会場前、雷門と聖堂山は並んで、入場を待っていた。視線を横に少しズラせば、聖堂山のメンバーが真っ直ぐに前を向いている。どこか同じ中学生に見えなくて自然と緊張感を抱いてしまう。これが最後の試合になるって事だからというのもあるかもしれない。
ふと視線を天馬の方にやってみれば、天馬は隣に立っていた聖堂山のキャプテンと何やら話していた。何を話しているのか、列の最後ら辺に居た私には分からなかったけど、天馬の表情を見る限り挑発的な事は言われてないんだと思えた。それもそうだ。あの黒裂という少年は、テレビのインタビューの時正々堂々と雷門と戦いたい的な事を言っていた。
私は自分の拳を握りしめると、それを胸に持ってきて自分の首にかかっていた折り鶴を優しく包み込んだ。

『大丈夫…』

その言葉を囁いたと同時に、両チームの入場時間となった。
湧き上がる観客達の声と、拍手の乾いた音。それを何度も感じてきた筈なのに、どれも別に聞こえてどれも新鮮だった。今日のこの歓声や拍手も、今日だけの特別な気がして、どこか照れ臭い。
聖堂山と雷門は二手に別れ、自分達のベンチへと集まって行く。雷門は円堂を中心に、集まる。これも、毎試合そうだった。それも、今日で最後。最後の、円堂からの言葉。

「皆。これはサッカーの未来を賭けた戦いだ。これで本当のサッカーが取り戻せるかどうかが決まる。
だから思い切り、楽しんでこい!お前達のサッカーを!」
「「「「え?」」」」
「楽しむ?」

思わず、皆の疑問を感じる声が上がった。監督の言葉が選手の気持ちを揺らがせる物に近い。まさに今、雷門の選手達は揺らがされている訳だが。自分達のサッカーを楽しむという事はどういう事なのだろうか。最後の試合で、革命がどっちに転ぶかも分からないこの試合で、どう楽しめというのか。
皆が疑問符を浮かばせる中、彼の後ろに立っていた春奈は困ったように笑みを浮かばせ、鬼道はやっぱりなと言わんばかりに笑みを浮かばせた。

「これは俺達が昔、久遠監督から言われた言葉だ」
「「久遠監督が!」」
「その手で日本一を掴み取るんだ!ドカンと一発、決めてやれ!お前達の魂のシュートをな!」
「「「「はい!!」」」」

久遠とは、少ししか監督として雷門に居なかったが天馬や信助、悠那にとって円堂や鬼道みたいに慕っていたのだ。今の円堂の言葉は、確かに円堂の言葉でもあるが、久遠の言葉でもある。天馬と信助は嬉しそうに顔を合わせる。さっきまで不安そうにしていた表情も消え、今はいつも通りの二人となっている。それどころか、皆の緊張が解れた気もする。
十分に緊張が解れた所を見て、車田が天馬に振り返った。

「よっし、それじゃ天馬。皆に一発気合いを入れろ!」
「え、俺がですか?」
「当然お前だろ、キャプテンなんだからさ」

何を言い出すのかと思いきや、キャプテンとして皆に気合いを入れろとの事。車田どころか倉間までもが、天馬にそう薦める。当然天馬は困ったようにしており、返事もどこか不安そうにしていた。だけど、先輩二人から言われ、表情をキャプテンらしく真剣に戻して、皆の前へと出て来た。

「えっと…よし、それじゃあ…スーッ」

円堂の隣まで出て来た天馬はどこか緊張したように真剣な顔をしながら拳を作る。息を吸って、三国達も気合いを入れて構え始めた。それを見て、悠那達どころか剣城までもが身構える。革命として最後の試合。皆の気合いを十分に感じた天馬は自分の拳を突き上げて、声を上げた。

「絶対に優勝しましょ―――!!」

――ガクッ

お約束と言わんばかりに天馬は言ってみせた。それも声が裏返っており、思わず転げそうになる皆。緊張感は再びどこかへと行ってしまい、ふつふつと笑いさえもが込み上げてきた。そして、それを耐え切れなかった狩屋と錦がついに吹き出した。

「っぶ、おいおい何だよ…!」
「大体“しましょう”って締まらねえなっ」
「す、すみません…それじゃあもう一度いきます!」

狩屋と錦に笑われた事により恥ずかしさでか、頬を軽く染める天馬。そんな天馬が可愛く見えてしまい、剣城の傍に居た悠那もまたっぷと噴き出してしまう。やはり、一年生だからどこか控えめになってしまったのだろう。その様子を見ていた剣城が、呆れながらも自分もッフと笑みを浮かばせる。キャプテンになって、どこか遠くに行ってしまった感じがしたが、やはり天馬は天馬だった、という安心感を感じた。
もう一度やり直すと言った天馬の目は、今度こそキャプテンらしかった。

「絶対優勝するぞお―!!」
「「「「おお!!」」」」

上に広がる大空へと突き上げられた一人ひとりの拳。今度こそ決まった。
突き上げた自分の拳をジッと見つめ、もう片方の手はあの折り鶴を包んでいる。直ぐに降ろすと、剣城の方へ向いて、小さく微笑んで見せた。剣城もまた、悠那の様子に気付き、拳を降ろすと見つめ返す。

『ずっと、ずっとね。この時を待ってた。京介や優一さんと一緒にサッカー出来るようになる日を。まだ革命が終わった訳じゃないけど、私…とても嬉しい』
「……まだ、早いんじゃねぇの。それ」
『うん。でも、このどうしようもなく溢れ出すこの気持ちが抑えられないの。京介、約束破らないでね?』
「…ああ、当たり前だろ」

ふっと笑みを浮かべると、剣城は悠那の頭を撫でると先にフィールドの中へと入って行く。突然の事で悠那は直ぐには反応出来なかったものの、徐々に恥ずかしさと嬉しさを実感し、顔は真っ赤になっていく。どんな表情をしていれば分からないのにも関わらず顔は緩み切ってしまい、慌てて手で抑える。そして、悠那もまた雷門のベンチへと走っていった。
悠那は後半スタートから。信助の隣に座ると真剣な表情で聖堂山のベンチに座るイシドシュウジとその隣に座る虎丸を見た。あの人が居るなら、何となく虎丸も居るのではとも思えた。未だに何故あの人がサッカーを管理しているのか分からない。だけど、そんな疑問は、この試合が終わったら聞けばいい。どんな結果になるかまだそれすらも分かっていないけど、少なくとも、あの人は自分の知っている豪炎寺修也だと信じていた。
そんな事を思いながら、悠那は視線をフィールドに立っている皆に移した。

《さあ、間もなくキックオフです!栄光を手にするのは昨年準優勝の雷門中か!それとも聖堂山中が決勝戦でもその圧倒的な力を見せつけるのか!!
数々の強豪を打ち破ってきた雷門の円堂監督。それに対する聖堂山の監督は、聖帝イシドシュウジ!今日はどんな試合を見せてくれるのかあ!!》

FWには剣城と天馬。先手は雷門からとなった。
よく見てみれば、聖堂山のFWとMFが前へと出ている。それも四人そろって。これが誰からシュートを打っても大丈夫な戦略なのだろうか。
だが、一列目に四人居ても、二列目には二人しかいない。かなりスペースが空いてる事に気付いた天馬はまずそこから攻めようと、考えていた。

ピ―――ッ!!

試合開始のホイッスルが鳴り響いた。これから始まる革命の試合。剣城は天馬にボールを軽く蹴り、ボールを持って天馬は上がり出した。突っ走っていく剣城。顔を少しだけ天馬の方にやって、パスを待つ。天馬もまたボールを上げようとするも、彼の目の前にはキャプテンの黒裂、堤美、恋崎の三人が早くも立ち塞がった。動きを止められた天馬、このままではパスが出せない所か、気を抜けばボールを奪われてしまう。どうすればいいのかと、警戒していれば、後ろから天馬に向けて声が聞こえてきた。

「こっちです!」
「!」

その声に振り向いて見れば、そこには右手を高く挙げた速水の姿があった。パスを出してくれというサイン。天馬は迷わず速水へ向けてボールを蹴り上げた。だが、恋崎が素早く速水の方へと走りだす。ボールを奪われまいと、天馬は再び速水に声を上げる。

「ワンタッチ前へ!」

だが、その指示は遅かったのか、それとも読まれていたのか、ボールを持った速水は天馬の指示通り前へと上がろうとしたが、素手に恋崎どころか伊矢部と日向にマークされてしまった。まるでそれは先程までの天馬みたいな連携で。
さっきまでの勢いはどこへやら、速水の表情は曇っていった。

「ダメです!前へ出せません!」

ボールを奪われてしまうという妙な緊張感とプレッシャーを感じてしまった速水はまだマークに入っていない浜野へ向けてパスを出した。何の合図もされずにいきなりのパスに浜野は戸惑いながらもそのボールを受け止めた。
いざ上がろうとした時、浜野の目の前には天馬や速水みたく三人の聖堂山のマーク。前へパスが出来ない事により、浜野もまたパス出来る相手も探そうと視線を外した。だが、それは油断となり、穂積にボールを奪われてしまった。

「いけね!」
「黒裂!」

ボールを見事に奪ってみせた帆積は直ぐに黒裂へパス。ボールは繋がった。
それを見て剣城はやっと気付いた。

「そうか、このフォーメーションは俺達のパスを封じる為だ!」
「だから一列目に人数を増やしたのか!」

気付いた時には既に遅し。急いで上がっていたメンバーは自分の陣地へと戻っていく。DFもまた、こちらへ攻め込んで来る黒裂を止めようと上がり出す。
まずは霧野。フェイントをかけて逃れようとする黒裂だが、霧野はDFの要。そんなのはお見通しで、自分も素早く相手の動きに付いて行った。

「早いな。流石だ!」
「何!?」

切り抜けなさそうなのを感じ取ったのか、黒裂は左足の踵でボールを蹴る。ボールの行先を辿れば、そこにはノーマークの恋崎がおり、パスが繋がる。そのまま恋崎は上がっていくが、彼の目の前には天城がマークに付こうと上がってきていた。

「甘いド!」

自分の体を捻り、何とか恋崎からボールを奪い取った天城。また取られる前に、天城は天馬へとボールを蹴り上げた。ボールを受け取った天馬はそのまま上がる。すると、天馬の方を見ながら上がっている倉間に目が行った。

「こっちだ!」
「倉間せんぱ――ッ!」

合図を出してきた倉間に天馬もパスを出そうとする。が、ここでまた黒裂、堤美、伊矢部が立ち塞がってきて、またもや前にパスが出せない状況となってしまった。

「っ、戻りが早い…!」
「そう簡単に攻めさせやしないさ」
「パスが出せないなら…」

そこで天馬が思い付いたのは、ボールを誰も取れなさそうな高さまで上げ、自分は三人を抜きボールを受け止めるという戦略。これなら攻められるだろうと、予測した天馬。だが、黒裂の言った通り、そう簡単には攻めさせてはくれないのか、天馬の目の前にはまた三人で止めにきた聖堂山のメンバーだった。

「くそ…」

パスが出せなきゃ攻撃は出来ない。さすがは豪炎寺修也と言った所か、ストライカーならではの発想だった。
その後も、シュートの出来る錦にボールが渡っても、中々抜けずにいた。

「…厄介な相手ぜよ」
「錦君!こっちです!」

再びノーマークの速水が錦に向けて声を上げる。それを見た錦は「おお!」と返事をすると、直ぐにパスを出そうとする。だが、それに気付いた黒裂もまた見逃す訳でもなく、錦がボールを蹴り上げた瞬間、かなりのスピードでボールの行先に向けて走り出した。
そして、速水に渡らないまま黒裂はボールを奪い取り、すぐさま雷門の方へ斬り込んでいく。
だが、こちらもそう簡単に攻めさせる訳にもいかない。彼を止めるべくして動いたのはスライディングを決めようとする狩屋だった。

「やらせるか!」

スライディングを決めようとするものの、黒裂はそれをジャンプで交わして見せる。空中でシュートをしようとしているのだろうが、狩屋もまた伊達に運動神経が良い訳じゃない。
まだまだと声を上げると狩屋は自分の体を支えるように腕を頭の横に置くと、自分の両足を突き上げた。
腕の力でのジャンプ。それはやはり足とは違うのボールには掠りもしなかった。そのままボールは三国の方へ向かって行く。

「任せろ!

ってぇええい!」

三国はボールの動きをよく見ると、そのボールに向けて突っ込むようにキャッチしてみせた。聖堂山のシュートを三国は見事に止めてみせた。

「くっ、」
「さすがです三国先輩!」

だが、試合はまだ終わってないし、何より雷門が若干不利なのは変わっていない。三国は直ぐに駆け上がり始めた天馬に向かいパスを出した。あと少しで渡りそうだったそのボールはまたしても早く戻ってきていた黒裂が奪い、そのまま攻め込んでくる。

「やっぱり、一筋縄ではいかないか。でも俺達はフィフスセクター最強のチーム。この戦いに勝利し、聖帝のサッカーこそが真のサッカーだと証明してみせる!」

攻め込んでくるのを止めた黒裂は、その場でシュート体勢となった。
彼の背後から巨大なバリスタという弓矢が現れ、黒裂はその矢が撃ち出される所まで上がると、弓を放つと同時にボールを蹴り込んだ。

「“バリスタショット”!!」
「!」

流石は弓矢と言った所か、かなり離れた場所から放っても、三国はスピードに追い付けずに、早くもゴールを許してしまった。鋭くゴールに射抜かれてしまい、ホイッスルの音が鳴り響く。先取点を奪ったのは聖堂山。
試合が開始されてあまり時間の経っていないのにも関わらず先取点は聖堂山。三国は止められなかった事に両方の拳を地面に叩き付ける。さすがはあの豪炎寺が率いるチームという事か。天馬は茫然とするも、直ぐに切り替えて、雷門の皆に声をかけた。

「あの、皆さん。俺に考えがあるんですけど」
「「「「!」」」」

天馬の考えがあるという言葉に、急いで皆は彼の言葉に耳を貸した。
どんな考えかは分からないが、試合は早くも再開されようとしていた。
再び雷門からの攻撃。ホイッスルの音を聞いて剣城が天馬にボールを渡す。そこで先程とは違い、今度は倉間にパスを出した天馬。そして、倉間はそのままシュート体勢に入り、バク転を決めた。

「“サイドワインダー”!!」
「何!?」

あちらこちらに動き回るボールと大蛇。いきなり必殺シュートを繰り出してきた雷門に黒裂は驚きを露わにする。そんな黒裂の横を素通りする倉間の必殺シュート。そのまま聖堂山のゴールへとまっしぐら。

「止めろ征木!」
「“シュートブレイク”!!」

慌ててキーパーに止めろと指示を出し、征木もまた炎を身に纏うとそのままこちらに直進してきた必殺シュートを自分の足で何度も蹴り上げだす。何度も蹴りを食らったそのボールはやがて威力を無くし、まるで爆発したように破裂し、キーパーの手に収まる。
シュートを打ったものの、失敗に終わり倉間は悔しそうに顔を歪める。キーパーはボールを日向に向けて蹴り上げ、天馬もまた指示を出した。

「こっからだ!」

そう、これは失敗じゃない。天馬の読み通りなのだ。これが天馬の言う考え。錦と共に日向という選手に向けて駆け上がった。

「渡さんぜよ!天馬!」
「はい!」

高く上がっていたボール。日向もボールを受け止めようとジャンプしていたが、錦の方が早くボールに届き、ヘディングで天馬へとボールを受け流す。天馬はそのまま攻め込もうと駆けだすが、黒裂がまた天馬を止めに入ろうと駆けだした。

「させるか!恋崎!堤美!」
「「おお!!」」
「囲まれるもんか!うおおおお!!」

またあの三人の連携プレイが来る前に、天馬は先程よりも早く駆け出し、黒裂の間合いに入る。そして、

「“そよ風ステップ”!」

必殺技で黒裂を交わし、一気に相手の陣地に入り込んだ。ついに相手の包囲を突破したのだ。そして、そのまま先に上がっていた剣城へとパスを回し、また囲まれる前に剣城は飛んできたボールを踵で蹴り上げた。

「“デスドロップ”!!」

赤と黒のオーラを放つ剣城の必殺シュート。それは真っ直ぐに聖堂山のゴールへと向かって行った。再び対抗しようと征木があの必殺技を繰り出す。だが、足で一度叩いただけで威力に負けてしまい、聖堂山のゴールへと剣城の放ったボールが斬り込まれた。

ピ―――ッ!!

ホイッスルが再び鳴り、電光掲示板には聖堂山と同じように雷門の方へ“1”と点数が入れられた。天馬の言う考えで雷門は同点に追いついたのだ。それを見て、ベンチでも盛り上がり、輝と悠那、信助は三人でハイタッチをする。

「間髪を入れずに寸法か」
「ちゅーか、キャプテンらしくなってきたじゃんっ」

「さあ!この勢いで逆転しましょう!!」

天馬に自信が付いた、気がした。


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