『――ごめん…』

京介が花瓶の水を変えにきた頃、優一のリハビリが始まると言い、一旦外に出た京介と悠那。
外に出るなり、悠那は自分の前を歩く京介に改めて謝罪の言葉を言った。
理由は何であれ、今まで自分は知らない内に京介を傷付けてきた。しかも本人には関係ないと言われていた状態で知ってしまったのだ。それに多少驚いたのか、京介は悠那に振り返った。

『私、何も知らず、京介を苦しめてたんだね…』

京介がフィフスセクターに居る理由…
それはきっと、兄である優一のリハビリの為だ。
お兄さんにサッカーをしてほしい。
それだけの為に自分と兄が好きなサッカーを潰していった。聞かなくても分かっていた。昔、自分の知っているお兄さんもまたそういう状態だったのだ。

「…何故お前があそこに居たか分かんないが、分かったらもうフィフスセクターには逆らうな」

京介はそう言うと、再び悠那に背中を向けた。表情こそ見れなくなったが、小さな声になった所為か威勢がまるで違う。京介の事情を知ってしまった以上、自分のあまりの鈍感さに腹が立った。辛いのは自分じゃない、京介なんだ。
だけど、一つだけ京介は間違えてる。京介は直接優一の話しを聞いた訳じゃないが、それでも優一は京介に分かって貰おうと事件の事は気にするなと言っている。勿論優一は京介が今どんな状態すら分かっていない。
優一もまた、弟想いなのに…なんて悲しいんだ。

『…京介。優一さんが可哀想だよ』
「…何?」

悠那の言葉に不快があったのか、少し眉間に皺を寄せてきた。勿論顔は自分とは逆だったが、声色だけで様子なんて丸分かりだ。だが、それでも悠那は京介に怯む事もなく、言葉を続ける為、口を開いた。

『勿論、サッカーが出来なくなったっていうのもあるよ』
「……」

だが、それは仕方がなかった事件だった。京介もまだ無邪気な頃で、直ぐその木登りが危ないなんて気付けなかった。そして、優一もまた人を呼ぶ前に京介の兄であるが為に自分を犠牲にしてまで弟を守ったのだ。そしてそれを弟である京介は心に傷を負ってしまった。だからきっと、シードなんかになってしまった。

『でも、一番可哀想なのは、兄の思いが弟に伝わっていないって事』
「…何が言いたい」

暫く黙っていた京介は悠那の言葉が意味が分からないと言うように不機嫌になっていく。振り返ってきた京介の表情を見れば尚更分かった。
すれ違った兄弟の想い。どちらも兄弟想いだと分かるがこのままで良い訳が無い。

『…優一さんは、心から京介に楽しくサッカーしてほしいと思ってる』

―お母さんにごめんなさいって言わないと…!
―…お前は来なくて良いんだよ、母さんは大丈夫だから

『京介に世界に行ってほしいと思ってる』

―でも…!私の所為でお母さんに怪我させちゃったし…
―…良いかい、ユナ。決してこれはお前に合わせたく無いから言っている訳じゃない。これは母さんが決めた事なんだ

「…世界に行くのは兄さんだ。俺じゃない」
『弟にサッカーを潰されてまでサッカーをしたいなんて思ってないよ、優一さんは』

―お前は力の加減がまだ出来ない。だから窓も割ってしまい、その破片が母さんに当たった。だけどな、ユナ

「…知ったような口をきくな!」

悠那の言葉が気に食わなかったのか、京介は怒鳴るように声を上げた。普段の彼からはかなり焦ったように見えた。だが、それには怯まなかったのか悠那は口を再び開く。

『京介にそんな事をしてほしくない』
「俺が潰して行かなきゃ手術代は貰えないんだよ!!」

―母さんは、お前に付けられた傷を見せたくないから…お前の心に傷が付かないように敢えてユナと顔を合わせたくないって言ってるんだよ、

小学校へと上がった私。勿論フィディオ兄さんからかなりサッカーを教えて貰って力も付いて来た頃、私はその力を皆に見せ付けようと調子に乗った事をした。その所為で窓を割ってしまい、近くに居たお母さんに当たって怪我をさせてしまった。
直ぐに病院に連れてかれたお母さんに謝ろうと何度もお父さんに合わせて、と頼んだ。自分が調子に乗らなかったら、きっとお母さんは怪我をせずに済んだ。
だけど、お父さんは言った。「これは仕方ない事。力がコントロールが出来ないのは小さい子供がおねしょするのと同じだ」
だから、今回の事があってもサッカーを嫌いになるな、って。…なんか、似てるんだよね、今の京介と昔の私に。

そこで悠那は一度俯かせていた顔を勢いよく上げて眉を吊り上げながら見上げた。睨んでる訳じゃない。悠那は剣城に一歩ずつ近付いて、剣城の襟首を掴んで。自分の方へと少しだけ体制を下へ下げた。

『私が言いたいのは弟にそんな事をされてまで治す位なら治さない方がマシだって言ってるの!!』
「…!!」

京介がまた怒鳴る様に言えば、悠那も負けじと声を荒げながら言った。流石の京介も、かなり驚いていたらしい。
小さい頃は喧嘩をあまりしなかった所為か、怒鳴られるのに至っては初めてだった事。

「お前に、兄さんの何が分かるってんだ…」
『…少なくとも、今の京介よりは分かると胸を張って言える』
「何だと…!?」

自分が掴んでいる襟首。その手に京介の手が掴んで来て、力が加えられた。それもそうだ。一番優一に近かった存在が弟である京介なのに、何年ぶりぐらいに現れた悠那に分かるなんて言われたらプライドとして、弟として情けない。
だけど、こっちだって優一の事が分からない訳じゃない。悠那は掴まれた京介の手の上にもう片方の手を当てた。

『もう一度言うよ…京介にそんな事してほしくない』
「…だからッ――」

何度も言わせるな、と言おうとすれば、悠那は襟首を掴んでいた更に力を込めて顔を近付けた。

『これは、私意外にも思っている人の気持ちでもある。…勿論、優一さんも…』

勇ましく、そして何者にも捕らわれない…だが、何者にも染まる瞳。まるで、大空みたいな奴だ。
京介はそんな瞳に、思わず吸い込まれてしまいそうになってしまった。

「(昔と変わらない瞳…)」

やっぱり、コイツは気に食わない。あの松風よりも、更に俺の心情をかき乱していく。

『それでも気付かない…ううん、気付かないフリをしてたら、私が今のサッカーを潰す』
「!!」

悠那はそれだけ言い、またごめん…と言う。
襟首が放され、自由になった京介は未だに驚いた顔をしていた。
顔を俯かせたままの悠那。さっきまで自分の襟首を掴んでいた手は、固く握られており、力のあまり拳は震えていた。これは、自分に対しての怒りの所為で出たのだろうか、それとも…

『…じゃあ、優一さんに宜しくね、」
「……」

京介は何も言わず、帰って行く悠那の背中を黙ったまま見送った…

「…チッ、」

気に食わねえ…

…………
………

『ぅあ〜〜……!』

やっちゃった…
やっちゃったよ……
折角京介と久し振り(?)に会話が出来ると思ったのに〜〜!!
私のバカ!アホ!

『…絶対、怒ってるよなあ…』

思いっ切り襟首掴んじゃったよ…思いっ切り怒鳴っちゃったよ…
優一さん…私には無理かもしれない…私は、京介に楽しくサッカーをやって欲しい…
でも…

『複雑な気分…』

…でも、私の気持ちは言った…それをどうするかは京介が決めれば良い。今考えるのは後にしよう…今は、拓人先輩から教えて貰った事を明日からどうするか考えるんだ…

悠那はそっと、自分の胸元に手を当てた。当てた所は試合の時に脈を打った場所。化身がどこに居るかは分からないが、とりあえず自分が感じた場所で化身を感じよう、そう思い改めて目を瞑った。

『化身…』

私の中にキミ(化身)がいる…キミの名前は何なの…?どうしたらキミは現れてくれる…?

悠那はそこで目を開き、手も腰の横に下ろした。すっかり赤くなってしまった大空を見上げ、届かぬ問いを呟いた。

…………
………


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