「そんなのアリかよ!」
「監督も選手も入れ替えるなんて…」
「俺達には、どうしても勝たせたくないって事かよ…」

選手と監督の総入れ替えに納得のいかない水鳥、信じられないと言わんばかりの葵、フィフスの意図を確信に青山は悔しそうに口を零す。やっと勢いがついたというのに、ここでまた名も知らぬチームと戦わなければならない。
そんな三人の声を耳に入れつつ、もう一つの新事実に雷門の一同は動揺を隠しきれなかった。
いきなり目の前に現れたその人物。
他の選手と同じく白髪の髪であり、整った顔立ち。笑みを浮かべている筈なのに、どこか悲しげで目は逸仁を見ているというのに、どこか遠い所を見ている感じもしている。目に、光がないというのはこの事を示すのか、少しだけ恐怖を感じてしまう。
だけど、この人が…

――私のお兄さん

「何でお前が…」
「僕が生きてるの、何か可笑しい?」
「可笑しいも何も…お前は屋上から…!」
「ああ、そうだね」
「そうだねって、お前…っ」
「僕は生きてる」

それじゃダメなの?と逸仁に問いかける上村裕弥という人物。その言葉に、逸仁は納得いかなさそうな、信じられなさそうな表情をしながらも黙り込んでしまう。だけど、逸仁の言う事は何となく悠那には分かっていた。何故死んだ筈の裕弥が生きているのか、何故こんな所に居るのか。何故友達相手に、そんな敵対心を向けているのか…
思考が上手く働かない中、二人の様子を見ていれば、不意に裕弥と目が合った。跳ね上がる自分の心臓と肩。それと同時に動けなくなる体。視線さえも逸らせず、こちらに向かってくる裕弥をただただ見続ける事しか出来なかった。

「初めまして」
『はじ、めまして…』
「ふふっ…後半頑張ろうね」
『は、い…』

そう一言二言交わすと、裕弥はにこりと笑って見せて、自分の居るべき列に戻って行く。戻って行く相手をただひたすら見る悠那。これが久しぶりに話した兄妹の会話なのだろうか。いや、やはり本当の兄妹ではないのかもしれないのか。このどうしようもない焦燥感は一体どうすればいいのだろうか。取り残された悠那と逸仁に何て声をかければ分からなかった。
そんな時、天馬は相手チームの恐らくキャプテンであろう人物と目が合った。相手チームのキャプテンだけピンク色の髪色をしており、その人物は笑みを浮かばせながら平然とした表情で悠那達の様子を見ていた。天馬はこの空気を変えるべく、その人物に話しかけた。

「黒裂さん達は…」
「知らんな。俺達はドラゴンリンク。フィフスセクターの最高位に君臨する究極のイレブンだ」
「ドラゴン…リンク…?」
「前半戦とは次元の違うサッカーが始まる。覚悟しておけ」

次元の違うサッカーとは一体どんなサッカーになるのか、雷門のメンバーはまだ知る事はなかった。だが、今の雰囲気からして、前半とはまた違う試合になりそうというのは彼からの発言から聞いて何となく理解出来た。だが、これは勘なのだが、とても嫌な予感しかしない。前半のようにはいかない、そんな気がしてならないのだ。

「…じゃあ、俺は観客席の方に戻ってるから、雷門の皆…頼んだぞ」

それはこの試合に勝つことを示しているのか、革命の事を言っているのか、それとも動揺してしまっている悠那の事を示しているのか。少なくとも今の逸仁は余裕すらない表情をしている。もしかして、昨日逸仁が言いかけた上村裕弥の新しい情報というんがこれなのではないのか…でも、それならどうして逸仁本人までもこんなに動揺しているのだろうか。分からない。もう何もかも分からなくなってしまった。

…………
………

《監督はイシドシュウジ氏に代わり千宮路大悟氏。そして、イレブンはこれまで公式戦に出場した事のない選手ばかりです!!では、聖堂山の新しいメンバー表ですっ
キャプテンはゴールキーパーを務める千宮路大和!!》

「全員メンバーチェンジって…黒裂さん達はどうなってしまったんだ…?」
「集中ぜよ!天馬!!」
「は、はい!」

いきなりのメンバーチェンジ。前半が終了した時に黒裂と交わした約束はいとも簡単に破られてしまった。彼等は一体どうなってしまったのだろうか。その事で天馬が小さく不安を呟いてみれば、錦がこれから始まる試合に向けて集中させるよう声をかけた。返事をするも、天馬の迷いはまた別の所へと行ってしまった。
それは先程までの悠那の事。新事実を知る事になった悠那の表情は落ち着きがなくなっており、ただただ目を見開いてはずっと、自分のお兄さんであろう人物を見ていた。試合前に選手の心を乱すような行為は反則。だが、これはどうしようもない、のかもしれない。
このフィールドに入る前、監督やコーチ、春奈に本当に試合に出れるのかと聞かれていたが、悠那はうんと頷いてみせた。出させてください、と言っていた。

「(ユナ…)」

天馬は自分のかなり離れた場所に居るであろう悠那を確認しながら、相手チームの方を見た。
白の髪で統一され、暗い紫と白のユニフォームを身に纏ったメンバー。その中で目立つのはあのゴールキーパーである千宮路大和、その筈なのに天馬の目はとある人物の方へ行っていた。

「(あの人が…上村裕弥さん…逸仁さんの親友で、ユナの実のお兄さん…)」

裕弥と呼ばれたその人物はMFのポジションの所におり、平然とした表情でこのフィールドを見ている。どうして、妹を守ろうとしていた人物が、こうしてまだフィフスの方に居るのか。やっと会えたのに、どうして悠那と話そうとしないのだろうか。しかもさっき会話をしたと思ったら本当に初対面同士のような言葉をかけていた。気付いていないのだろうか…?悠那が自分の妹だと、あの人はまだ知らないのだろうか。それなら、早く教えないといけない。貴方の妹は貴方のおかげでこうしてサッカーは出来てるんですよ。
そう声をかけてみたいが、今自分が立っているのはフィールドの上。集中しなければならないのだ。

「アイツら大分動揺してるようだな」
「ふふ…」
「さあ、本番に入るぜ」

これから始まるであろう彼等のサッカーはフィフスでの本当のサッカー。雷門の皆はこの試合で抗っていけるのか。例えそんな強敵が来ようとも、雷門は戦わなければならない。サッカーの未来を、天馬達が持っているのだ。
ふと、ベンチで自分のポジションに付いている選手達を見た後、相手陣地の方を見た。ベンチに座る、聖堂山の監督だったイシドシュウジ。いや、彼は――…

「豪炎寺…」
「聖帝………いや、豪炎寺は千宮路に排除されたという事か」
「どうして監督を解任なんて…」
「あいつはサッカーを支配しようとしてたんじゃない。守ろうとしていたんだ」
「え?」

イシドシュウジは円堂と鬼道にとっては昔からの友人。そんな人物が何故サッカーを縛るような事をしているのかと疑問を持ったが、円堂は彼をちゃんと理解する事が出来た。
豪炎寺は聖帝となり、逸仁と共に探っていた。フィフスセクターや千宮路の動きを。だけど、豪炎寺自身もまた悩んでいた。管理サッカーと自由なサッカーとの狭間で。

「でも…」
「大丈夫だ。一度巻き起こった革命の風は決して止む事はない」

――そうだろ、悠那…

『……』


――それは数分前の試合が始まる前の事。
雷門とドラゴンリンクがまだフィールドに立つ前に並んでいた事だった。

「俺達ドラゴンリンクは、お前達にフィフスセクターのサッカーがどういうモノかを教えにきた」
「どういう事だ…?」

ドラゴンリンクのキャプテンである千宮路大和は不敵な笑みを浮かばせながら、そう言葉を発した。いい意味がしないように聞こえ、霧野は声を低くしながらどういう意味なのかを尋ねた。
だが、その疑問を応えたのは大和ではなく、また別の大人の人の言葉として返ってきた。

「フィフスセクターは私が作った」
「「「「!!」」」」

また、奥から足音が聞こえてきた。そちらへと皆して目をやれば、まず先に見えたのはピンク色の髪。髪型からして、千宮路大和とよく似ていた。そして、その大和という青年の口から出た「親父」という単語。そこでこの二人は親子なんだと気付いた。
だが、天馬と悠那には見覚えのある人物だった。
とある学校の帰りで出会ったそのおじさん。自分達に“サッカーは好きか”“サッカーが出来なくなる辛さを想像してみるといい”と聞いてきた人物。派手なナリをしていたから何となく偉い人なんだなとは想像していたが――…

「サッカーを学び、プロを目指せるのは環境に恵まれた者だけ。幼い頃の私にはプレイする権利すら与えられる事はなかった」
「たった一個のサッカーボールで親父はサッカーを失ったんだ」

貧しかった頃、千宮路のおじさんはサッカーが好きでサッカーを楽しみたかった普通の子供だった。だが、ボールを買うお金などどこにもなく、お店でそのボールを盗んでしまい、子供でも逮捕をされた。そのせいでプレイする権利どころか自分の人生も台無しにしそうになったのだ。
その経験があったからこそ、千宮路は今こうして聖帝になり、サッカーを支配しているのだ。

「罪を悔いた私は誰もが平等にサッカーを学べるようにするため、フィフスセクターを設立した。………サッカーには管理が必要だ」

…………
………

「(違う。誰かに管理されるサッカーなんて本当のサッカーじゃない!!)」

「……大丈夫なのかよ、悠那」
『…え?』

天馬が前方に立って気合いを入れているであろう姿をただ茫然と見ていれば、隣から納得のいっていないような声が聞こえてきた。そちらを振り向けば、自分と同じように立っている狩屋の姿。狩屋は一度こちらを見ると、直ぐに目線を前に戻し少しだけ口を尖らせる。一体何の事だろうか、と首を傾げてみるが、直ぐにその言葉の意味を理解した。散々ベンチの方で円堂と鬼道に大丈夫なのかと聞かれたのを思い出すと、狩屋に向けていた視線を一度ドラゴンリンクの方に居る上村裕弥の方へと向けた。決して交わる事のないあの人との目線。思わず苦笑してしまうも、狩屋に自分の今の思いをぶつけようとした。

『大丈夫』

――だって、ようやく会えたから

ピィ―――ッ!!

悠那の言葉はちゃんと狩屋の耳へと届いたのだろうか、後半戦が始まるホイッスルが鳴り響いた。先攻はドラゴンリンク。前半で勢いを持った雷門はその勢いを殺さず維持出来るのか。始まってしまった後半戦。相手がどんな作戦で雷門に挑んでくるのかは分からないが、警戒しておくには越したことはなかった。



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