「……」

自分の部屋にあるソファの上で静かに寝転ぶ神童。机の上にはもう冷めているであろう紅茶。それを横目に、神童は再び天井に目を向けた。すっかり昨日の試合の疲れも無くなって体は軽くなっていた。
だが、それと同時に自分の脳裏には昨日の試合の事があった。別に後悔とかそういうのじゃない寧ろ自分はかなり気が晴れている。じゃあ何なんだという話しだが、それは昨日の後半戦が始まる前の悠那の様子と、試合後の後の悠那の相談事。

***

『あの、神童先輩…』
「…あ、何だ悠那…?」

試合も無事終わり、皆が帰る頃…悠那が一人で神童に話しかけて来た。その表情からして困惑しているような顔だった。
自分の知る限りいつもこの表情をする時は剣城が関わっている。
フィフスセクターから送られてきたアイツはシード。
そして、悠那の唯一の幼馴染。これは霧野から聞き、初めて知った。天馬とも幼馴染みらしいが、剣城の方が関係は深いらしい。
もしかして剣城に何か言われたのか?でも話している様子は見なかったが…

『明日、先輩の家に行っても良いですか?』
「Σっえ!?」

一度俯かせていた顔を上げて、そう真剣な顔をしながら聞いてきた。
家に行っても良い…
それだけの言葉なのに何故か自分の顔が熱くなるのが感じられた。明日は今日の試合の為、休みとなっている。なので明日はこれと言って用事は無い。だから別に断る必要も無い。

『ダメですか…?』
「い、いや!だが、どこか分かるのか?」

いけない…悠那が真剣な顔で俺に聞いてきてるんだから、ちゃんと応えないと…
そう思い、来る前提として俺の家がどこにあるか分かるかを聞いてみる。すると、悠那は少し考える素振りを見せた。(か、可愛い…)

『天馬に聞いて行きます』
「天馬?」

そう言えば、アイツ俺ん家に来たんだっけな…
あの時はお互いギクシャクしてたから、次に来た時はもう少しおもてなしをしないとな、

「…どうして俺ん家なんだ?」
『相談事があるんです…』
「相談事…?」
『明日の朝ちゃんと言います!』
「あ、あぁ…」

***

神童「(悠那の相談事…)」

一体何なんだ…?
というか…俺の部屋に女子を入れるのは悠那が初めてなんじゃないか…?どうすれば良いんだ…?家に居る俺のお手伝いさんや、霧野はよく入るが、一つ下とは言え、年の近い女子も同い年の女子も入れた事が無い。

「……」

何か分からないが緊張してきたな…何だこれは…
緊張を紛らわす為に瞑られた目も考え事をすると無意識の内に力が込められてしまい、開けた時に靄がかかる。まるで自分の心の中を見てるみたいだ。

ピーンポーンッ…

神童「Σ!?」

靄がかかった自分の顔の上に暫く腕を乗せていれば、急に家のインターホンが鳴りだした。鳴っただけで溢れ出すこの冷や汗。
異様な胸騒ぎ。とりあえず俺はソファから立ち上がる。いつもだったらピアノを弾いている筈だが、どうにも弾く気になれない。寧ろ今引いたら自分でも残念になる程に指が震えて全て不協和音になってしまう。
ていうか、お、落ち着かない…!!

「こちらが拓人様のお部屋でございます」
『あ、ありがとうございます…;』
「いえ、ではごゆっくり」

「!!」

き、来た…!

コンコンッ

『先輩、居ますか?』
「あ、あぁ…入ってくれ」

ドア越しの悠那の声に少しどもったが、悠那を中に入れる事に成功した。

ガチャッ

『あ、こんにちは神童先輩』
「あ、あぁ」

とりあえず悠那をソファに座らせ、自分も向かい側にあるソファへと座った。
き、気まずい…
お手伝いさんにお茶を入れて貰い、机に置いてある冷えた紅茶を申し訳ないが持って出て行ったのを見て、一口飲んだ。
(お手伝いさんが出て行く間際に微笑んでいた気がしたが気のせいだろう…)
それにしても、悠那の私服は新鮮だ。制服やユニフォーム姿が見慣れていた所為か、女の子らしい私服。そして、どこか悠那らしさを感じる私服に少しだけ見取れていた。
って、何言ってんだ俺は…!!

『あのー…』
「え、あ…何だ?」

やっぱり最近の俺、変だ…悠那の一言一言の言葉や、昨日だって無邪気に笑う悠那に一々俺の心臓は脈を打ち始める。

『先輩の家って大きいんですね…お坊ちゃまみたい…ってお坊ちゃまでしたっけ;』
「え、あ…そうか?」
『はい…』

何か緊張します、とハニカミながら自分の頭を掻く悠那。
何だ、悠那も緊張してたのか…そう思うと口元が緩んで来た。それが悟られないように、混乱する頭をフル回転させて本題に移させて貰った。

「あ…で、相談事って何だ?」

すると、その俺の言葉に悠那は少し肩を震わせた。それに疑問を持ったが悠那は目の前にある紅茶を飲み、一息吐いた後に口を開きだした。

『…あの、単刀直入に言うと、私の中に化身が居るみたいなんです』
「何…!?」

思わずソファから立ち上がってしまった。ガタンッと膝が机に当たってしまい、小さく机が揺れて紅茶に波打ったが、今はそんなのは気にしてる状態じゃなかった。
化身と言うものは確かシードが持っている筈。まあ、俺も分からないが化身を持っている。
だが、悠那の目を見る限りこれは冗談では無さそうだ…

「…どうして、それが分かるんだ…?」
『天河原中の喜多さんが…』
「喜多が…?」

そういえば、皆が休憩していた時、悠那は先に行くと言って遅れて来たな…
まさか、遅れた理由って喜多にその事を言われたからか…?

『そんな事無い、とは思いました…でも、他の人の化身を見ていると、自分の中の何かが跳ね上がって来るんです…まるで、自分も出せって言ってるように…』
「跳ね上がる…」

俺の時もそうだったかもしれない…
天馬が俺のユニフォームを掴んだ時、俺の中の何かが急に跳ね上がった…
もしかしたら…

『あの!!』
「!!」
『化身の出し方を教えて欲しいんです!!』
「化身の、出し方…?」

と思わぬ頼み事だった。もしかしてこれが相談事の内容…?
だったら…教えても、良いのだろうか…あれはいくらサッカーの上手い悠那だとしても…俺の様に、急に倒れてしまう可能性が高い。
そんな事になってしまったら…俺は…っ

『神童先輩?』
「俺は…!」

どうすれば良いんだ…

『私…』
「…?」
『今のサッカーを変えたい…そう思い、サッカーを続けてきてました』
「…あぁ」
『だけど、想いだけじゃ、変えられない…最近そう思い始めました』
「あぁ、」
『だから強くなりたい…昔みたいに楽しくやりたい…』
「……」
『京介と、楽しくサッカーをやりたい…』
「…!」

悠那にとって、たった一人の幼馴染。
剣城を目の前にすると、悲しそうな表情をしていた悠那。そんな悠那を見ていると、俺は苦しくなる…

『お願いします…』

悠那はそう言い、頭を下げる。長くない髪はサラッと重力に従って落ちていく。そうか、コイツも苦しくって仕方ないのか…

「…分かった、為になるか分からないがな」
『!ありがとうございます!!』
「…とは言っても、俺も分からないんだ…ただ、勝ちたいと思ったらいつの間にか出て来てたんだ…」
『想い、ってやつですかね、』
「…そうだな、」

何ともまあ、曖昧な答えなんだろうか…自分で言って訳が分からなくなる…これで悠那の為になるか分からない、というか寧ろ為になってないんじゃないか?

「…やっぱり何でも『ありがとうございます、神童先輩!』悠那?」

訂正しようと口を開くが、それは悠那に寄って遮られてしまった。悠那を見れば、目を輝かせていた。まるで天馬みたいだ。

『やっぱり、神童先輩に相談して良かったあ…』
「!…あ、いや…」

それだけの言葉に俺の顔が熱くなる。自分がキャプテンだからだと思うが、こう悠那に頼られるとこうも嬉しい物なんだな…

『ありがとうございます!』
「!!」

ただ、微笑んでくれただけなのに、ただ、お礼を言われただけなのに、俺の体と顔の熱がどんどん上がっていくのが分かる…
息をするのも苦しくなる…っ、

『先輩?』
「っえ…?あ、」
『えっとー、大丈夫ですか?』
「あ、ああ…」
『それなら良かったですっ』

そう言えば、一口紅茶を飲む悠那。そして、何かを思い出した様にっあ、と声を上げだした。

「悠那?」
『神童先輩、』
「え、な、何だ?」
『先輩の事、名前で呼んでも良いですか?」
「Σ!」

今も私の事名前で呼んでくれたし、と付け加える悠那。ぶっちゃけこの名前呼びは無意識で天馬や信助の事も名前呼びだ。三国さんも名前呼びになっている。試合の時は本当に咄嗟だった、と言うかつい、と言うか…

『名前だから…拓人先輩っですよね?』
「Σ!?」

な、名前…!?

『別に、嫌だったら良いんですけど…』
「い、嫌じゃ…無い…」

寧ろそっちの方が嬉しい…名前なんて幼馴染みの霧野でさえ名字呼びなのだ。うん、なんか親近感湧くな。って、俺はこのまま名前呼びでも良いのだろうか?本人はありがとうございますとお礼を言っているぐらいだから良いのかもしれない…

『ありがとうございます!拓人先輩っ』
「!!」

改めて言われると何だか照れるものがある…
ここで何度目になるのだろうか、きっと今の俺の顔は真っ赤に違いない。その証拠に残った紅茶に映った自分は思ってたより真っ赤だった。
ニコッと笑った悠那は可愛いと、素直にそう思った。

…………
………


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