神童がディフェンスラインを下げる様に指示をするが、悠那はマークがあって動けず、先輩達は全く反応しない。
誰も動かなければ“神のタクト”は意味が無い。
フィフスセクターの指示に逆らっているのは四人。見方ではない七人と十一人の敵相手にどう戦うのか。剣城はその光景をベンチから面白そうに見ていた。

「だったら、俺一人でも止めてみせる!!」

痺れを切らしたのか、神童は隼総の前にゴールを守るように立ち塞がった。だが、余裕の表情を浮かばせながらそのまま神童に突っ込んで行く隼総。

「止められるかな、俺の化身が」
「化身…だと…!?」
『(化身…!?)』

嫌な所でいつも、自分の勘はよく当たる。まるで、大空のように何かを見透かすように。
西野空を不意に見れば、ニヤリと口角を上げて自分を見ていた。冗談とかではない、この笑みは…

――ドクンッ…

『…!!』

な、何…今の感覚…今、私の中に何かがいるような感覚が…
周りの動きがゆっくりとスローモーションのように流れる中、まるで自分だけ普通に動いている気がして、吐き気を覚えさせる。それと同時に頭がぐわんぐわんと痛くなり、嫌な汗までもが出てきた。

「…ほお、」
「……」

全員が隼総に視線をやっている中、剣城と円堂は悠那に視線をやっていた。何故かは分からない。だが、二人は一瞬だが見てしまったのだ。
#name2#の背後から漂うあの尋常じゃない藍色の靄を…

「いでよ我が化身、

“鳥人ファルコ”!!」

両手を真上で交差させ、それを自分の胸の前に下げた瞬間、隼総の背後から剣城や神童から見られたあの藍色の靄が。それは徐々に大きくなり、一つの形を表した。現れたのは白と青の体毛に黒の羽根、そして人の様な腕の生えた化身。
あれが、あの人の化身。

―ドクンッ…

『…っ!』
「これは…」
「化身…!」

剣城や神童の化身みたいなちゃんとした人間の形をした鳥。だけど、ちゃんとした鳥。ランスロットは顔が見えなく、神童の化身みたいに髪で見えなくなっている訳じゃないあの目は目が見えない化身よりかなりの圧力をかけてきた。

「お前も使えるんだってなあ、化身。シードでも無いのに大した奴だ。見せてやろうシードが使うシード本当の化身の恐ろしさを!!」

隼総は高く飛び上がりボールを踏み台として更に高く飛ぶ。それと同時に化身もまた付いて行くように隼総と並ぶ。踏み台として使ったボールを頭上から蹴り出せば、化身はボールを引っ掻く様に、シュートを放った。青と白のオーラを持ったボールはそのまま三国の居るゴールへと真っ直ぐ向かって行った。

「“ファルコ・ウィング”!!

止められるか?お前の化身で!!」

それを見た神童も負けじと自分の化身を出そうとするが、出す前に止められずに弾き飛ばされてしまった。ボールはあのオーラを無くしていたが、勢いは消えていなかったようで、止めようと動いた三国は止める事が出来ずに三国は巻き込まれてしまい、挙げ句の果てにゴールに入ってしまった。止められなかったとはいえ、今三国はボールを止めようとしていた。
わざとなのか…それとも無意識なのか…
三国はそのまま倒れ込んでしまい、そこで笛の音が鳴りだした。

「っ…」
『Σ!?神童先輩!!』
「神童!!」

近くから苦しそうな声が聞こえ、振り向けばそこには片膝をついた神童が…
出せなかったのは、勿論出すタイミングが合わなかった所為でもあったが、少しだけあのボールには触れたのだ。
悠那と霧野は慌てて神童に駆け寄った。

『……』

だが、悠那の中には神童の心配と、あの時感じたあの感覚が残っていた。
あれは一体何だったのか、悠那にも勿論分からなかった。寧ろ味わった事の無い感覚だったので、いきなり体調を崩したとしか思えなかった。
緊張?怖いから?どちらも違う…あれは、一体…

「自分の化身を操れてないとはな。この程度でフィフスセクターに刃向かおうなんて笑わせてくれるぜ」
『……』

化身…何て恐ろしく…そして、強いモノなんだ…
先程の隼総を見てやはり化身は苦しいものなのか、隼総の頬を見れば汗が浸っていた。

―ドクンッ…

『…!』

また、自分の中から何かを感じた。
一体何だって言うのさ…
自分が自分じゃない気がして、気持ちが悪い。

「…それ位にしておけ。俺達は言われた通りに勝てば良い」
「フンッ」

いつの間にか居た喜多が隼総を諌める。それを聞いた隼総は何かを言う事は無かったが、自分達を見て嘲笑うかのように鼻で笑った。
だが、これ以上ここで口論していても意味が無いのでポジションへと戻ろうとした。それは天河原も同じだったので、自分のポジションに戻る途中、喜多は悠那を見た。
それは例えるなら警戒するような目。

「(もしかして…)」

いや、そんな筈が無い…
シードでも無い奴が、
コイツ、何者なんだ…

『……』

ピッピッピ―――ッ!!

いつの間にか前半戦が終わっていたらしく、腕時計を見ていた審判がホイッスルを鳴らしていた。
そこで、角馬の実況で試合も止まり観客席からは歓声の嵐。隼総は三国の元まで行く。

「お前程度のキーパーでは、俺の化身が放つシュートを止められない。怪我をしたくなければ次のシュートは避ける事だ。精々かっこ悪く、無様にな」

隼総は言うだけ言い、仲間と共に自分のチームに戻って行った。

「俺は…どうしたら良いんだ…!!」

言われっぱなしだった三国は悔しそうに拳を握り締めるしかなかった。握り締めた時に草も一緒に掴んだのかブチブチッと草が鳴いた。観客席では座っていた三国の母は不安そうに顔を曇らせ、目を瞑っていた。

…………
………

前半戦も何とか終わり、フィールドにいた選手達は控え室へと戻っていた。控え室に着くなり皆はドリンクを飲む気力すら無かったのか黙って座りだした。やはり空気は相変わらず重い。元気、と言えば天馬だけだろう。

「皆、どうしちゃったんですか?まだ同点じゃないですか。頑張ってもう一点取れば俺達のか」
「“俺達の勝ち”か?」

天馬がこの空気が少しでも変わるように頑張って先輩達のやる気を取り戻そうとするが、その言葉を遮って次の言葉を悟ったのか壁に身を預ける剣城が小馬鹿するように言ってきた。

「本気で勝てると思ってるのか?」
「何…!?」

剣城の言葉に天馬は顔を少しだけ歪めた。
確かに今の状態でこの試合に勝てと言われればかなり難しいだろう。それに自分達は元々負けろという指示が出ているのだ。しかも相手には化身使いも居る。

「天河原中の隼総、奴も俺と同じシードだ。奴は化身を自由にコントロールする事が出来る。キャプテン、アンタと違ってな」
「…っ、」

図星を言われた神童は悔しそうに目を反らした。
今の所、チームメイトの中で化身が使えるのは神童と剣城。まだ操れない神童は悠那達にとって一番キツい状態だ。そして、化身を操られる剣城はシード。
どちらにしろ悠那達にはかなりキツい状態だった。

「それでも勝てるって言うのか?」
「あんなの出されたら…」
「勝てっこありません…」
『……』

勝つつもりなんか最初から無い癖に。倉間と速水の言葉に悠那は頭にタオルを乗せてドリンクを飲みながら密かに心中思っていた。

「ようやく分かったか。お前達みたいなザコがフィフスセクターに刃向かっても、何も変わらない。何も変えられない。雷門の敗北は決まってる事なんだよ」
「っ!そんな事」
「そんな事、誰が決めたんだ?」

天馬の言葉を遮り、今度はさっきまで黙っていた円堂が椅子から立ち上がった。

「言っただろ?誰だろうが、試合の前に勝負の結果を決める事は許されない」
「何?」
「勝負の行方を決めて良いのは、勝利の女神ただ1人だ」
「勝利の、女神…?」
「だが!本気で勝利を求めない奴に、勝利の女神は決して微笑まない。

………お前達は、決められた勝敗、操作された今のサッカーで満足なのか?」

円堂はそう言うと、三国の前まで歩き出した。どうやら先程の三国を見ていたらしい。

「三国!」
「えっ、は、はいっ」
「お前は、負けろと言われていたのに、シュートを止めようとしたな」

一体、その行動にどれだけの人間が気付いたのだろうか。観客から見れば失敗。相手選手から見れば無様。自分達から見れば疑問。
しかし三国は、それでも隼総の“ファルコ・ウィング”を止めようとした。
その様子に元雷門GKである円堂は気付いていたのだ。

「あ、あれは…」

三国は図星を言われてしまい、気まずそうに円堂から目を反らしてしまう。

「あれが、サッカープレイヤーの本能だ」

すると円堂は、三国から離れ皆の前を歩き始めた。

どんなシュートでも止めてみせる。
どんな相手もドリブルで抜いて見せる。
誰よりも強いシュートを打ってみせる。
一人一人の前をゆっくり進みながら円堂は言葉を紡いで行った。

そして――…

「勝ってみせる」



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