許されない、こんな事。
絶対に許されない。
こんな結末、こんな結果、こんな事、絶対に許されない。

それは、とある少年の葛藤であり、とある少年の絶望である。

《これより、表彰式を行います。今年度のホーリーロード優勝校は雷門中です》

フィールド上での表彰式、それはやはりサッカー選手だからこその表彰式だろう。
サッカーボールを象徴した、銀色に輝くトロフィーが今天馬に与えられる。トロフィーの冷たさと、重さ。そして、ボールに映る自分自身の顔。その頭上には、青く澄み渡る青空が見えた。
自分達は優勝した。トロフィーを受け取った天馬は、空高く掲げる。

「…優勝したんだ…

…本当のサッカーを取り戻したんだ!!」

空高く掲げる姿はまるで、どこかで見たキャプテンの姿とよく似ており、そんな彼に皆は駆け寄って行く。それもまた見た事のあるような、そんな光景だった。
天馬はキャプテンマークをトロフィーにつけると、神童の方へ再び掲げて見せた。

「良かったね、天馬」
「うん。サッカーもきっと喜んでる!」
「まーたそれかよ」
「だって、絶対喜んでますよ!」
「ハイハイ、分かった分かった」

興奮が少し落ち着いた頃、信助が嬉しそうに神童へトロフィーを見せる天馬にそう声をかければ、天馬はお決まりのサッカーの気持ちを代弁。それを傍で聞いていた倉間が、やれやれと呆れたような、でも最初の頃とはまた違った様子で対応。
流石に天馬もムッと拗ねたのか頬を膨らませる。だが、倉間は相手にしていないのか、手をひらひらと振った。

「喜んでます!ね、剣城?」
「ッ!?お、俺に聞くな」
「えーっ!」
『私は喜んでると思うなぁ〜』

喜んでると主張する天馬に、剣城が巻き込まれる。彼もきっと内心では思ってるんじゃないかと、小さく微笑みながらすまし顔で悠那が言ってみせれば、天馬は嬉しそうに「そうだよね!」と飛び跳ねる。
そんな二人の様子を倉間は「サッカーバカ二人…」とぼそっと呟いたのはまた別の話し。

―パンッ!

「それじゃあ、俺達のキャプテンを胴上げだ!」
「――うわっ!?」

一段落着いた所で、三国が手を叩き自分に注目を合わせる。そして、そんな三国の提案に全員が賛同した時、天馬に有無を言わせないばかりに直ぐに行動に移った。
天馬を中心に、皆集まりその体を持ち上げようとする。

そんな様子を、聖堂山のベンチで立っていた千宮路と豪炎寺は眺めていた。

「彼等の表情が見えますか?」
「ああ。…忘れていた。限界まで力を出し切り勝利した者だけが得られる喜び。…あの表情だけは管理サッカーでは生み出せなかったモノだ。
プレーする機会を平等に与えていたつもりがあの表情を奪っていたのだな…」

何処で掛け違えてしまったんだろう…

そう、呟く千宮路の目には確かに見えていた、雷門の選手達が天馬を持ち上げる事に成功し、胴上げが始まっている光景を。そして、自分のサッカーにはそれらが無かった事も、分かっていた。
分かっていたからこそ、自分が間違っていたのだと、認めるのが怖かった。

「…サッカーは幸せだな。これだけ多くの者に愛されてきたのだから…」
「私も愛しています。これまでも、これからも…」

そう、何があってもサッカーを見捨てる事はきっとないだろう。
それを教えてくれたのは、自分の友人でもあり、目の前で喜びを分かち合う少年少女達の姿だ。そして、自分の気持ちを信じてきて良かった、そう思えたのだ。
だから、もう、少年達は――…

「ふざけんなよ、おっさん共…」

苦しむ必要はない、筈―――…

ふと、自分達以外の声が、この場に響いた。
それはまるで、恨み辛みが沢山に交ったような、そんな絶望の声色。妙な空気が二人を包み込み、そちらに振りむく。
すると、そこには顔色が随分と悪い上村裕弥が、俯かせていた顔をこちらに向けていた。目の色は絶望の色が入交り、何重にも重なって、やがては渦となっている。そんな恐ろしい、目。
中学生のどこにそんなどす黒い色を隠し持っていたのか、と問いたくなるくらいだ。

「上村…もう終わった…私のサッカーは、間違っていたのだ。本当のサッカーは、支配されてはならなかったのだ」
「…じゃあ、僕の今までしてきた事は何?毎日血反吐吐きながら、薬の量も増えていきながら、身に付けてきたこの力は何?挙句の果てには人質?
……人の人生めちゃくちゃにしといて、ふざけんなよ…この偽善者共がッ!!」
「っ!」

きっと、千宮路が今まで考えた事も無かっただろう。自分の間違えを認めた、この試合に負けた、その事実が、自分の今までやってきた事の罪の重さが返ってくる。
未来ある少年達をとある孤島に閉じ込め、無理矢理才能を開花させた事もある。力の無い者は、この先サッカーをやる事にトラウマを覚えたりするだろう。
そう、自分は才能を開花させたのと同時に、別の才能を潰してきたのだ。それも、管理サッカーなんぞの為に。
潰してきた学校だって、ある。権力を使って、自分の息子だって口には出さないが、きっと自分を恨んでいる筈――…
それが、証拠に彼の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

「何が管理サッカーだよ、何が本当のサッカーだよ、僕は…僕の人生は、お前等のくだらない賭け事の為だけに使われたのと同じ事じゃねぇか!!
あはっ…あはは、あはははははっはははははっはははははははははははははははっ!!!!」

狂い始めている。
彼はきっと、自分の中に感じていた違和感とずっと戦ってきたに違いない。
自分を助けてくれたフィフスの恩返し。だけどやり方に納得出来なくて逃げ出した。それでも、彼の才能はフィフスも認めている。フィフスはそんな彼に顔の知らない妹を人質とし、彼をフィフスに依存してもらう為、催眠までしかけた。
それが今、爆発し彼にもどうしようもない矛盾が一気に押し寄せたのだ。
笑いながら泣き喚く上村の姿程、痛々しい物はないだろう。
彼へと向かう視線が、その場の同情を引き寄せる。あの、悠那ですらそうだ。

ぷつんっ、そんな音が聞こえるかのように、上村は笑うのを止めてジッと虚ろな目で自分の足元を見つめる。
そして、視線を雷門の方へ向ける。
目が合う、自分の妹らしき人物と。それを確認すると体ごとその少女に向けた。

「―――…、」
『え?』
「…、ゆ……悠那…」
『裕、弥さん…』

僅かに聞こえてきた、自分の名前を呼ぶ声。この騒音に僅かに聞こえてきた。それに応えるように、悠那も彼の名前を呼ぶ。
トンッ、と背中を押された。
ぐらっと視界が揺れ、後ろを見てみればそこには剣城と天馬。そして彼等の後ろには雷門全員の顔があった。彼等は何も言わない。だけど、悠那には彼等が何が言いたいのか分かった。

――行けよ。お前のお兄さんに…

すっ、と彼等に背を向けて歩き出す。早歩きに、小走りに、風を靡かせ走りに、駆け寄った。
あと数メートル。あと数メートルだ。あと数メートルで、彼に、上村裕弥に、自分のお兄さんに触れられる。
届け、届け、届け…

――届くよ

『お兄ちゃん!!』
「悠那―…」

ぎゅっと、

掴む筈だった――…

―ドサッ

そんな音が目の前で聞こえた。
そんな音が嫌でも釣り合う出来事が目の前で起きた。
彼に触れる筈だった悠那の腕は、彼ではなく宙を切り、裕弥は後ろに倒れる。押した訳じゃない。裕弥が、勝手に倒れたのだ。口から、妙な物を吐き出しながら、倒れたのだ。
全てがスローモーションに見えて、気付いたら皆が慌てたような声が聞こえて、観客席で見ていた逸仁の彼の名前を呼ぶ声も聞こえて、気付いたら自分は力無くへたり込んでいた。

『あ…ぁ…ッ』

―――――ッ!!

声になっていない叫び声が、彼女の口から吐き出された。
その後は、あまり覚えてはいない。



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