剣城の前を過ぎて悠那の前へと来た円堂はそこで歩みを止めた。悠那も俯かせていた顔を目の前で止まった円堂へと上げだした。

「それがサッカープレイヤー。皆が持ってる想いだ」
「円堂監督…」

前半戦が終わってからベンチに静かに座っていた悠那の頭に自分の手を乗せ、優しく撫でる。その心地は久し振りの再開の時より優しく感じられ、自分の中にさっきまであったモヤモヤが今の円堂の撫で方と、笑顔で無くなった気がした。

『想い…』
「お前達は本当に良いと思っているか?負けても良いと本当に。自分の心に聞いてみろ、今のサッカーがお前達のやりたかったサッカーなのかを。お前達のサッカー、本当のサッカーってのが何なのかを」
「何を言っとるんだキミは!!」
「何も反省していなかったのですか!?」

部員達と監督の大事な話に理事長と校長が急に入って来た。先程の試合が自分達にとってかなり予想外過ぎていたらしい。

「ホーリーロードはただのサッカー選手権ではなく、聖帝を決める大切な選挙なんですぞ!!」
「逆らえれば私達のっ…いえ、雷門中の立場が危うくなるのですよ?」
「監督として今一度言いたまえ!“フィフスセクターの指示は絶対だ!この試合、確実に負けるのだ!”と!」

円堂に指を指し、理事長らしく上から目線で物事を言い放った。だが、それで自分の意見を曲げる円堂では無い。

「言うべき事は全て言いました。後は皆が、自分で決めるんだ!一人のサッカープレイヤーとして」

円堂は出入り口の前に立ち開いたドアから出ようとしたが、出る前にもう一度全員の方に顔を横にしながらも向き直った。

「フィールドで、待ってるぞ」
「あぁちょっと!待ちなさい!!」

円堂の言葉に金山達は呆然としていたが、円堂が出て行った途端に我に返り、円堂を追って行った。再び静まり返る控え室。悠那もまた、上げていた顔を伏せて持っていたドリンクを黙って見た。あんなに気持ち悪かったのに、円堂のおかげで少しだけ良くなったと思ったのに、リバウンドするかのように心拍は少しだけ上がりだして、手も自然と震えだしてきた。

「ちゅーか、自分で考えろって言われてもさぁ…」

浜野は降参とでも言うように両手を上げた。考え込む選手達、室内には未だに異様な空気が漂ってきた。

『……』

この空気が嫌だから、というのもあったが、どうも落ち着かない。ただ、一人になりたい気分だった。
頭の上からタオルを取った悠那は少しだけ乱れた髪を整えてから静かに立った。そしてそのまま出入り口に向かって歩き出す。
悠那が一人で動いたのが不思議だったのか自然と部員達の目が悠那に行く。

「谷宮、どうした?」

神童が皆の代表としてなのか、悠那に話しかけた。そう言えばさっきから悠那は余り喋っていない。具合でも悪いのか…?
悠那は神童の声掛けに歩みを止めた。

『先に行ってます』

振り向かず、ただそう言い残せばドアの前に立ち、開いたドアから静かに出て行った。

「ユナ…」

天馬は一人、悠那が出て行った出入り口をただ黙って見ていた。

…………
………

『(あの感覚…)』

先が長い廊下を一人でひたすら歩く悠那。皆と歩いて来た時は別に長く感じなかったのに、自分の足は鉛を付けてるんじゃないかってくらい重かった。だけど、頭の中は未だにあの感覚がリピートされていた。

今までに感じた事が無い感覚。一体何だったのだろうか…

『あーもー!!余計分かんなーい!!』
「「「(Σ!ビクッ)」」」

気持ち悪いー!!と、頭を抱えながら一人でうなだれていれば、後ろから複数の足音がして、悠那が大声を出せば後ろに居た数人がビクッと肩を揺らした。

「…お前」
『Σ!?』

生憎、悠那はその足音に気付いていなかったらしく、後ろからいきなり声をかけられ、その人達みたいに肩を大きく揺らした。
バッ!!と思い切り振り向けばそこには天河原のキャプテンである喜多とチームメイトである西野空、隼総が耳を抑えながら立って居た。

『!!』

誰かと分かった瞬間、悠那は無意識に一歩身を引いた。正直この人達に一番会いたくなかった。何でこんなタイミングで会ってしまうのだろう、と自分の不幸さに泣けて来た。しかも今の恥ずかしい行為を見られてしまったのだから穴を見つけてそこに入りたいくらいだ。

「そんなに警戒しなくても良くない?」
「試合前に言った事を思い出せ」
「……」
「本当に済まなかった…」
『…いえ、』

声が震えるのを押さえながらも言葉を返す悠那。ぶっちゃけ自分も「西野空?誰それ(笑)」発言をしてしまったので、おあいこな所だ。わざわざ謝ってくれるなんてこのキャプテンさんは紳士だな、なんて呑気な事を思った。
すると、喜多は困っていた顔を今度は勇ましくしてそのまま西野空に向けた。

「お前も謝れ!」
「…わーったよ…悪かったな…」
『もう気にしてませんよー』
「いや気にしてるよね?!」

と、悠那が明後日の方を見ながら言えば西野空は喜多に比べて即答だったし!!棒読みだったし!!と西野空はすかさずつっこんで来た。うむ、外見に似合わず良いツッコミだ。

「言い方だな言い方」
「あぁっ?!」

お前も似非何ちゃらとか言ってただろーが!!と西野空が隼総につっこめば、喜多がそれに乗って来てしまい、隼総にも謝れ!と言ってきていた。
…とりあえず、何なんだこの人達、

「…はあ、ところでキミに聞きたい事がある」
『…?、何ですか?』

目の前のやり取りにすっかり緊張感忘れてしまった悠那は、その光景を呆れながら溜め息を吐いた。それは喜多も同じだったらしく、中々謝らない隼総を見て諦めたのか、顔を悠那に向けてそう尋ねて来た。なので、悠那も半目だった目を戻して喜多を改めて見た。

「キミは、化身を出した事はあるか?」
「「!?」」
『化身…?』

喜多のその一言に二人の言い合いが止んだ。止むと同時に二人の視線は悠那から喜多へと移った。表情からして前半戦の時に見たあの驚いていた表情と同じだった。勿論それは悠那も同じだった。
…そんなモノ、ある訳が無い。第一、サッカー部に入るまで化身があるなんて知らなかったのだから。

『ない、です』
「!…そうか、」
『…?』
「喜多、もしかしてコイツに化身があるって言うのかい?」
「…気のせいだったらしいがな…」

西野空のまさかの問いに喜多は少しだけ驚いた様子を見せたが、直ぐに表情を戻した。だが、悠那はそうは行かなかった。化身があるか分からないが、何故今自分はそれを聞かれたかにちゃんと覚えがあったのだ。
化身が私の中にある…?
ちょっと待って…じゃあ、あの時の変な感覚ってもしかしてその化身の所為…?

―ドクンッ…

『…!』
「俺もそんな感じがした。俺の化身を出す時に何かが引っ張り出したんだ」
「…そうか、」

そんな意味深な事を三人は話した後、呆気に捕らわれる悠那を一人残してフィールドに向かって歩いて行ってしまった。呆然と立ち竦む悠那。目の前から去ろうとしていく彼等を見て再び我に返った。

『あっ、待っ…』

悠那が喜多のユニフォームを掴もうとしたが、やはりそこで少し躊躇してしまい、そのまま三人の背中を見送った。

『私の中に…化身…?』

どうして私の中に…今までそんな事は無かった。それに化身はシードしか持てないんじゃないの?全然分からなかった…自分自身の事なのに。じゃあ、あの時の変な感覚は、早く自分を出せって言ってた?
さっきも“化身”と聞いて変な脈が打った。

『分かんないよ…』

ライセンスの試験で落ちた自分に、黒の騎士団の時に何も出来なかった無力の私に化身が居る訳が無い。
悠那は暫くその場で一人立っていた。

…………
………

『っあ…』
「あ!!ユナ居た!!」

暫く佇んでいた後、時間だと思いフィールドへ向かえばもうそこには部員達が既に居た。先に行った筈の悠那が何故遅れて来たのか、と天馬はかなり焦っていた。

「どこに行ってたのさ!!」
『す、すみません…』

あれ、何で天馬に敬語使ってるんだ私…?
ずんずんと自分に近寄って来る天馬に思わず低姿勢になりながら申し訳無いと、頭を下げれば天馬は腰に手を当てながら「もうっ」と可愛く言われてしまった。

「話は後だ!皆フィールドに入れ!」

天馬に顔を下げたままいると円堂が声掛けをしてくれ、皆は急いでフィールドの中に入って行く。神童もポジションに付こうと入って行ったのが見えたので、悠那は思わず神童に近寄って行った。

『あの、神童先輩…』
「?何だ、悠那」
『ぁ…

…やっぱり、何でも無いです…』
「…?」

自分のポジションに向かう途中、悠那は神童に化身の事を聞こうとしたが、中々声が出なかったので、話すのを止めて自分のポジションに向かった。残された神童はそんな悠那を不思議に思いながらも、自分のポジションへと向かった。

…………
………



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