだろう。

「南沢さん…」

南沢の突然の行動に思わず唇を噛み締める倉間。自分の目標だった南沢、いつか自分が越そうと決めていた南沢が内申書の為で何であれ、今この時点で辞めてしまうのだ。しかもこんな辞め方は誰も想像しなかったし、誰も望んでいなかった。
そこで、倉間の中で何かがプツンッと切れたかのように、顔を俯かせた。これは南沢に対してじゃない。これは…

「雷門サッカー部を潰そうとしているのは、フィフスセクターでも剣城でも無い…



本当はお前等の方じゃないのか!?」

倉間の言葉に全員がハッとした表情になり、同時にお前等に当てはまる二人に目をやった。目を向けられたのは言われなくとも分かっていた天馬と悠那。
天馬と悠那が居なければ今まで通りのサッカーが出来た。
天馬と悠那が居なければ反乱を望む者は居なかった。
天馬と悠那が居なければフィフスセクターに目を付けられる事はなかった。
天馬と悠那が居なければ、南沢も久遠監督も辞める事はなかった。

「っ!」

全て自分の所為。
天馬にその言葉は鉛みたいに重く感じられ、矢が突き刺さったかのような痛みを感じた。ショックを受けているであろう天馬を横目で見てみれば案の定やはり受けていた。

『……ップ』

何故だろう…
何でか分からないけど、倉間先輩の言う事に笑えて来た。いや、違う。これは、今まで我慢して堪えて来た笑いだ。
隣でショックを受けている人が居るにも関わらず、肩を震わせて笑い出した悠那。何ともまあ、この場に合わない笑い声だ。

「ユナ…?」
「お前、何笑ってんだよ!!」

笑っていたのがバレたのか、天馬は悠那を不思議さうに見て、倉間は小さいながらも悠那の胸倉をいきなり掴み、志近距離から怒鳴りつけてきた。それもそうだ、こちらは今にでも殴りかかりそうになっているにも関わらず目の前に居るこの女は急に笑い出したのだ。倉間の眉間にも段々皺が濃くなってきて、片目からでも感じられる怒りも強くなってきていた。誰もが怯むであろうその睨みはまるで蛇だ。だが、そんな睨みにも悠那は怯む事も無く、笑みを止めずに真っ直ぐに倉間を見た。

『先輩、私は何度言われたって、今のサッカーは間違ってるって言いますよ』
「!?」

別に倉間の言う事が分からないからこう言うんじゃない。別にサッカー部に入ってなくたってサッカーは他でも出来るから。他でもボール蹴りなんて出来るから。だけど自分はそんなのを求めて日本に戻ってきた訳じゃない。

『じゃあ先輩。今度は私が聞きますね。先輩達は一体何がしたいんですか?友達と仲良くボールを蹴りたいからサッカー部に入ってるんですか?それとも練習して試合に勝ちたいからサッカー部に入ってるんですか?』
「んなの、試合に勝ちたいから…」

倉間にとって一番痛い所を突かれたのか、倉間は悠那から視線を反らしてしまう。だが、ここで自分に嘘を吐いても仕方ない。試合に勝ちたい。その場に居る全員が思っていた。

『だったら先輩達が今してる事は何ですか?何を我慢してるんですか?練習して試合に勝つんでしょ?でも今の先輩達はそれを我慢してるんでしょ?』
「…っ、」

そこまで言って悠那はすっかり力が緩くなった倉間の襟を掴む手をそっと離す。そして、笑みを戻し真っ直ぐに倉間を見た。

『先輩、私はね。正直試合に負けても良いなとは思ってるんですよ、これでもね』
「「「「!?」」」」
「ユナ…?!」
「……」

悠那の言葉にその場に居た人達が驚きを隠せなかった。負けても良いなら従えば良いのに、そう思った人もいただろう。天馬はどうしてと言わんばかりの表情で隣に居る#ne2#を見る。だけど悠那は天馬に目をやる事をしなかった。円堂もまた、驚いた人達の中に居たが、直ぐに悠那の言いたい事が分かった気がした。

『私は勝敗が決まった試合でわざと負けるんじゃなくってね、本気の試合で、悔いの無い戦いの中で負けるのなら大歓迎なんです』

お互いよく頑張った。
キミ達のチームプレイ凄かったね。
これでまた強くなる機会が出来る。

人との関係が作れるサッカー、それが好きだった。

『でも、今のサッカーは許せないんですよ』

人との関係をも潰す、今のサッカーが…

「悠那…」
『私は、本当のサッカーじゃないまま潰されるなら、本気のサッカーをして潰された方がマシと思っています。まぁ、潰させませんけど。それに潰されたら潰されたでまたサッカー部を作れば良いじゃないですかっ』
「!!」

円堂はその言葉を聞いて、ニカッと笑った。誰に何と言われようが、勝敗を決めて良いなんて認めない。

悠那はそこでグッと目を閉じた。

『…すみません、生意気な事言って。私、今日はもう帰ります』
「え、ユナ?!」

そう一言言い、踵を返す悠那。そして円堂に帰るという報告をする。許可は意外にもあっさりと出て、悠那は自分の使っていたドリンクとタオルを葵に渡した。

『っじゃ、天馬。道草しないで帰ってくんだよ〜』

また明日っ
と悠那は笑顔を皆に見せてから、片手をヒラヒラと振ってその場から立ち去った。

「あ、ユナ…」

葵が悠那を呼び止めようとしたが、既に聞こえないくらいの距離まで移動しており、悠那はあっという間にグラウンドからいなくなった。不意に見えた悠那の表情が泣きそうに見えたのは気のせいだろう。

「……」

円堂はただそれを黙って見送った。

…………
………


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