シュートを放ち、自分のポジションに戻ろうとする神童を喜多がたまらず呼び止めた。

「どういう事だ?指示では2ー0で天河原の勝利の筈。フィフスセクターの命令に逆らうというのか」
「そうだ」

喜多の言葉に神童は戸惑う事も無く、はっきりと肯定した。その言葉に喜多も再び驚くような表情で神童を見ていたが、神童はそんなのも気にせずに雷門側の方に体を向け、自分のチームメイトを見回した。

「キャプテンとして、皆に言っておく。この試合、俺達雷門が勝つ!!」
「「「「!!!?」」」」

その宣言に敵どころか味方を目を見開いた。あれだけ自分の失敗の所為で退部まで心掛けようとしていたあの神童が、力強い目をこちらに向けて言ったのだ。動揺だってする。その事に一年生達は別の意味で驚いた。
先輩の事を気にして試合を望むと思われた神童が、本気のサッカーをやる為だけにグラウンドで今、点数を取った。悠那も思わず小さく口を開けていた。

「勝つって…マジで言ってたのか…」
「ちゅーか、一点取っちゃったしな」
「俺達負けなくてはいけないんですけどね…」

まさかキャプテンである神童からそんな言葉が出る日が来るなんて思わなかった倉間達。動揺を隠せないまま自分達を見て来る神童にどう反応すれば良いか分からなくなっていた。
一年生である天馬や悠那の言葉ならまだ反論出来たが、約一年。自分達と同じ思いをしてきた神童に言われてしまえば反応も出来にくい。

「神童…」

三国もその一人だった。自分がキャプテンになれと三年生同士で話し合った結果が、まさかこうなるとは。こうなる筈じゃなかった。いや、それともこうならせたのだろうか…?
三国の考えも怪しくなってきた、その時だった。

「太一い!!」

どこからか分からない。少なくともベンチとかじゃない。突然自分にとって、そして天馬や悠那にとって聞き覚えのある声が騒々しい観客の歓声の中からグラウンドに響いてきた。
だが、その声の持ち主は今日は居ない筈。だから空耳かと思った。だけど無意識の内に自分の目は歓声席の方へと向かい、とある人物を見つけ出した瞬間、目を見開かざるを得なかった。

「か、母さん!?」
『三国先輩のお母さん…』

観客席の方で一人だけ立って自分達を見ている人物が居た。それは見間違える訳が無い、三国の母だった。あれほど来るなと言って今日に限って来ていた自分の母。三国も当然ビックリだ。

「頑張れー!!ゴールをしっかり守るんだよっ!!」

応援は中学生三年生になっても嬉しい。中学に入ってからは一度も来て良いと言った日なんか無くて、試合に負けて来たり、指示のお陰で勝って来たりが多かった。自分達にとって、何も知らないこの観客達の歓声はBGMや雑音にしか聞こえなくなっていた。ただのおだて役としか、見えなくなっていた。そんな中、あの母親の声援が聞こえて来たらどう思うだろうか?本当なら嬉しい筈なのに、頑張ろうって気持ちになる筈なのに、こんな決められた試合なんて自分がやっていたら…

「……っ」

勿論、どうしょうも無く辛いに決まっている。
三国は自分の母がここに来ていると分かった瞬間、気まずそうに顔を黙って俯かせてしまった。

『ただでさえ負けられない試合だったけど…』

今もっと負けられなくなった。お世話になった三国先輩のお母さんに先輩が負ける所、しかもわざと負ける姿を見せられない。
それに、自分だって今試合をしているであろう環との約束もある。
三国先輩の所までシュートさせなきゃ良い事だが、シュートが決まったら決まったで次を取りに行けば良い。

「ホーリーロード関東Aブロック、全国準優勝雷門対天河原中!!神童の華麗なシュートで雷門中がまずは先制!!」

「どうやら本気のようだ、雷門は」
「バカな奴等だね」
「フィフスセクターに逆らったらどうなるか知らないだろうに」

今の言動で雷門は本気、ならば…

「では俺達も本気を出そうとしようか…勝利を信じて」
「ああ…」

あちらが四人で本気で勝負に挑もうと言うのなら、こちらは11人全員が本気を出して挑もうではないか。
隼総の言葉に喜多は静かに頷いた。

ピ―――ッ!!

試合開始の笛。神童がシュートをし、決めたので次の攻撃は天河原中からとなった。

「止めるぞ!」
「はい!」

神童の指示に、天馬は頷き後に続く。悠那もまた指示は来ていないが、ディフェンスラインを上げに行こうと走り出す。しかし、他の先輩達は誰も動こうとしなかった。

『……』

霧野先輩なら、神童先輩と同じ行動を取ってくれると思ってた。だけど動こうとしない彼を見て、違う事が判明された。
一瞬だけど、悠那は霧野と目が合ったような気がした。

「先輩!止めないと!」
「っは、無理だな」

信助の言葉に誰一人として動こうとしない。ボールをこちらに持って来ようとする西野空。そんな彼に神童がマークに付いた。

「ここからは遠慮なく行くよ」

西野空が強引にドリブルをし、神童をマークに付かれないように弾き飛ばした。
それはこちらからも良く見えた。どこからどう見てもあれはファールだ。不意打ちにより西野空に弾き飛ばされた神童はそのままフィールドに転んでしまった。

「キャプテン!」
『ホイッスルは…?!』

完璧なファールに、少しの間を持ち、フィールドの外で見ていた審判の方を見てみるが…

『鳴らない…?』

鳴らない事に疑問を持った。審判の方を見れば、口に笛をくわえようとするのは見えているが未だに吹こうとしない。何で鳴らないんだ、とそのまま審判から視線を逸らそうとした時だった。
西野空の隣に相手チームの人が居た。偶然そこに居た訳じゃない。仲間のファールを見せない為に上手く隠していたのだ。これなら自分達がファールだと分かっても審判が決定的瞬間を見ていないと自分達が反論しても無意味だ。

『…考えたね』

言葉では感心したように言うが、内心は穏やかじゃなかった。
西野空はそのまま安藤にパスを出した。

「邪魔だ退け退けえ!!」

安藤の向かう先はゴール。にも、関わらずわざわざただ立っている速水へと向かって行った。勿論速水は自分からボールを止めに行った訳じゃない。何をするんだ、とその様子を見て行けば安藤は速水を避ける訳でもなくそのまま突っ込んで行き、速水を無理矢理吹き飛ばして行った。これはもう完璧に狙ってやっている…天河原の人達の方を見れば、全員笑っていた。あの温厚そうな監督さんだって、優しそうな笑みをしているがやらせてる以上、あの笑顔もくどい。

「速水!」

それでも安藤の勢いは止まらず、あっという間にDF陣を抜いて行った。誰も動こうとしない、なら自分と信助で止めなければ意味が無い…すると、安藤は高くパスを出して来た。
それを見た信助は自分が止めると言い、そのボールに向かって走って行く。ボールが落ちて来る所には信助と同じくらいの大きさの人が。ジャンプ力なら信助の方が上に違いない、悠那はぐっと走るのを止めて、信助からのパスを待とうとした。だが、信助がマークに付いた瞬間にその人は信助の背中を肘で無理矢理退かし、信助を転倒させた。

『「信助!」』

これは本当にヤバいかもしれない…まだ信助は運ばれる程の怪我はしていないが、何れ天河原中は怪我人を出すに違いない。
先程信助を肘で退かした人はジャンプをし、そのまま喜多にパスをした。自分もナメていた。直ぐにボールを奪おうと動こうとした時、天馬が喜多の前に立ち塞がった。

「「天馬!」」
『天馬…!』
「退け」

喜多は他の人を見てあまり乱暴なプレイをまだしていない。が、気を緩めてはいけない。何せ彼等のキャプテンを務めている喜多なのだ。勿論乱暴なプレイをしてくるに違いない。にも関わらず天馬は正面から喜多を止めようとした。

「退きません。俺、知ってます。天河原って言えば、サッカーの名門で、昔は雷門と何度も激闘を繰り返したすごいチームだったって」
「……」
「そんなチームが、何でこんな乱暴なプレイをするんですか!」
「…これが俺達のサッカーだ」
「…!」
「勝てと命じられた試合は、勝つしかないんだ!」

そこで、思い切りボールを蹴り上げた。天馬に向かって蹴ったと思われたボールは天馬に当たる事は無く、ボールは天馬の後ろに居た安藤に渡っていた。
思えば天馬は喜多、安藤、隼総の三人に囲まれており、袋のネズミみたいになっていた。

「どんな手を使ってでもな!」

安藤に渡ったボールを天馬は奪いに行くが、こちらにマークが付く前に隼総へとパスを出した。

「どんなプレイをしてでもなっ!」

そこで、隼総は天馬に突っ込んで行き、神童と速水、信助に続き天馬もまた吹き飛ばされてしまった。自分の周りにはもう動ける人間が居ない。このまま隼総がゴール前まで来られたら一点を取られてしまう。
悠那は、動こうとしない先輩達を見て顔を歪めて奪いに向かった。

「あー、確かキミは似非選手ちゃんじゃん」
『……』
「さっきは西野空がナメてかかってたけど、俺はそう簡単に行かないぜ」
『西野空?知らないよそんな奴』

そこでピキッと西野空の眼鏡に皹が入った気がした。それを聞いた安藤と隼総は呆気に捕らわれたが、その後西野空を哀れんようにクスクスッと笑い出した。
事実、自分は名前を覚えるのが苦手な為、相手チームの人の名前は覚えてない。顔と名前は一応今ので分かったが、敢えての知らんぷり。

「あっそ。じゃあ俺はこれで」

と、悠那の横を通り過ぎようとする隼総。だが、それを許す訳も無い悠那は直ぐに隼総の前に立ち塞がる。その時隼総から舌打ちをされたが、これも三国先輩の為だ。絶対に通す訳には行かない。

「何?キミもアイツ等と同じ目に合いたいの?」
『合いませんよ』

そこで、悠那は勢いを付けてスライディングをしようとしたが、あっさりと交わされてしまった。軽くボールと一緒にジャンプをした隼総。口角を上げて自分を見下して来ていたが、別に諦めた訳じゃない。スライディングをしたままの体制を急いで立て直して後ろからボール目掛けて足を伸ばした。

「っな?!あの体制で?!」
『はああっ!!』

カスッ…

ボールには触れられたが、的がズレたのか奪う事が出来なかった。一瞬の焦りを見せた隼総だったが、掠ったのを見て、直ぐに表情を戻した。そして「脅かしやがって」と言い残して、そのまま走って行ってしまった。しまった!と顔を歪ませて、止めに行こうとしたが、自分の前に西野空がマークに入って来てしまった。

「因みに、僕が西野空だよ」
『(無視)』
「無視すんな!!」

知ってましたけどね、と内心舌を出した。しかしこれは本当にヤバい。もう自分の後に動こうとする人はあの場に居ない。DFも、ゴールももう誰も味方になっくれない。悔しい…

「ディフェンスラインを下げるぞ!」

悠那の失敗を見て神童がすかさず残ったDFの浜野、霧野、天城、速水に指示を出したが、四人の表情は相変わらず浮かなく、視線を神童や隼総に向ける事無く明後日の方を見ていた。

「ちゅーか、ねえ…?」
「だド…」
「これ以上痛い目を見るのは嫌です…」

「皆…」



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