ー放課後ー

学校も無事終わり、早くも放課後。ユニフォームに着替え、部活に寄れば先輩達は皆揃っていた。だが、表情は曇っており、円堂に言われグラウンドに集まったは良いが顔を合わそうとしなかった。

「今日の練習メニューは――…」

神童が手に持つファイルを見て練習メニューを言おうとすれば、目の前に居た先輩達がさっさとどこかへと歩いて行ってしまった。
とは言っても部活動を止めた訳じゃない。だからといって神童の持つ練習メニューをやる訳じゃない。

「……」

その様子を見ていた神童は止める訳でも、声を掛ける訳でもない。ただ、神童も分かっていただけに辛いモノがあった。

「神童ー分かって上げてよ、皆自分のサッカーを守りたいだけなんだ」
「浜野…」

立ち去る前に神童に振り返った浜野は苦笑しながら申し訳無さそうに言った。それは浜野なりの皆のフォローなのかもしれない。
苦笑しながら言い終えた後に浜野もまたその後に行ってしまった。
振り返る際に悠那は浜野と目が合うが、浜野はまた苦笑したのだった。

『守りたい…』

私は今、何を守りたいのかな。前までの私だったらきっと昔のサッカーと言っていただろう。
でも今は…

『…?』

何だろう?

「キャプテン…?止めないんですか!?」

天馬のその言葉にも、神童は少しだけ俯いて、その後は何も言わないままベンチへと歩いて行った。
何も言わない、という事は浜野達の好きにさせておけという意味になる。

「キャプテン…」
『天馬…』
「天馬、悠那、俺達だってアイツ等の気持ち、分からない訳じゃない」

三国達もつい先日までは同じ所に居たのだ、だから三国達も南沢達の気持ちは分かっているのだ。悠那はゴール前で雑談をしている先輩達に目を向けた。きっと先輩達は浜野が言った様に守りたいモノがあるに違いない。
それを見た悠那は今でも顔を俯かせている天馬に振り返った。

『天馬、とりあえずアップだけでもしとこ』
「…うん、」

悠那の言葉で、天馬達はアップする為にその場から一旦離れた。
個人でするアップ。悠那はベンチ近くにしやがみ込み、足を伸ばして爪先に触ろうと腕を伸ばした。二、三回付いた所で悠那はふと気付いた。

『(京介は…病院なのかな…)』

今日は一度も見ていない剣城の姿。ベンチ近くを見ても、土手の方を見上げて探してみても剣城らしき人物は全く見当たらない。昨日の事があった為、悠那は剣城は病院に居ると想定していた。

「悠那ちゃん、ストレッチ手伝おうか?」
『あ、茜先輩。お願いします』

さっきまで神童の写真を撮っていた茜は、悠那の様子に気付いたらしく、いつの間にかボーっとしていた悠那に話しかけた。勿論、ボーっとしていた悠那本人はその言葉で我に帰って、直ぐに許可した。
許可を取れば、茜は持っていたカメラを傍に置いて、悠那の後ろに行き、悠那の背中に手を当て、ゆっくりと押してきた。

「悠那ちゃん、痛くない?」
『あ、はい。全然大丈夫です』
「それなら良かった」

茜はそうニコッと微笑み、背中を押す。悠那も両腕を伸ばし、足の爪先に手で触った。

「悠那ちゃんって柔らかいね」
『え?あぁ、小さい頃から体解してたんです』

多分その所為かもしれませんね、と笑いながら言えば茜から関心したような声が聞こえてきた。小さい頃は、サッカー以外にも多少のスポーツをやってきた。だから体が柔らかいのはきっと小さい内から運動をしてきたからだと思う。体操をしていたというのもあるかもしれないが。

「…後で写真撮って良い?」
『あ、あははは…』

撮っても良いが、それをどうするのだろうか…
悠那は茜の言葉に苦笑しながらも再び腕を伸ばしてストレッチを続けた。

『(…京介、)』

ストレッチを始めたは良いが、やはり自分の頭の中には必ず剣城が居た。悠那はストレッチをしながら密かに昨日から知ってしまった剣城の心配をしていた。
優一の怪我。
シードである自分。
サッカーを潰す心痛さ。
そんな辛さを今まで自分は気付かず、京介を傷つけていた。

『っ…』
「悠那ちゃん…?」

悠那は無意識の内に唇を噛みしめていたらしく、顔も歪んでいた。勿論茜は悠那の表情こそ見えなかったが、爪先を掴んでいた指が強くなっている所が見えたので、直ぐに様子が分かった。

悔しい…幼馴染みとして失格だ…
悠那がそんな事を思っていた、その時だった。

「!…剣城っ」
『…えっ!?…あ、』

思い切り視線を天馬に向け、次に土手の方に向ける。
自分の目が剣城を捉える前に、彼は上手く芝を滑って、下まで降りて来た。その登場に当然、部員達は驚いていた。

『…京介?』

しかし、今の剣城はいつもと様子が違った。いや、いつもと言うよりはいつにも増してと言うべきか。雰囲気からしてかなりピリピリしているのが分かった。

「(聖帝のお望みは、雷門サッカー部を叩き潰す事…)」

フィフスセクターに逆らった事がどれほどバカげた事かを思い知らせる為に…
そして――…

剣城はそのまま円堂の元に歩いた。

「(雷門は、俺が潰す)」

円堂と剣城の目が合った。

「次の試合、俺を出せ」
「「「!?!?」」」
『うそ…』

剣城の思わぬ一言を聞いて、一気に全員の顔色が変わった。だが、皆が動揺とする中、円堂は平然としており剣城を見下ろしていた。

「お前を試合に?」
「そうだ」

「とうとう来たんですよー!雷門を潰せと言う指示がー!」

速水は絶望だと言わんばかりに嘆きの声を出していた。その言葉を聞いて、倉間も思わず顔をしかめた。

「動き出したな」
「はい。でも円堂監督も、アイツがシードだという事は分かっている筈です」

そう、円堂は彼がシードをしている事を知っている。勿論、フィフスセクターの事だって理解して知らない訳が無い。
不穏な空気が漂う中、悠那は心配そうに剣城を見ていた。

『(潰す気なんだ…)』

辛いなら、その辛さを私も分かろう。
大丈夫、京介…キミを助けてあげる。
優一さんと約束したんだから…守らないとさ、

「良いだろ、お前には出てもらう」
「えっ!?」
『……』

やっぱり、守兄さんらしい。幾ら剣城がシードで皆の敵だからって、このサッカー部に居る以上皆の仲間なんだ。まあ、どちらも仲間だと思っていないだろうが。

「…あんたがどういうつもりか知らないが、俺は俺の好きにやらせて貰う」
「構わん」

円堂に自分の言いたい事を言い終えた剣城。剣城はそのままその場から立ち去ろうと踵を返す。
腑に落ちなさそうに立ち去ろうとする剣城を余所に、神童は沸き上がる感情を円堂に当ててきた。

「待って下さい監督!コイツはシードです!間違い無く俺達の邪魔をします!」
「かもな」
「!?」

大戦相手はまだ決まっていないから分からないが、そこのチームもフィフスセクターの指示に従うつもりだ。なら、そのチーム対自分達。しかも浜野達は絶対フィフスセクターの指示に従う。つまり、自分達は相手11人対剣城も含めた見方7人と戦う事になる。
神童の必死の抗議に円堂はあっさりと言葉を返されてしまった。

「だったらどうして!?本気で勝利を目指すんじゃなかったんですか!?」
「だからだ」
「えっ…」
「勝利を目指すからこそ剣城を出す」

円堂の言葉に神童はますますヒートアップしていった。確かに勝利を目指すなら剣城を余計チームに入れない方が良いに決まっている。でもだからって円堂も自分の意見を曲げる気なんてない。円堂も円堂なりに考えている部分があるのだ。

「意味が分かりませんっ!」
「そうだキャプテン」

神童が円堂に向かって抗議するがそれは、剣城のわざとらしい言葉にかき消されてしまった。思い出したと言わんばかりに神童へと顔を剣城は嘲笑うかのように向けた。

「一応伝えておく。二回戦の相手は万能坂中、スコアは1ー0で雷門の負けだ。分かったな」

また勝敗指示が出た。
しかもまた雷門の負けと来た。勝敗も決まっており、悔しそうに顔をしかめる神童達。それを見た剣城は満足そうに口角を上げて、もう用は無いとでも言うようにもう一度踵を返して立ち去ろうとしていた。

『…!きょ…すけ』

悠那はハッとした様に剣城の名前を呼んで急いで立ち上がって止めようとするが、上手く声が出せなくなってしまった。
伸ばした腕も宙を切るだけ。

『……、』

悠那はそのまま去って行く剣城の背中を見て、結局何も言えずに黙って見送った。
本当、自分のヘタレさに情けなくなるどころか笑えて来てしまう。
無意識に握られた拳。その一部始終を見ていた茜もまた、悔しがる悠那を心配そうに見ていた。

「こんなのおかしいですよ!本当のサッカーをやっちゃいけないなんておかしいです!こんな事、あっちゃいけない!!」
『天馬…』

何に対してなのか、きっと剣城の言った勝敗指示の事だろう。珍しく声を荒げて言う天馬に信助はとかしようと宥めようとする。が、中々収まってくれなかった。

「サッカーだって!そう思ってる筈です!」

だが、天馬の伝えたい事もまた中々皆には伝わらない。いや、伝わってはいる。皆が本当のサッカーをやりたいのは事実だ。だが、それを行動に起こせないだけ。
それでも天馬は何とか伝えようとしているのだ。悠那は横目で見ながらもう一度聞くだけでも話に入って行った。

「…そもそも、こうなったのはお前達の所為じゃないのか!?」

すると、倉間はそう声を上げてきた。今の言葉は、天馬だけではなく、悠那にも来ていた。表情もかなり強ばっている。
悠那は特に何も言わずに倉間の視線に正面からぶつかって行った。

「お前等が入部しなけりゃ、こんな事にはならなかった筈だ!今のシステムがおかしいなんて、始めから分かってたからな」

倉間達も分かっていた。
こんなサッカーは間違っている、と。だが、分かった上で今まで我慢してきたのだ。それを全て泡にするかのように#ne2#と天馬が入って来た。そして、その所為で神童と三国もまた逆らおうと行動を起こしている。自分達と同じ、仲間だったのに、唯一気持ちが分かる神童達が自分達を裏切るような形になった。

「それでも我慢して来たのはサッカーを続けたいからだ。俺達からサッカーを奪うような真似するな!!」

…それは、

「っ!う、奪うなんて、俺はただ本物のサッカーを…」

私達が導き出した答え…?

「その結果がこれだろ?全員、サッカーを奪われるんだよ!お前等の所為で!!」

日々は常に崩れていたのだ。それも自分達の目の前で、知らない内に、壊れていったのだ。
天馬は愕然とした。

「俺が、皆からサッカーを…」

そんなの、先輩達が決める事じゃないじゃんか。

『……』

ただ救いたかっただけ…
いや、本物のサッカーがしたかっただけなのに。それの何がいけない…?
葵達は天馬と悠那を心配そうに見つめていた。



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