ー病院ー

『ここって、病院だよね…』

商店街を真っ直ぐ抜いて、そのまま剣城の後を他の人達に怪しい目線を痛い程浴びながら来てみた場所は、この街で一番大きい雷門総合病院。
ここに来たのは確かかなり小学校の頃以来だ。小さい頃はよく怪我をする事が多くってスゴくお世話になったのを今でも覚えてる。その時から湿布や消毒液の独特な匂いが嫌いになっていた。最後にここへと来たのは今から四年前の小四。
だがそこで一つの疑問が生まれた。剣城は見た目的に外傷は無いし、辛そうにもしていない。寧ろピンピンそうにしていたが。なら風邪か何かか?とは思ってもみてみたが、そんな事無いなと今の考えを無かったかのように消した。

『何で病院に…

―っあ、』

暫く病院を見上げていれば、剣城は数秒その病院を見た後、病院に入って行った。
それを見た悠那もまた、ワンテンポ遅れながらも病院の中に入って行こうとする。これで本当に自分はストーカーみたいだな、なんて悲しい事実を知ってしまった悠那はうう…と嘆きながらも入って行ったのだった。

…………
………

『…どこ行ったんだ?京介め…』

中に入れば消毒みたいな匂い。でもまだ臭いって程じゃなかった。
病院の中に入ってみたは良いが、自分は遅れて入った為直ぐに剣城を見失ってしまった。周りをキョロキョロと見回してみたが、何も手掛かり無し。看護士は勿論、ここには老人や、親子、足や手に包帯を捲く人達が居た。
やはりここには病人やお見舞いの人達、検査の人達以外あまり人は来ない場所だ。
だから、剣城がここに来る理由も無いとは思うが。

『くそー…京介本当にどこ行った…』

めっちゃめちゃ気になるー…後を追っちゃいけないなんて分かってるけど、それと同時に気になる物だしここまで来て帰るのも…
それに、

『何で京介…病院なんか』

うあーっ!!何かむしゃくしゃするーっ!!
うりゃー!!と周りに人が居るにも関わらずその場で頭をかきむしる悠那。勿論、その場に居る人達は一人で頭をかきむしって暴れる悠那を唖然としながら見ていた。何ともまあ、止めようにも止められない微妙な光景だ。

『…ていうか、』

何で、自分が辛くなる筈なのに京介なんて追って来たんだろ…京介だって私が後を付けてたなんて知ったら…
そう考え始めた瞬間、かきむしるのを止めてその場に佇む悠那。視線を床に向ければ、自分と同じ行動を取っている影。

「もしかして、剣城さんのお見舞いですか?」
『え?』

視線を下に向けてそんな事を考えていれば、後ろから女の人の声が。恐らく自分への声かけであろうその声に振り返ってみれば、そこにはナース姿の女性が立っていた。
腕には恐らく患者さんの様態などが書かれているだろうファイルが。ナースさんの目線は明らかに自分に来ており、優しく微笑んでいた。

『あ、はい…そんな所です』

剣城さん、と言っている辺り剣城はここへ通い続けているように見える。きっと自分が無意識の内に名前を連発してたからに違いない。だからこの人は自分が剣城を探していると分かったのだろう。そこで先程まで自分が起こしていた行動に恥ずかしさが出て来た。顔に熱が帯びるのを感じて来たのが自分でも分かってきたので、自然と顔を俯かせてしまった。

「ふふっ、剣城さんは上の階の315号室に居るわよ」
『あ、ありがとうございますっ』

どうやらこの人は自分が迷っていると分かったらしく、そう教えてくれた。悠那は少しどもりながらもお礼を言い、直ぐに階段から上へと上がって行った。

「あら、あの子…」
「どうしたんですか?婦長…」

階段へと駆け上がって行った女の子を微笑みながら見ていたナースの隣に、同じくファイルを持つ少しだけ老けていた婦長が立った。婦長は、今の様子を途中から見ていたらしくその少女の後ろ姿を見てそう呟いた。勿論、自分の記憶が正しい以上会った事も無い。どこにでも居る普通の女の子だ。
だけど、自分はその女の子の後ろ姿に見覚えがあった。

「いえ…」

少し、あの子が昔のおてんばな患者と被っただけよ。婦長はそれだけを言い、ナースからファイルを預かり、そのままどこか別の仕事へと行ってしまった。
その婦長の後ろ姿にナースは頭に疑問符を浮かばせながら自分も他の仕事へと足を運ばせた。

…………
………

『――315号室…315号室…』

偶然にも話しかけてくれたあのナースさんの言われた通りに、階段を上がって315号室を探す悠那。簡単に見つかると思われた部屋だったが、目の前に広がる長い廊下を見る限り病室はまだまだありそうだ。そもそも自分は何で病室を探してるんだ?剣城がそこに居る、というのは確かなんだろうが、あまりにも話しが噛み合っていないみたいだ。
剣城の名字を知っているのはやはり京介がここに通い詰めている様子が見られるが、何の為に…

『あ、315号室…』

もうすっかり13時を過ぎているだろうが、ここまで来てしまったので様子だけ見て改めて秋に連絡をしよう。そう決めた瞬間、自分の求めていた番号と病室が現れた。意外と早く見つけられた事に、もう一歩踏み出しそうになった足を引っ込めた。ここに剣城京介が居る。何故ここに居るかはまだ分からないが、覗いてみる価値はある。
そう思い、番号の下に書かれているネームプレートに目をやった。

…その時、思わず自分の目を初めて本気で疑った。
他の人からしたらこのネームプレートは何の変哲も無いかもしれない。他の人からしたらここに書かれている名前は誰かも知らない他人かもしれない。
でも、自分はそのどちらでも無い。自分は、この名前を知らない訳がなかった―…

『“剣城…

優一――…”』

剣城京介の実の兄の名前だった――…
暫くその名前を唖然と見て、たまに本当は剣の字が“険”の方なんじゃ、と目をこらしてもう一度見てみたがやはり文字は姿を変えずにそのネームプレートに深く刻まれていた。
「嘘でしょ…」と小さく呟けば、自分より小さい声が中から聞こえて来た。この病室は他にも病人は居る。声が聞こえても別におかしくはないが、声だけに他の人だとは思えなかった。

「兄さん、調子は…?」

戸惑いながらそんな事を聞いたのは紛れもない剣城京介の物。普段の態度や言葉遣いとはかなり優しい物だったが為、一瞬誰だか分からなかったがちゃんとした剣城の声だった。他人の前ではいつもああなのか、あんな優しい声を出す剣城なんて初めてだ。
やはり剣城はここの病室に入っていたのだ。それに彼から出た“兄”の存在。
暫く唖然としていれば次にはその京介が“兄さん”と呼んだ人物の声が聞こえて来た。

「大丈夫だよ京介」

…何年まで私は、イタリアに居たのだろう。
自分の知る剣城京介がもしこの病室の中で自分の兄に話しかけているのだとしたら、その兄は自分も知っている人だ。
声は昔より低くなっていたが、自分の知る昔らしさの声も入っていた。

『優、一さん…?』

自分の手は、無意識と病室の取っ手を握っており、そのままその扉を開いていた――…


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