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『あ、今日も居る』

ベンチの方で一人、体を解す為にストレッチをしていれば不意に視界に入って来た部員なのにまだ学ラン姿のままの彼、剣城京介。自分達がグラウンドで練習をしていれば必ず剣城は自分達を離れた場所から見ている。昨日の円堂に散々言われていたのでもう来ないとは思ったが、やはり来ていた。しかも今度は練習する自分達を見ながら円堂の観察ときた。

「おい、谷宮。体解したなら練習始めろ」
『あ、はーい』
「……」
『あれ、どうしたんですか?霧野先輩』

暫くそちらを見ていれば、霧野に練習しろと言われた悠那。それに返した言葉により、自分を呆れるような態度で見る霧野。そんな霧野に普通に話し掛ければ、突如鉄拳が落ちて来た。何故だ。

『先輩…酷いっス…』
「何かムカついた」
『!?』

食らったであろうそこの部分を両手で抑えながら霧野を見上げれば、スッキリとしたと言わんばかりの表情でさらりと言われた。あれか、いつまでもストレッチするなって事か。なーる。殴られた理由はなんであれ、それはそれで殴るのは酷い。
と、心の中で愚痴っていれば、霧野から「さっさと練習しろよ」と言い、霧野はフィールドの中へ入って行った。
それを見た悠那もまた、叩かれた場所を抑えながらフィールドへと入った。

「ユナ、キャプテンの事どう思う…?」
『え、何…いきなり…』

天馬と信助とのパス回し。一年はあまり二年と三年の練習には入れないので、こうして一年同士で練習する事が多くなった。
たまに先輩達と練習は出来るけど。そんな事をしていれば、天馬からの神童についての質問が来た。ボールは悠那の足で止まってしまい、悠那は呆気に捕らわれように天馬を見た。
天馬の表情は顔を俯かせているので、分からなかったがスゴく不安そうにしているのはよく分かる。天馬も天馬で責任を感じているのだろう。

『どうって…私はキャプテンじゃないから分かんないけど…責任感じてるんじゃないかな…やっぱり、』

黒の騎士団の時とはまた違った責任。あの時はサッカー部を守れなかったなどの責任かもしれないが、今は久遠も関わっているのでかなり重いに違いない。そうさせたのは紛れもない自分達だけど、やはりサッカー部のキャプテンである神童の事だ。自分だけの責任と感じているのかもしれない。悠那は視線をボールに落として、天馬に聞こえるか聞こえないくらいかの声で言った。ボールを見て思い出されるのはあの栄都戦の試合の時。キャプテンは、あの時どんな想いでこのボールを蹴ったのだろうか。

『本人に聞かないと――…』

分かんないよ、と言おうとした時だった。ボールに視線を落としていた顔を天馬に向けようと上げれば、自分の真正面に見える土手の上に人影があったのが見えた。逆光でその姿は見えなかったが、その人物が自分に姿を見せるかのように進んできて、そこで止まった。
自分達と同じユニフォーム。うねりが効いた髪。左腕には赤いキャプテンマーク。神童拓人だった。

『キャプテン…』
「…え?」
「神童…」

先程自分の言った発言よりも小さな声で呟いたが、それを天馬は零す事なく拾った。そして悠那の目線を追うようにそちらを向けば、目を見開かせていた。霧野達もまた神童に気付いたらしく、練習を一旦止めだした。改めて神童の方に目をやれば、自分達をただ黙って見るだけ。何も言おうとはしない。
立ち去ろうとした神童を天馬は急いでそれを止めるかのように、グラウンドの階段を駆け上がって行った。何をしに行ったのだろうか、とそれを見送ってれば、天馬は急に頭を下げた。謝るとかではない。普通の挨拶だ。だが、そんな挨拶にも神童はキッとここからでも分かるような睨みで天馬を見た。

「神童君、辞めるんでしょうかねえ…」
『……』

もし、キャプテンがサッカー部を辞めてしまったら、それはキャプテンの為になるのだろうか。勿論、神童がそれで良いと決めたならそれで良いが、それはそれで自分達にとっては無責任に感じる。自分達からしては辞めてほしくはない。
強さや実力があって辞めるのは勿体無い気もするが、神童のあの様子を見てきっと精神的に追い詰められている感じだったので、何も言えない。

『…私は、辞めてほしくないです』
「谷宮…」
『何て言われようと、私は…神童先輩とサッカーやりたいです』

この想いは誰にも負けません。悠那は、特に誰に言う訳でもなく一人で喋った。その言葉に、霧野はただ顔を俯かせるだけだった。
悠那の言う事は自分達だって当てはまらない訳じゃない。だけど、神童の気持ちだって分からない訳でも無いのだ。

「…そうだな、」

だけど、それを決めるのは神童次第なんだ。
霧野はそう悠那に聞こえるか聞こえないくらいの事で言い、両手でいつの間にか作られた拳を強く握り締めた。それを見た悠那もまた、辛そうにも小さく微笑んだ。何故、今悠那が微笑んだのかは分からなかったが、今はこのどうしようもない空気を何とかしてほしかった。

こうして、サッカー部の部活動は終わったのだった。

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