悠那は少し重たい病室のドアを引いた。
開けた時、自分の頬を春の風が優しく撫でた。中は外とは違い、凄く静かでさっきまで聞いていた音も無かったかのように止まっていた。

『優、一さん…?』
「え…?」

扉を開けば、直ぐに自分が探していた人物達を見つけられた。目をそちらにやれば、自分を誰?と見ながらベッドに座る人。そして、自分を見て目を見開く剣城の姿。その姿からして普段の剣城から想像も出来なかった。だが、そんな事よりも剣城の傍のベッドの上に居る人物だ。
改めて見ればその姿は少し変わってしまっていたが、やはりそれでも昔みたいな懐かしい感覚があの人から伝わって来る。
自分の足は耐えきれずに、前へ前へと進んで行った。

「ユナ!?お前、何でここに…!」
「ユナ…?」

剣城も溜まらず声を荒げた。荒げる位だから本当に自分の存在に気付かなかったらしい。
ずんずんとこちらに近寄って来る剣城を悠那はどうする事もせずに視線はベッドの上に居る青年に行っていた。一方、青年は剣城が思わず口走ってしまった、悠那の愛称を呟いた。そして、その愛称を再び呟き、思い出したように「っあ」と声を漏らして自分の方を見てきた。

「もしかして、ユナ…?」
『優一さん…!』

改めて京介の兄と分かった剣城優一を見た悠那は嬉しそうに声を上げ、優一が居るベッドへ近付いて来ていた剣城の横を抜いて向かった。抜かれた剣城は、特に表情を崩す事なかなったがいつの間にか作られていた拳は固く握られていた。そんな剣城を知ってか知らずか、悠那はベッドの隣に用意されたパイプ椅子に座り、優一を見た。
そんな嬉しそうな悠那を見た優一もまた嬉しそうに笑った。

「久し振り、元気そうだねユナっ何年ぶりだろ…」
『優一さんも、』

優一の懐かしさで詰まっている言葉を聞けば、悠那も嬉しそうに言う。
悠那の幼馴染である京介の兄、優一もまた悠那の幼馴染である。それは今も昔も変わらない事。剣城は変わってしまったがこういう兄想いな所は変わってなかったらしい。
…だが、ここで疑問が生まれた。

『…どうして、優一さんがここに居るの…?』
「…!」
「……」

悠那は前のりになっていた姿勢を正そうと椅子に座り直せば、そんな事を聞いた。その時、優一はいきなり黙り込んでしまい顔も曇らせてしまい、剣城も固く握っていた拳を緩ませて少しだけ顔を歪ませた。
その様子を見て悠那は首を傾げていれば、優一は先程とは違う歪んだ笑みを返して来た。

『優一さん…?』
「…ユナ、」
『…?』
「少し、昔の話に付き合って貰っても、良いかな」

そう言って優一は悠那の頭に自分の手を置いた。
窓から見える景色。そちらを見れば風に揺れる木々。ざわざわと音を立ててれば、そこから飛び立つ鳥達。外には恐らくここの病人達が。子供達も元気良く遊んでいた。
そんな様子を微笑ましく見ながら、優一はそっと話しを始めた。

幼少期、悠那と二人の兄弟が別れた頃、よく三人で遊んでいた公園で二人はサッカーをしていた。だが、京介が蹴ったボールが木に引っかかってしまい、落ちて来なくなってしまった。
その時、京介が木に引っかかったボールを取ろうと登ったが、誤って足を滑らせて落ちてしまった。

その時に優一が京介を庇った影響で、優一の足はもう、サッカーが出来ない程になってしまった。
育ち盛りの子供の体はまだ、その重さには耐えきれなかったのだろう…

そして、京介は今もなお、その事を気にしている。

『そんな事が…』

自分の知らなかった二人の事情。自分の知らない二人の変わり方…
知ってるけど、知らない二人。

「もう気にしなくても良いんだけど…」
「……」

その言葉を聞いた剣城は黙って花瓶を持ち、「水を変えて来る」と言い出し、病室を出てしまった。
残されてしまった悠那と優一。中は異様な空気になっており、優一はそんな剣城を見てはあ…と呆れるように息を吐いた。

『京介…』

きっと彼はこの事を私に聞かれるのが辛かったに違いない。相手が私だったってのもある。勿論自分にとっても聞きたくなかったであろう。
…京介、何となくキミがどんな状況か、どうしてあんな事をしているのかが分かった気がする。
ごめんね…

「はぁ……ユナ、京介を助けて欲しい…」

俺じゃあきっと、京介を苦しめるだけだ、と優一は寂しそうに笑ってそう言った。
それを見た瞬間、今まで知らなかった自分が恥ずかしい。自分が剣城と会ったら辛いんじゃない。剣城が、自分より辛い立場に居るんだ――…

「京介には、サッカーを楽しんで欲しいんだ…自分の為に…」
『優一さん…』

バカだ、私…
私は、今まで…京介の事を知ろうとしていたようで、何も知ろうとしなかったんだ…優一さんの事も…
何の力も無いのに、そんな私が、今の京介を助けられるのだろうか…?

『優一さんは…自分がどんな状況になっても、京介にはサッカーを楽しくやって欲しい…?』
「…え?」
『……』

もし、これが原因で京介が今のサッカーを…苦しくても潰しているとしたら…もし、これが原因で京介がフィフスセクターに入ってシードになっていたとしたら…

「うん、そうだね。京介にもユナにも、サッカーを楽しんで欲しい」
『!!…優一さん、』

その言葉に、思わず目に涙が浮かんでしまってそれを見られないように優一さんに抱き付いた。ああ…私はやっぱり弱い。



小さい頃から、ユナは…兄さんが好きだった。

兄さんと一緒にサッカーをしているユナは人一倍楽しそうに、嬉しそうにしていた。何をする時も、ユナは兄さんの話しかしない。
…それが、気に食わなかった。だけど、ユナの笑顔を見てると、自然と昔の俺も笑顔になれた…
だからユナの笑顔が好きだった。ユナを笑顔にするには兄さんが必要。そんな兄さんを俺は苦しめた。

「…っ、」

何で俺は…
こんなに必死になってんだよ、

だが今は違う。アイツの笑顔を見ると腹立たしくて仕方がない。何でアイツだけ笑ってんだ。何でアイツだけ幸せそうにしてんだ。

予想外なユナの登場だったが、あれはあれで良かったのかもしれない。
俺や兄さんに同情とかして欲しいとか、そんなんじゃない。
フィフスセクターに逆らったらどうなるか分からせる為だ。俺はシード。
これで効果があるか分からないが、

「思い知らせてやる…」

フィフスセクターのサッカーは“正しい”ってな。

…………
………


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