守兄さんが監督になった次の日。私達サッカー部一年生組は二年生と三年生が部室に来る前に去年のホーリーロード決勝戦をミーティングルールで見ていた。
相手は木戸川清修。前半で既に二点を取られており、神童先輩達もまた追いつこうとフィールドを走っている。
10年前の木戸川も中々に強く、守兄さん達も点を取るのに苦労をしていたのを今でも覚えている。

ボールは雷門へ。車田先輩がボールをキープしながら相手を交わし、神童先輩へとパスを回す。神童先輩はそのままドリブルで相手の陣中へと上がっていく。その時、神童先輩が指揮者が指揮を振るように手を動かし、周りを導くかのように動き出した。
すごい…その言葉しか声にならないくらいこの試合はすごかった。
フィフスセクターからの指示があるにも関わらず試合がこんなにも素晴らしいなんて。
今まで当たり前だと思って来た事が、今ではこんなにも愛しく感じられるとは。
それに先輩達の表情。リードをされているのに、どこか楽しそうだ。

『……』

まるで、守兄さん達の試合を見ているようだ。
不意に隣に居る天馬と信助を見れば、二人は食い入るように画面を見ていた。その光景に苦笑しながら見ていれば、気付けば神童先輩にパスが再び回り、自身の必殺技である“フォルテシモ”が放たれた。
シュートは決まり、点数は2ー1となった。

「先輩達すごかったな〜…」
「でも、あれもフィフスセクターからの指示なのよね…」

フィフスセクターは三国先輩達が一年の時からあるものと言える。去年のホーリーロードでは神童も一年なので、勿論指示だって出ている筈だ。それを言った葵もそうだったが、天馬と信助は顔を曇らせた。いくら素晴らしい試合でも、フィフスセクターからの指示を受けてからこそなのかもしれない。

『私達は私達で頑張れば良いよ』
「ユナ…」

なんてね、と軽く笑って見せた。自分達のやりたいようにやれば、フィフスセクターの指示なんてどうって事はない。天馬はその言葉の意味を理解したのか、それとも普通に受け取って元気を出したのか「うん、そうだね!」と返した。とりあえず二人に元気が戻ったので、気にする事は無かった。
だが、ここで疑問が生まれた。

「でも…本当にサッカーを楽しんでるように見えたよね…」
「当然よ?本気だもの」

と、ここで第5者の声が自分達の後ろから聞こえてきた。後ろを振り向けば、そこには頭に眼鏡を乗せた春奈。机の上に置いてあったDVDのパッケージを取り、深刻そうにもそれを見た。

『春奈ねえ…じゃなかった。春奈ティーチャー』
「先生でしょ…」
『意味は同じ〜』

と笑って言えば、春奈だけじゃなく葵にまで呆れるような溜め息を吐かれた。何故だ。
とまあ、悠那な呆れるも直ぐに表情を戻し、再びそのパッケージを見る春奈。

「本気の試合だからこそ、神童君は“神のタクト”を使ったし、“フォルテシモ”を打ったのよ」

負けちゃったけど、あの試合はとても充実した試合だったと思うわ。そう言って、春奈は微笑んだ。フィフスセクターが管理する試合でも、この試合のように全力を出せるものもあるという事か。だが、これも結局フィフスセクターの指示と言っても過言ではない。それを言葉にしなかったのは、あの神童達の笑顔がちらついたからであろう。

「他校との練習試合でも、この前の栄都戦のように、結果が決まった状態でやるものも、本気でやるものもあるのよ」
「変なのー、フィフスセクターって絶対変だよね」

天馬と悠那に視線を向けながらそう言う信助。視線に気付いた悠那はただ黙ってうん、と頷いた。

「…で、皆どうして去年の試合を見てたの?」

しかも一年生だけ、というので春奈も不思議に思ったらしく、そう尋ねてきた。

「もう直ぐホーリーロードだから、去年どんなだったかなって、見直してたんです」

葵と信助がそう春奈に説明をすれば、春奈も納得したように頷いた。信助に至っては体で表情していた。(本当にピカチュウみたいだ)
と、そんな事を話していれば、再び部室ドアが開いた。足音的には先輩達では無さそうだったので、ソファの上から顔を覗かせるようにそちらを見た。

「おう、おはよう。早いなお前達っ」
「「「おはようございます!!」」」

入ってきたのは手に何かを持っていり昨日監督になったばかりの円堂。悠那達が部室に居た事に気付いて、笑顔で挨拶をしてきた。天馬達もまた元気よく挨拶を返す。

『おはよう、守兄さん』
「こらっ!今は円堂監督でしょ?!」
『ええー…』
「音無、俺は別に良いって;」
「円堂さんが、言うなら…」

円堂の許可を改めて得て息を吐く悠那。
別に常識ぐらい私だって持っているが、守兄さんを“監督”って呼びづらい。なので名前で呼ばせて貰う事にして貰った。まあ、部活だけしか殆ど会わないから良いよね。

「お前達だけか?」
「はい…」
「昨日、皆河川敷に来てくれたのにね」
「皆じゃないけど…」
『うん…』

神童はあの場に居なかったので来なかったのも無理は無かったが、あの霧野が来ないなんておかしかった。きっと神童を呼びに行ったとばかり思っていたが、やはり現れなかった。南沢なんて言い出しっぺなものだったので来ないのも無理は無かった。
今日はただ単に自分達がこの映像を見る為に早く来ただけだったので、先輩達がまだ来ないのは当たり前だと思う。だが、昨日の事があったので、来るかは不明だった。

「なーに、直ぐ集まるよ」
『…それ、』

悠那の言葉を合図に、天馬もまた円堂が壁に貼っているポスターへと近寄って来た。何のポスターかと目をそちらにやれば、何人もの同じ格好をした男の子達が同じポーズをしている、ホーリーロードのポスターだった。

「ホーリーロード…」
「俺がお前達の年の頃は“フットボールフロンティア”っていう大会だった」
『やっぱり…』

あまりのギャップの違いに目を疑った。10年前のポスターはこんな風に堅苦しくなく、誰もがワクワクしそうなポスターだったが。なるほど、時代も変わればサッカーも変わり、サッカーも変わればこの大会も変わるのか。
イタリアに居る時は全くこの話しをされなかったけど、まさか今のサッカー界がこうなっているとは思っていなかった。皆、どう思ってるのかな、こんなサッカー界になって。
悠那はそのポスターを見て、悔しそうに唇を噛み締めた。

「おはようございます」
「はざーっス!」

そんな事を話していれば、部室のドアが開いたので顔をそちらにやると、三国と浜野に続き先輩達が入って来た。
やはりただ単に自分達が早く来すぎたから先輩達が遅く来ただけだったらしい。多少の心配もしていたが、それもいらなかったらしい。
入って来た先輩達に天馬はあたふたしながらも元気よく挨拶をし、悠那もまたワンテンポ遅れながら挨拶をすれば、三国と浜野が返してくれた。やっぱり好きだな三国先輩と浜野先輩。

「キャプテンは…」

一通り先輩達に挨拶をし終えれば、天馬はキャプテンが居ない事に気付き、小さく呟く。だが、それは先輩達にも聞こえていたらしく気まずそうに顔を俯かせていた。キャプテンが来なくなったのは久遠が監督を辞めてしまったあの日からだ。どれだけ責任を感じているのか分からないが、キャプテンであるのは代わりのない事だから部活くらい出たらどうだとは思った。だけど流石にそれは言い過ぎなのかもしれない。神童だって神童なりの抱えているものがあるのだ。今の自分みたいに。

すると、円堂がそんな微妙な雰囲気を破るかのように手を叩き、壁に貼ったポスターをバシッと皆の視線をそこにやらせるかのように叩いた。その音で、俯かせていた顔を円堂の方へと一気に上げた。

「皆!ホーリーロード地区予選はもう直ぐだぞ!練習開始だ!!」



prevnext


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -