「これで全員か?」
「い、いえ…キャプテンが休みです…」

いきなりの問いかけだったので、霧野は少しだけどもりながら答えた。それを聞いたその人物は「そうかっ」とそれだけ言って終わらせた、どうやらキャプテンの休みについては敢えて触れないらしい。

「今日から雷門中サッカー部の監督になった、円堂守だ」

その言葉にも思わず部員達一同と同じように目を見開かせた。円堂守という人物は知っていた。だが、監督になるなんて知らなかった。あの剣城でさえあの驚愕の表情をしている。

「ええ!?円堂守ってあの伝説のゴールキーパーの!?」
「皆、宜しくなっ」

久遠監督の言う新しい監督というのは守兄さんの事だったのか、と悠那が納得をしたように思い出せば、視界に剣城が。そちらの方に目をやればまだ表情は信じられないと言わんばかりの表情。円堂の存在を驚いているのか、それとも円堂が監督なんて知らなかったのか、どちらにせよ普段冷静かつポーカーフェイスな彼があんなに驚くとは思っていなかった。

「マジかよ…」
「驚きだな…」
「円堂さんが、監督…?」

春奈もやはり知らなかったらしく、少しだけ声を荒げていた。春奈も久遠から新監督が来るとは聞いてはいたらしいが、まさか円堂自身が監督になるとは。皆が驚く中、円堂だけは落ち着いており「ああ!」と答えた。何か負けた気分。
悠那が両手で髪を押さえフリーズをしていれば、傍では天馬と信助が嬉しそうに拳を握っており、信助は嬉しさのあまり飛び跳ねていた。(え、ピカチ○ウ…?というツッコミは敢えてのスルーだ)

「放課後の予定を伝える。練習場所は河川敷のグラウンドだ!」
『河川敷…』

河川敷といえば10年前の守兄さん達と一緒に初めてサッカーをした場所。随分と変わってしまったが、あそこは自分なとって一番思い出のある場所だ。そこで練習が出来るなんてこちらにとっては大歓迎だ。

「河川敷…?」
「何でそんな所で…」
「学校のグラウンドじゃ見えないものが、見えるかもしれないだろ?」

学校のグラウンドじゃ見えないが、河川敷では見えるもの。今一よく分からなかったのか、皆は疑問符を浮かべていた。速水なんて「何故そんなもの見る必要があるんです…?」などを言っていた。確かに今はフィフスセクターがサッカーを管理しており、手も足も出せない状態だ。そんな状態の中、円堂が何も考えずにそんな事を言う筈もない。理由は分からないが自分はそれで良い。また河川敷で円堂とサッカーの練習が出来るのだ。それ以上何も求める必要もない。いや、少しは気になるけど…
疑問をぶつけていく部員達に、円堂はニカッと笑いかけた。

「勝つ為だ」
「勝つ為…?」

理由になっているのかどうかすら分からないその円堂の答えに、南沢と速水は傍に居た浜野と顔を見合わせながら頭に疑問符を浮かべていた。実際の所はこの場に居た全員が疑問符を浮かべていたが、誰も口に出さずにいた。

「皆で特訓すれば、雷門は必ず強くなる!待ってるぞ」

円堂はそれ以外何も言わずに、先程自分が降りてきたであろうグラウンドの階段を上っていき、どこかへと行ってしまった。嵐のように現れ、嵐のように去る、というのはこの事だろうか。その場の雰囲気は少しは軽くなるものの、微妙な空気が漂っていた。何とも言えない三年生。未だに疑問符を浮かべている二年生。憧れの人に出会えた時に見せる表情をする一年生。
だが、そんな静けさも、今の一年生によってガラッと変わった。

「特訓かあ!」
「どんな事するのかなあ!」

目をキラキラと輝かせながら、天馬と信助は顔を見合わせながら、これから自分達がやるであろう円堂の言う特訓を楽しみにしていた。
悠那もまた、その様子を見ながらうんうん、と頷き、まだ乱れているであろう髪を整えていた。

「何なんだあの人…?」
「試合に勝つ為って言ったド」
「フィフスセクターから来た監督の言葉とは思えないな…」

先輩達とは言うと、倉間から始め天城、南沢が思った事を口々に言っており、この場の殆どが思ったであろう円堂の思考に付いて行けなかった。無理も無いが、やはり伝わらないとこうもスッキリしなかった。すると、傍で喜んでいた天馬がその先輩達の会話が聞こえていたらしく、近付いて行った。

「あの、先輩達は行かないんですか?」

と、若干オドオドしながら先輩達に聞く天馬。そんな天馬に悠那は心の中で拍手をしていた。すると、南沢以外の先輩達は考えるような仕草を見せる。確かにあの円堂からサッカーを教わるなんて滅多に無い事なので、行ってはみたい気持ちがあった。だが、勝つ為という言葉が、どうもその気持ちに邪魔する。それに先程の発言からしてフィフスセクターの監督じゃない所を見て、本当に行っても大丈夫なのか、という所だった。すると、皆がそこで悩んでいる中、南沢がそこから抜けるように歩き出した。

「一抜けた」

その言葉には皆もかなり目を見開かせた。新しく来た人とはいえ監督だ。円堂は「必ず来い」とは言っていないので、そこは個人個人だとは思うが、参加したいのも何故か躊躇がある。それにも関わらず、南沢は簡単に言い張った。

「ちょ、南沢さん。適当に言う聞くって言ってたじゃないですかあ!」
「ケースバイケースさ」

つまり、場合によるという事か。さっきは速水の言う通り、適当に言う事聞くと言ったが、この矛盾ときた。確かに円堂に警戒するのも無理は無いが、流石にそれは屁理屈というものじゃないのだろうか。
その言葉に乗せられてか、「ですよね〜」と賛同して南沢の後に付いていく浜野。その後に「じゃあ俺もー…」と速水も付いて行き、次々と先輩達がこのグラウンドから出ようとする。まさかの答えに、天馬は驚きを隠せずにいた。

「え、ええ!?ユナ…」

出て行こうとする先輩達に、どうにかしようと天馬は悠那に助けを求めるかのように見る。前にも言ったように、自分達は先輩達にとやかく言える立場ではない。だから、これこそどうにもならないのだ。悠那は天馬の目をチラッとは見たが、直ぐに反らしてしまう。そして、

『しーらない』
「ええ?!」

と、他人事のようにバッサリとその助けを切った。神童の事や久遠の事でいっぱいの自分達の前に追い討ちをかけてくるかのような円堂の登場。混乱しない方がおかしいとは思う。円堂は何故監督になったのか、何故こちら(雷門)に戻ってきたのか、本当に勝つ為の特訓をやるのだろうか。ただ一つだけ悠那には分かっていた事があった。
それは、円堂がフィフスセクターの人間かどうか。円堂は誰よりも一番、サッカーと向き合っている世界一…いや、宇宙一サッカーバカと言われている。だから、

『だーいじょーぶっ』
「…?」

そんなに悩まなくとも、時の流れに沿っていけば分かるさ。そう言わんばかりに、天馬に笑いかけた。
そんな悠那に、天馬は先程皆が円堂に対して感じた事を考えていた。



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