悠那の情報を信じて天馬達はギィッ…と重たい屋上のドアを押し開ける。開けた瞬間にブワッと春風が吹き、自分の制服を揺らす。思わず広がりそうになったスカートを抑えて、屋上の様子を見ようとすれば、小さいが謝罪の声も聞こえてきた。
まるで自分達にその話しの内容を聞かせるように風がそこで吹くのを止めた。

「すみません、俺には無理です。もう辞めます…」
「お前な、俺達がどんな気持ちでお前にキャプテンを託したのか分かっているのか?」
「…昨日の河川敷を見たからか?」
「来てたのか…」
「ええ、」

神童の弱々しい声が一発でこちらにも聞こえて来た。話しの内容で大体状況が伝わった。神童は三国にサッカー部を辞めると言い、霧野は二人の間に入って状況説明。勿論三国側だとは思うが。だが、そんな神童は本当に精神的に来ているらしく、三国の言葉にも曖昧な返答だった。昨日の河川敷にも神童と霧野は来ていたらしく、あの様子を見ていた。結局は南沢だけがあの場所に来なかったのだろう。

『ほら天馬、行ってきなよ』
「うん…って、え…ユナ一緒に行かないの…?」
『うん。大丈夫、ここで見てるから』

何が大丈夫なのだろう、と天馬は悠那の言葉に少しだけ戸惑ったが、頷き信助と共に神童達の方へ向かった。
ドアの方に身を預けて、天馬の必死な説得をしている様子を見る悠那。

その数分後、神童が顔を俯かせながらこちらに向かって来るのが見えた。どうやら天馬の伝えたかった言葉はあまり届かなかったと見えた。気持ちは分かるが、天馬の話しをよく聞いてやっても良いんじゃないか、と思ったが口には出さなかった。

「…お前、」
『…こんにちは、神童先輩』
「……」

漸く自分の存在に気付いたのか、ドア付近で顔を上げた神童は悠那の存在に驚くように見るが、直ぐに真剣な顔に戻して自分を見た。この目はさっきまで天馬に向けていた目だなって、実感しながらも黙っているのも失礼だと、直ぐに挨拶をした。
が、した瞬間神童は挨拶を返す訳でもなく、何も言わず悠那の横を通り過ぎようとした。

『…先輩!!』

だが、それを悠那が少し大きめの声を出して、神童の歩みを止めた。お互い背中合わせ。悠那は止まったのを見て直ぐに悠那もまたこちらを向かないも、真剣な顔を神童に向けた。表情こそ悠那には見えていないものの、どんな表情をしているかなんて神童には分かっていた。

「何だ…」
『サッカー部、辞めるんですね』

悠那がそう静かに呟けば、神童の肩が密かに揺れた。図星かのように揺れた肩を見て、本当に辞める気なんだと改めて感じさせた。
だけど、神童は動揺する様子もなく、背中を悠那に向けたまま言葉を続けた。

「…だから何だ」
『私、言ったじゃないですか!!神童先輩と本当のサッカーがやりたいって…!!それなのに』
「もう止めてくれ!!」

そこで、神童がバッ!!と振り返った。改めて目が合った瞬間、自分は蛇にでも睨まれたかのように動けなくなった。神童の目は今朝天馬に向けていた目で悠那を睨み付けて来た。思わず自分の言葉は神童のその言葉により途切れてしまい、ただ黙って神童の目を見た。そして、少しの沈黙。神童の目からは僅かだが涙が溜まっているように見えた。神童の限界が来たのだ。それが、思いもよらない、悠那に当たってしまったのだ。

「俺は、疲れたんだ!!もう放って置いてくれ!!」
『先ぱ…っ!』

神童のボロボロの心が今ではよく見える。あの試合でのシュート。自分の所為で辞めさせてしまった久遠監督の背中。訳の分からない自分への怒り。かなり精神的に追い込まれていたに違いない。それを自分は分かっていたつもりだったのに、全く分かっていなかった。

『(何か、バカみたいだな…)』

自分達に置かれた立場が違うだけでこんなにも神童先輩を傷付けていたなんて…
悠那の中にも、訳の分からない怒りと悔しさが溢れ出て来て、拳を強く握り締めた。

『…神童先輩』
「……」
『神童先輩が決めた事なら、私はもうこれ以上口出ししません…』
「…!」

その言葉と共に、神童の目はあの勇ましさは無く、普通に驚いていた。元々神童の気持ちを理解しようってのが無理だったのだ。どんな思いでこの一年と今日この頃まで我慢してきたのかをまず知らない所で、入学して今日この頃までに知ったフィフスセクターの存在。この差が、改めて思い知らされた。

『私、神童先輩の事分かったつもりでいました』
「……」

だけど、それは全て自分の想像以上で、何も言い返せなかった。勝手に神童の事をこうだろうと、決め付けていたのだ。
キャプテンだから、責任が重いんだろうな、と軽く流していたのだ。
だけど…

『だけど、私…諦めません。神童先輩とサッカーしたい想いは天馬に負けない位あります』
「谷宮…」
『でも、やっぱり神童先輩がどうしたいかという気持ちが大切だと…私は思ってます』
「…気持ち」
『私、待ってます。神童先輩とサッカーやりたいですから』

それでは、お時間を取らせてすみませんでした。
悠那はそれだけ言い、天馬達を待たずに先に走って教室に戻ろうとした。それを神童が無意識に手を伸ばして悠那の腕を掴もうとしたが、その手は宙を切った。行き場を失った手は重力に従って、自分の横へと戻る。神童は走り去って行く悠那の背中を見つめ、ぽつりと呟いた。

「…気持ち、か」

すまん、谷宮…やはり俺はまだまだ弱いらしい。だけど、何故だろうな…何かが自分の中に引っ掛かっていて仕方がない。
神童は静かに自分のポケットに入っている紙切れを握り締めた。その瞬間、紙切れは苦しいと言わんばかりにくしゃっと鳴った。

…………
………



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