信助が弾き飛ばしたボールは、誰にも触れられずフィールドを転がっていたが、その存在にいち早く気付いたのは、後藤だった。
後藤がボールを再び奪おうとした時、彼が触れるよりも先に浜野が横からボールを奪った。後藤は浜野の存在に気付けなかったのだろう、そのまま、しまったと浜野の後ろ姿を見据えていたが、直ぐに追いかける。

「…、」

――ちゅーか、一生懸命になってどうするんだ?って、どこか冷めてたのに気付けば俺も熱くなっちゃってたんだよね

最初こそ周りに合わせて、そして自分の身も心配だったが故に革命とか全くそんな気持ちは無かった浜野。
だけど、そんな気持ちはあの天馬と悠那、そして信助を見ていたらそんな自分が恥ずかしくてちっぽけだと思えた。それと同時に熱くなるサッカーへの気持ち。気付かせてもらえたのだ。そして、今もほら…こんなにも夢中にボールを蹴っている。

「はああっ!」
「ッ!」

不意に来た後藤のスライディングに、浜野は一瞬気を取られバランスを崩しかけたが、彼は自分の持前の運動神経で、崩れた体勢を逆に利用し逆立ちの状態でボールを蹴り上げる。器用で、陽気なピエロのような浜野ならではの行動力だった。
そのボールを受け取ったのは速水。彼はそのままボールを持ち駆け上がっていく。

――行かなきゃいいのに、めんどくさい事に立ち向かっていく天馬君や悠那さんに、いつの間にか体が動いちゃうんですよね

浜野と同じで周りに合わせていた速水。内気でネガティブ思考で、希望なんて殆ど持っていなくて期待もしていなかっただろう。それでも、今ではこうしてサッカーを通す事で、少しは前向きにも、自分にも期待を持てた。
ふと、そんな事を思っている間に速水はボールを奪われてしまい、合川は瞬時に流れパスを繋げる。

「……、アンタ達何?そんな人数で僕に勝てると思ってんの?」

合川がパスをしたのは、いつの間にか上がっていた上村。受け取ったと共に雷門のゴールに振り向いた時、上村が目にしたのは彼相手に悠那を中心にし霧野、狩屋、車田が彼を通さまいと囲う。
彼の発する言葉は相変わらずトゲトゲしい。思わず怯んでしまいそうになったが、それよりも勝ったのは、彼等が自分の中に確かに潜んでいるサッカーへの気持ち。

――やっぱいいな。本当のサッカー。身体中がボールを蹴る事を喜んでやがる。
サッカーを楽しむ時の気持ちを知っているからこそ、フィフスの管理が苦しかった。仲間とサッカーをやっていても楽しめなかった。気付いたら、楽しむ事すら、忘れかけていた車田。

――お前達の真っ直ぐな想いが、神童をサッカーに向き直らせてくれたんだ。
サッカー部の中で一番自分が信頼出来る友。その友はサッカーで時々見せる苦難の表情を誰よりも見てきて、自分もまたその壁にぶつかっていた。彼とサッカーをしている時が楽しかった。それをまた思い出した霧野。

――天馬君や悠那なら、信じてやってもいいかもって思っちゃうんだよな。
人を信じれず、壁を作って自ら自分を悪役だとも怪しませた。そんな彼が唯一信じられたのはサッカー。サッカーを通して出会えた人達。天馬や悠那が、自分のそんな壁を壊し、人を信じるという事を改めて気づかせてもらえた狩屋。

「何、そのつまんない顔」
『……上村裕弥さん。…いえ、兄さん。私は貴方を助ける為に、この試合に挑みます。今すぐ助けます、だからもう、こんなの止めましょう』
「はあ?僕を救う?何言ってんの。訳分かんない事言わないでくれるかな」
『……』

――天馬、私こんな時に思うのも可笑しいかと思うけどさ、サッカーやってきて良かったなって思えたよ。今まで色んな事があったけど、どれも大切な時間。天馬とサッカー出来て、剣城にも会えて、円堂監督達とも再会出来て、逸仁さんと裕弥さんの事も分かった。沢山お礼を言いたい。
サッカーをやっている事で、色々な人に出会えた。色々な事を学べた。色々な体験を出来た。もはやサッカーが運命を決めているのではと思うくらいに、彼女の中で変わり始めていた。

悠那は皆より前に出ると、裕弥と見つめ合う。そして、二人同時に瞬きをした時、お互いの背後から靄が大量に噴出された。

「“虚無神ニエンテ”!」
『“大空聖チエロ”!』

いや、まだだ、まだ自分なら出来る!!
もっと、もっと自分を信じろ!天馬を信じろ!仲間を信じろ!――兄さんを信じるんだ!!

『“大炎聖フィアンマ”!』

空の力を持ったチエロ。炎の力を持ったフィアンマ。その二つの化身が今同時に悠那の背後に並んで出現。
正反対の化身が、彼女の体から現れたのだ。その事に相手だけではない。雷門の皆もまた目を見開かせた。だけど、そんな彼女を支えるのは彼女の後ろで控えていた霧野、狩屋、車田だった。

「ふんっ、消えろ!!

“ニエンテの一撃”!!」

『消えない!私達の気持ちは本物だから!!はああああ!!』

これで終わらせない。彼女の叫びが二つの化身に共鳴したのか、二体の化身は靄に戻って行く。消えたのではない。戻ったのだ。二つ靄は悠那の周りを渦巻くと次第に上空へと上がっていき、やがては融合するかのように混ざり合っていく。
二つの靄が一つになる。藍色から紫の色に変わった時、一つになった化身の姿が具現化された。

『“時間獣テンポ”!』

悠那の周りに風が渦を巻く。ユニフォームが風に揺られる中、その風を起こしたであろう化身が彼女の横に顔を寄せる。その化身が息をするように吹くと、再び彼女のユニフォームを小さく揺らす。
そんな化身の顔に自分の手を寄せると、鼻だけでも撫でる。
大きな化身、時間獣テンポ。

『“テンポの咆哮”!!』

禍々しい黒い、まるでブラックホールのようなオーラを纏ったボールに向けて、テンポが吼える。生き物のような咆哮が風を靡かせ、ボールの軌道を弱まらせる。…いや、弱まらせているのではない、時間を操っているのだ。
だが、それでも相手の威力の方が強いのか、僅かに重力に似た力がテンポと悠那に襲い掛かる。

―トンッ

『!』

そんな時、自分の後ろから何かが押した。それに気付いた時、後ろを振り返るとそこには霧野、狩屋、車田が自分をまるで押すかのように自分を支えている。
DF全員で、このシュートを止めようとしている。
ボールの威力が、弱まった。
悠那の新たな化身――真の化身が生み出された事と、DF陣が四人がかりでボールを止めた。

――サッカーを始めた頃の純粋な想いを、思い出させてくれたのは天馬に悠那…お前だ
――お前達と一緒にいると諦めない気持ちが溢れてくるド

ずっと雷門のキーパーをしてきた。フィフスに支配されてから止められていた筈のゴールをゆるしていた自分が恥ずかしかった。悔しかった。辛かった。だけど、そう思うのが当たり前で、また自分をGKとして活躍する事が出来た三国。
そして、それを三年生組と一緒に見てきて、自分も諦めたくないという気持ちが溢れ出て来た天城。
ベンチに居ても、皆と一緒に戦っているように、彼等の試合を見ていた。

「ボールへ駆ける必死な想い…雷門の動きが変わった…これはまるで…」

――天馬が11人?

そう、お前のプレーが、気持ちが、皆の心を震わせる風を起こすんだ




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