目の前の光景では、次々とシュートを決めていく、テストを受ける小学生たち。
悠那の番号は、18番。天馬は15番。
10番、11番、12番、13番…徐々に年上の少年に挑んでいく下級生たち。今までの少年少女達は合格を貰っている。
ついに天馬の順番に回ってきた。
「次、15番!」
「は、はい!」
少年少女達の姿に思わず呆気を取られていれば、コーチの口から天馬の番号が飛び出した。それを聞いた瞬間、隣で座っていた天馬の表情は尊敬の眼差しから緊張の表情へ変わる。立ち上がる時も条件反射であろう、緊張して動きが固まってしまっていた。
呼ばれた天馬はそのまま固まった身体を動かそうと手足同時に動かしながらコーチの元まで歩み寄る。そんな姿に思わず悠那の心配は増幅。
大丈夫、なのかなと天馬の背中を見つめた。
「よろしくお願いします!」
まさに垂直のお辞儀。そして、ピーッと鳴り響く笛と共に投げられたボールに向かって駆け上がった。選手にボールを取られ、ボールの軌道が逸れると、天馬は転びそうになる。それだけでもヒヤヒヤしてしまうのに、その後も横に並んで走るも避けられた事により天馬はついに転んでしまう。
それでも、何度も何度も、諦めずそのボールだけを見つめて駆け上がる。
「やっぱ全然ダメじゃん」
「あれじゃあ絶対に受からないって!」
『……ッ、』
確かに、今までの少年少女達はあそこまで転んでいなかったし、ボールを奪う時もこんなに時間はかかっていない。傍から見たらサッカーを始めたの最近だろうと言うくらいだった。
だけど、それは周りにサッカーをする人がいなかったから、こんな結果になってしまっているが、彼の実力は、こんな物ではない…筈。
それは、最近まで一緒にプレイしたから分かる。大丈夫、天馬なら受かってみせる。
葵もまた、彼が一生懸命練習してきたのは知っている。
古いサッカーボールを手に持ちながら、必死に祈願していた。
絶対受かる、そう強く信じた時、サスケの鳴き声に釣られ、何かが草原で蠢いた。
「もういいかな?」
「まだです!もう一度、お願いします!」
「仕方ないなぁ…それじゃあシュートだけ打ってみるかい?」
「ッ!はい!」
コーチの方も、呆れてきた頃、それでも天馬は諦めなかった。自分の僅かな可能性を信じて。まだ挑戦したい。まだ向上したい。そんな天馬の言葉と頑なにテストに執着する姿を見て、コーチは選手と一度目を合わせると、シュートだけでも打てるように配慮した。
そして、ボールは天馬に渡されゴール前に移動。ボールが転がるのを止めた時、天馬はそのボールを前に勢いよく足を振り上げた。
「いくぞ!シュートだ!」
だが、勢いよく振り上げたのは良いが、天馬の足はボールを掠りともせず、空ぶってしまう。まだまだ、もう一回!と行ってみるも、ゴールまでボールは届いてはなかった。
「もう一回――」
「ここまでだな。やっぱり合格は無理だ、もう諦めなさい」
「嫌だ!俺、絶対サッカーやる!」
コーチの言葉にもまだ天馬は諦めきれなかったのか、そのまま傍にあったサッカーボールを蹴り始め、そのままドリブルをしていく。
一体どこに行ってしまうのか、もしかしてこのまま合格するまでドリブルを繰り返していくのだろうか、悠那がそう思った時、天馬は少年少女達の座っている方へ向かってくるなり、その間をまさに風のように通り過ぎた。
風を呼び起こす少年、松風天馬。
「すっげー!」「はえぇー…!」
「諦めない!」
サッカーに対する気持ち、諦めないという熱い気持ちが、再び監督にもう一度のチャンスを与えた。
本当に後一回のチャンス。悠那はゴクリと唾を飲んだ。
まるで、見てるこっちが天馬みたいに緊張してしまって、動いていないのに汗もかき喉も乾いて行く。
葵もまた、それに吊られたのか立ち上がって天馬に向けて声を上げた。
「がんばれー!」
「ワフッワフッ!」
サスケもつられて応援の声を上げる。なんだかんだで、幼い天馬を見守ってきた大切な家族。だが、サスケが天馬の応援の声を上げた時、どこからか唸り声が聞こえてきていた。
そちらに目を向けて見れば、そこにはサスケの体格の大きさと比べると同じくらいにも見える。黒い犬、細身の体、そしてサスケとはまた違った勇ましさ――……
明らかに警戒をしていた。
「え?…え、…ぁ…ッ」
『…?あ、あの子…!』
「…?」
サスケの鳴き声と、あの少女の怯えた声がふと聞こえる。悠那と天馬がそちらを見てみれば、今にも凶暴そうな犬に襲われてしまいそうな少女と、必死に対抗しようと首輪の紐の限界まで伸びて吼えているサスケの姿を捉える事が出来た。
危ない、と二人の本能が叫んだ時、天馬と悠那は気付いたら共に駆け寄って行った。
天馬がドリブルで蹴っていたボールを持ちながら少女とサスケに駆け寄り、悠那は天馬と並ぶ。
そして、悠那が焦ったように、だけど落ち着くように天馬へ指示を出した。
『天馬!黒い犬、ボール、蹴る!』
「え?あ、うん!分かった!」
そんな指示をした時、ついに黒い犬があの鋭い牙をむき出して、少女に飛び掛かった。
それを拍子に天馬がボールを思いきり蹴り上げる。
だが、
「あれ?!」
『ッ!』
天馬の蹴ったボールは蹴り上がったはいいが、犬とは真逆の方へ飛んでいく。しまったと声を上げる天馬に、悠那も焦りの表情を見せる。
だが、直ぐに動きだし、大きく逸れたボールの真下まで悠那は走った。
『たあっ!』
大きく逸れたボールを、悠那が蹴り込む。そして、そのボールは見事に黒い犬の頭に命中し、その命中したボールに怯んだ犬は、心なしか涙目になりながらどこかへと逃げて行った。
それを見て、天馬は茫然としていたが、直ぐにハッと我に返り少女へと駆け寄った。
「大丈夫?」
「うんっ」
「良かったぁ、悠那もすごかったよ!」
『Thank you…ありがとう。…でも、あの犬、ちょっと可哀想…』
「え?あ…うん、そうだね、」
きっと、あの犬は自分のテリトリーを知らない犬に取られたから吠えていたのかもしれない。だからこそ唸ってたし、出て行けと飛び掛かったのかもしれない。それを知らなかったとはいえボールで負傷させてしまったのだ。
天馬と悠那は哀しそうに、犬の去った場所を眺めた。
ピーッ!
「ん?」『え?』「あ」「クゥ…」
長い笛が三人と一匹の間に響き、更に不意に吹いてきた風により思考が一気に先程まで何をやっていたのかを思い出させた。
そして、顔を青ざめながら頭を抱え始める天馬は、遂に叫んだ。
「しまったぁああ!!入団テストォー!!」
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