ー放課後ー

『え、天馬…居ないんですか?』
「うん、さっきまで居たんだけど急いで教室から出てったよ?」

H.Rが終わった瞬間、いつも自分のクラスに来て自分を呼ぶ天馬が今日に限って来なかった。あ、ついに自分の存在忘れたなとか思いながら念の為天馬の教室へと向かったら、天馬だけではなく葵や信助も居なかった。まあ、この二人は良いとして天馬はかなり珍しい。
という事で天馬のクラスに聞けば、この状態だ。

『どこに行ったか分かります…?』
「うーん…それは分かんないな…ごめんな」
『あ、いえ…ありがとうございます』

今日は午後の練習も無く、天馬達と帰ろうとしていたが、まさか葵と信助まで居ないなんて思ってもみなかった。
今日は一人で帰るかな…別に拗ねてないし!?

『帰ろ…』

若干心細さを感じながら、悠那はグスッと鼻を啜りながら静かに老化を歩いて行き、一人で帰り始めた。

…………
………

『……』

なんか最近重苦しいなあって思う。サッカー部の事もそうだし、ホーリーロードだって…でも一番最初に思うのはキャプテンである神童の事。これでは楽しいサッカーが楽しくなくなってしまう。そんなのは嫌だ、何の為に日本に帰って来て、雷門に入ったのかが分からない。

『もうドロドロ…』

もう本当、やんなっちゃうなあ…

「俺がサッカーになる!!」
『マジか』

って、あれ…この声…
不意に聞こえて来たその声に随分と聞き覚えがあったので、自分の視線は自然と河川敷に移った。こんな時間にまだ天馬は自分を置いて練習をしているのか、なんて思いながら見てみれば、そこには神童に向かっていく天馬と、それを見ている信助の姿があった。
おーおー頑張るねえ、とその光景を見ていた、次の瞬間だった。

「“そよかぜステップ”!!」

天馬の身に黄緑色の風と呼ぶべきオーラが纏い、神童に向かって突っ込むようなフェイントを入れて、瞬時に避けた。抜かれた神童はその風に包まれ、そのまま転倒してしまった。

『風…?』

出来たんだ、必殺技…!
出来上がった必殺技で、あの神童先輩を抜いた。遠くからでも分かったその光景に悠那も自然と嬉しそうに土手の上ながらも微笑んだ。

「…!?キャプテンを、抜いた!?」

周りが驚く中、抜いた本人すら驚いていた。遠くでは信助が大きく飛び跳ねて喜びを表現していた。転倒した神童も少しだけ驚きながらも、その喜ぶ二人の姿を見て小さく微笑んだ。

「やったね!ずーっと練習してた甲斐があったじゃん!!」
「っ!出来た!“そよかぜステップ”!!」
「“そよかぜステップ”か、良いオフェンスだ」

そう言ってやれば、はい!と嬉しそうな声が返って来た。
そういえば、谷宮もコイツみたいに練習してたんだっけ。松風の話しを聞いて、谷宮もまた一緒に練習をしていたらしい。やはり女の子と言っても熱さは松風と並ぶ位にあるんだ、と思わされた。そして、それと同時にコイツ等は本当に仲が良いんだ、と思い知らされた。

「キャプテン!俺、これで今年のホーリーロード戦います!相手チームにこのドリブルで突っ込んで行きます!」
「おー!盛り上がってきたー!」
「今度は信助とユナの番だな!」
「うん!悠那に負けない位に頑張るよ!!」

この場に居ないものの、天馬は悠那の事もちゃんとカウントに入れており、信助もまた悠那に向けての挑戦状を送った。闘志を燃やす二人はお互いにハイタッチをし、意気込んでいた。そんな一年二人を見た神童は、急に目元が熱くなるのを感じた。

「…お前達やアイツの頑張りに比べて、俺はっ…」

自分は入学して今までこの短期間で松風達みたいにここまで成長する程の努力をしただろうか?サッカーと本気で向き合う努力をしてきただろうか?いや、して来ていなかった…この学校に入学した途端に失われたのだ。
いや、松風達は寧ろ努力というより、当たり前な事をしてきただけなんじゃないだろうか…?
悔しさと悲しさで目の前に写っていた光景が涙により滲んだ世界に変わり出した。

「これじゃあやっぱり、キャプテンの資格なんて無い…」
「そんな、」

「資格はあるさ!」

少しだけ離れている木の陰に隠れてその光景を見ていれば、自分の反対側から再び聞き慣れた声が響いてきた。そちらを振り向けば、そこには河川敷の土手に立っていた円堂の姿が。天馬達が円堂に気付きそちらを見ていれば、円堂は段々と土手から降りて行き、神童の前に立った。

「お前の流しているその涙こそ、

キャプテンの資格だ!」

そう言って、手に持っていた神童が円堂自身に届けたであろう、退部届を一気に真っ二つに破りだした。
何を破ったかは分からなかった天馬達だったが、神童だけはそれを見て呆気に捕らわれるように目を見開かせた。

「サッカーが好きで好きで堪らない気持ちが、その涙になったんだ」

神童の頬を濡らしていくその涙。入学式の時に流れた涙とはまた違う涙。円堂は神童の肩にあの大きな手を置いた。

「お前はやっぱり“神のタクト”だ。優れた指揮者が演奏者のポテンシャルを引き出すように、天馬の力を開花させたんだ」

円堂は神童の肩に置いていた手を下ろし、後ろを振り向いた。視線は明らかに木の方。つまり、悠那の居る方へと行っていた。
やはり、円堂は河川敷を降りていく時に見えていたらしく、円堂はそこから目を離さなかった。

「…?」
「おーい、もう出て来ても良いんじゃないかー!」
「…え?」

そう円堂が大きな声で一言言えば、河川敷の土手の近くにあった木の陰から制服姿の悠那が出てきた。悠那は少しだけ戸惑いながらも木の傍から離れ、ゆっくりと下へと降りて行った。

「ユナ!!」
『天馬、おめでと』

途中からだけど見てたよ、さっきの。と、一言言うと天馬は少し照れたように顔を赤くしながら「ありがと…!」とお礼を言った。

「谷宮…」
『神童先輩…』

天馬とそんな会話をしていれば、神童が自分に近付いて来て声を掛けてきた。振り返って神童の目を少しだけ見てれば困ったような、申し訳無さそうな表情で自分を見ていた。
何か言わないと…だけど、自分は屋上の時、一人で逃げるようにあの場から去ったのだ。もう一度謝って、お礼を言おう。
そう決めた時に口を開こうとするが、中々言葉に出せなかった。言葉というものは中々伝わらないものだ。ぐあーっ!!と、内心頭を掻きながら叫んでいれば、自分より先に神童が口を開いた。

「ありがとう谷宮。お前のお陰で、ようやく分かったかもしれない」
『は?え…はい?』

神童の言葉に思わず悠那は間抜けな顔をしながら間抜けな声を出してしまった。その反応が神童にとっておかしかったものだったのか、神童はクスッと笑い、円堂に向き直った。神童が真剣な表情をする中、円堂は相変わらずの笑顔を向けていた。それを見る度に心が軽くなっていくのを自分でも感じ取れた。

「…監督、俺だって…俺だって本当は勝ちたいです。これ以上、無様なサッカーをやりたくないんです!!」
『先輩…』
「その言葉を待ってたよ、キャプテン!」

円堂が待っていた神童の答えは退部ではなく、このサッカーをやりたいという気持ちだった。天馬と信助もその言葉を待っていたらしく、大いに喜んでいた。

「俺!頑張ります!」
「絶対に勝ちましょう!!」
「ああ!負けて良い試合なんて絶対に無いぞ!」
「「はいっ!!」」

円堂のその言葉に天馬と信助も元気よく返事をし、神童もまたそれを微笑みながら見守るように見ていた。もう、あの自分達を軽蔑するような目じゃない。
悠那はその光景を見て、開いた口が塞がらず、だらしなくも暫く唖然としていた。だけど、今なら言えるかもしれない。

『先輩!!』
「ん?…うわっ!?」

ギュッと、悠那は神童の両手を包み込むように握り締めた。握力があまりかかっていない所を見て、まるで壊れかけのおもちゃでも扱うように、手を握り締めていた。勿論神童は手を握り締められたのは小学生の低学年までしか女の子に触れていない。しかも中学二年と言われれば色々と意識してしまう年頃。顔は勿論真っ赤だった。

『戻って来てくれてありがとうございます!!私、神童先輩に追い付けるように頑張ります!!だから…』

悠那はそこで俯かせていた頭を上にやり、神童と目を合わせるように見上げた。身長的に明らかに悠那の方が低い為、頭を上げた瞬間に神童との顔が志近距離となった。

『絶対勝ちましょう!!』
「っ!?」

ち、近い…!

「ユナ!!離れてよ!!」
『うがっ!!』

いきなり天馬にカーディガンのフードを引っ張られ、神童から強制的に離せられた悠那。声からしてとても苦しそうに聞こえたので、天馬は離せたと同時に悠那のフードから手を退かし、顔を背けた。一方悠那は痛そうに首もとをさすり、舌を出していた。本当に苦しそうだ。

『ってて…天馬…?』
「……」
『…?』

なんなんこの子…無理矢理引っ張っておいて何も言わなくなったぞ…
と、首もとをさすりながらそう思っていれば、急に天馬がこちらを横目に見て視線を地面に落とした。

「俺も…頑張ったのに…」
『!!』

何だこの子…拗ねてたのか!!可愛いなあ天馬は!!←
なんて口には出さないものの、ニヤけてしまう。そして天馬に一歩近付き、背が低いにも関わらず自分の手を天馬の頭に乗せた。
乗せた瞬間に天馬は肩を震わせて驚いたような仕草を見せてきた。そして顔をこちらに見せてくる。顔は真っ赤に染まっており、目は見開かれていた。

『拗ねるな拗ねるなっ』
「す、拗ねてない!」
『照れるな照れるな』
「!?」
「……」

天馬の必死な否定にも悠那はニヤニヤとさせながら、面白そうに天馬の頭を撫でる。それを見た神童は何故だか、良い気分ではなく心臓部分に何かが刺さるような感覚を疑問を持っていた。

「ユナ、良い仲間が出来て良かったな!」
『うんっ』

悠那は天馬の頭を撫でるのを止めて、円堂の言葉に、円堂に負けない位の笑顔をしながら頷いた。

「!!」

そうか、俺は…この笑顔が見たかったから、もう一度サッカーしたいと思ったんだ…



一方、そんな様子を見ていた人物が悠那とはまた違った木の傍で見ていた。

「…ふん」

腕を組み、木に背を預けていた剣城はその光景を面白く無さそうに見ており、天馬達の前には姿を現す事も無くその場から静かに立ち去った。

…………
………

『もう!待ってよ天馬!!』
「早く見せたいな!!俺の“そよかぜステップ”!!」
『聞いてないし…』

朝起きて目が合った時からずっとこんな調子だ。嬉しいのは分かるがいい加減にしてくれ、と言わんばかりに訴えるが、残念ながら今の天馬には届いておらず、走るのを止めない。結局、悠那は雷門の校門が見えるまで天馬の勢いを止める事が出来ずに一緒に走って来ていた。

「あ、キャプテンだ。キャプテン!おはようございます!!」
『おはようございまーす』
「あ、ああ…」
『…?』

校門に入って直ぐに天馬の走りは歩きへと変わり、自分も息を切らしながらも歩き始める。徐々に歩いて行けば、木陰の所で立っていた神童がおり、天馬は昨日の事があった所為か、気軽に話しかけられるようになり、挨拶をする。悠那もまたそんな天馬に呆れながらも神童に挨拶をすれば、神童からは微妙な声が返された。その様子には悠那も気付けたが、天馬は自分の必殺技の事で頭が一杯だったらしく、気にしていなかった。

「早く皆に見せたいですよ!“そよかぜステップ”!!」
『朝からこんなんなんで何とかして下さいよ先輩ー…』
「こんなんって失礼だよユナ!!」

自分め気にしても仕方ないとは思ったので、天馬のノリに逆に助けを神童に求めた。言い方が気に食わなかったのか、天馬は若干唇を尖らせながら言って来たので、悠那は「本当の事〜」と軽く受け流した。

『ほら、先に行っちゃうよ〜』
「あ、待って!俺も行く!」

二人は神童に「先に行ってますね!」と言い、神童を一人だけ置いて部室に向かって走り去ってしまった。

「……」


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