「残っているのはお前だけだ!」
『(守兄さん…)』
そんな事言ったって、無駄なのに…
どうして円堂はそこまで剣城にこだわるのだろうか。まあ、これが円堂にとっては当たり前なのかもしれない。相手がどんな人であれ、サッカーをやっているには代わりないのだ。
悠那はそっと、目を剣城にやり様子を見た。
「サッカーやろうぜ!!」
「っ!」
先程と同じ台詞。同じ笑顔。けど、先程より何かが違った。その何かは自分でもよく分からないけど、心が軽くなる感じ。だけど、その言葉を二度も浴びさせられた剣城にとってはかなり居心地が悪かったらしく、瞳孔が開いていた。
昔はサッカーやろうと言えば、直ぐにうん、良いよ!と返してくれた彼なのに、あんな表情をするという事は本当に彼は心からサッカーを憎んでいるという事になる。
あれで完全にキレたな、なんて思っていれば剣城は意外にも冷静に円堂を嘲笑うかのように見下してきた。
「…良いだろう、やってやるよ」
そう言って、階段をゆっくりと下り始める剣城。そして、彼の視線は悠那へと行った。
「そのボールよこせ」
『え、あ…』
そのボール、とは先程悠那が拾い上げたであろうボールの事だろう。視線だけで悠那に言っているのと通じ、悠那は少しだけ戸惑いながらも手に持っていたボールを剣城に向かって軽く蹴った。ボールは小さな孤を描きながら正確に剣城の足元へと転がっていった。
そこで、その場の空気だけが時間が止まるかのようになりだした。カチッカチッ…と、河川敷にある時計の秒針が進み、もう少しで四時を差そうとしていた。剣城はまだあのボールを打とうとしない。いつになったらあのボールを蹴るのだろうか、と不安と焦りを感じながら時計の針と共に見ていた。
カチッ
「――っ!」
時計の針が、四時を差した時だった。
瞑られていた剣城の目が見開かれ、再び険しい顔をした。
「“デスソード”!!」
黒に近い程の藍色を纏ったボールは、あの時の事件よりも鮮やかに見えた気がしてならなかった。そのボールは真っ直ぐとゴール前の円堂へと向かっていく。方向性が明らかに円堂の方へと行っている所を見て、わざとにしか見えなかった。そして、狙って蹴ったかのような必殺技に、剣城の嘲笑うかのような表情。
まさかの展開に皆は驚きの表情を隠しきれない。「危ない!」という声でさえ、自分は出せずにいて、ただ黙ってそのボールの行方を見送る。不意に自分の視界に写った円堂の表情、危険が迫っているというにも関わらず、円堂はあの笑みを崩さなかった。
もう間に合わない。誰もがそう思ったに違いない。しかし、円堂はあの笑顔のまま首を傾け、何もしないままシュートは円堂の後ろにあるゴールへと入っていった。ネットへと突っ込んだボールは回転をしており、焦げたのかそこから黒い煙が出ておりそのまま力なく地面へ転がった。
「スゴいシュートだな!やるじゃないか!!」
円堂の癖、というか良い所はまず人を褒めるという事。どんなシュートでも、どんな攻め方や守り方をしても、まず円堂は人を尊敬するかのように褒める。それが例え、10年前の自分でも、敵でも…剣城でも。
円堂が笑顔でそう言えば、剣城は一度舌打ちをして、「ぶさけやがって」と踵を返した。
「…ふ〜、ビックリした、ぶつかると思ったよ」
「ああ、…(必殺技で止めると思ったのに…)」
円堂の必殺技を期待していた天馬。だが、その円堂は必殺技を使う前に避けてしまったので、それ自体見れなかった。悠那もまたそれを少しだけ期待していたらしく、安心するもののやはり腑に落ちない気持ちがあった。何であれ、円堂に当たらなくて良かった。
「今日の練習は終わりだ!」
「シュートを一本だけ?」
「学校じゃ見えないものって何だったんだ…?」
剣城を含めて全員のシュートを打った瞬間に、円堂はそこで練習を終わりにした。何故終わったのか、と納得のいかない人や疑問を持つ人も居た。最初は神童、霧野、南沢が居ない事でもう終わりだと思われたが、どうやら違うらしい。そんな部員を見た円堂は黙ってニカッと笑った。今も昔も変わらないその笑顔は、自分達にとってかなり純粋なものなのだろう。
「皆、勝つ為の特訓に来たんだろ?だったら見えたじゃないか」
そこで何故河川敷に来て特訓をするのかが分かった。疑問符を浮かべる部員達の中、悠那は少しだけ驚くように目を見開いたものの、直ぐに元の目に戻して、円堂を見た。変わっていないようで、変わったのだ。円堂も。だけど、この変わり方は剣城よりも温かいものだった。
「本気で勝利を目指したいと思ってる、仲間の顔さ。本気のサッカーをやろうと思ってる奴等のな!」
今日の特訓は“皆がここに居る”という事。その意味が天馬を通して先輩達は理解したのか、顔を見合わせていた。実際ここには三人の部員が居ないが、これだけ集まれば充分という事だろう。
『そういう事かあ、じゃあ明日は全員揃ってると良いね』
「ああ!」
「明日からは、学校のグラウンドで待ってるぞ!」
…………
………
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